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あー久しぶりにやらかした。
やっぱ二日酔いに寝不足はダメだ。リリベルはあれからたっぷり寝て昼食に降りる。リリベルが席に着くとこんもりと昼食が並べられた。
ライ兄がちゃんと伝えてくれていたようだ。
リリベルはニンマリとハムとチーズのサンドイッチを頬張る。
ジャガイモのポタージュスープを飲んでアンチョビのパスタを片付けていると、ザック殿下が「まだ入るのか?」と聞いてきた。
「マリィ姉もこれぐらい食べてたと思うけど」と言うと、どこかでブホッと音が聞こえて、ベルトラント様が「失礼」と言いながら慌てて口を拭っている。
リリベルが、どういう意味の「ブホ」だったのだろうかとベルトラント様を見ると、彼は照れながら、
「いつも彼女がたくさんお菓子を持っていたのは、そういうことだったのですか」と仰った。
「ああ、いつもマリィには大量の菓子を侯爵家から差し入れてたな。俺も弟も送ってたし」とライ兄が食後のお茶を飲みながら言う。
そうかマリィ姉ちゃんは菓子派だったっけ?と思いながらデザートのアップルパイにナイフを入れる。
「見てるだけでお腹膨れるわ」とザック殿下が席を立つ。その時「兄上に伺いたいことがあります」と殿下がベルトラント様に声を掛ける。
リリベルは「もしかしてマリィ姉ちゃんのこと?!」とちょっと気になったが、今はアップルパイの方が大事だった。
夫人がパイにバニラアイスを載せてくれたのだ!
とりあえずザック殿下ガンバレ!だ。
「アイザック、王弟殿下の結婚式以来かな。また大きくなった」と兄は笑う。
前はどこか控えめな笑顔が多かった気がするが、今は屈託なく笑っている。
やはり王城にいた時は我慢することも多かったんだろうか?だが今、気にする事はその事ではない。
「兄上もお元気そうで良かったです!」
「あのそれでリリベル嬢の事なのですが、兄上はどこまでご存知なのですか?」
「お前のガールフレンドなのか?母上が気にしていたが」
「いえっそうじゃなくて、いやただのクラスメイトなのですが側近でもあって、じゃなくて!その彼女も姉と同じ聖女だってことなのですが…」
「ああ、植物の癒し手らしいとは聞いていた。女神様の側に控える両翼として神話にも出てくるが、人々の農業の発展と共に消えていったらしい。だが今朝の力を見ると、なるほど聖女かと納得したな」
「そうですか、だったら!」
「大丈夫だ。アイザック、聖女は悪用できない。聖女の怒りの力を見ただろう?」
「マリベル嬢も?」
「恐らく、彼女が何か感情的や肉体的に貶められることがあれば天変地異が起こるだろうな。まあその前に我々が守るが」
「リリベル嬢は守らなくていいのですか?」
「ザック、植物の癒し手は、実は彼女だけではないはずだ。マリベル嬢は女神様の力をお借りできる唯一だが、植物の癒し手は“緑の癒し手”として大なり小なりの力を持って、その辺にもきっといる。多分、リリベル嬢は人への治癒も施せるはずだ。だから聖女に近いんだ」
「兄上、あいつはちっとも大人しくしてないから心配で」
「寝た子を起こしたのはお前だろう?違うか?多分、気になっても放っておけば良かったんだよ」
「いや!違うぞ兄上!俺は妖精なんて面倒だから無視してようと思ってたんだ。だがあいつが勝手にいつもいつも飛び込んで来るんだ!だったら利用してやろうって思って…」
「それはきっとお前と縁があるんだな」と兄は愉快そうに笑った。
「なあ、兄上は聖女殿の事…」
「ああ、うん。もう神殿中の皆にバレているんだよな。多分、本人以外に。でもライバル多そうだろ?だから協力者が多いのは助かるかなと逆に思っている」
「そっか。彼女、オリベル王女に似てるよな」
「そうだなぁ、でも王女の中身は分からないだろ?マリベル嬢は本当に可愛い人なんだ。抜けてるとこも、こっそりお菓子を食べてるとこも」
「俺、ずっと王城にある肖像画を見てオリベル王女に憧れてた。すごく綺麗な人だって」
「そうか。でも譲れないぞ。彼女はオリベル王女でもないし」
「ああ分かってる。それに俺は嬉しいんだ。兄上がやっと譲れないものができたんだって」
「それは…心配かけたな」
「兄上と会えて、話ができてよかった」
「私もだ。王太子殿下にも宜しく伝えてくれ」
「ああ伝えたらきっと悔しがるな」俺は多分、自分の事よりも兄のことの方が嬉しかった。
所詮、俺の想いは偶像相手だ。




