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王太子妃マレシアナは苛立っていた。王家主催の納涼舞踏会で自分達は普段とは違う謎の歓声や、好奇の目に晒されたのだ。
しかも、いつもはあまり寄って来ない派閥のご婦人方や若い令嬢達にも遠巻きにされ、ヒソヒソと何かを言われている。
王太子殿下も「何だろうね?」と首を傾げ、
「ルト、何か知っているかい?」と侍従に話しかけると、周囲の女性から「キャー!」という歓声が上がる。
殿下とこの侍従にまつわる何かに違いない。マレシアナはそう確信したが、その時はなす術が無かった。
あの場に情報通の従姉妹アイリーンが居ないのが悔やまれた。
幸い国王陛下が現れると、それも収まり、ダンスの開始で第三王子殿下と子爵家の末っ子ペアが新たな話題の的になったが、翌日の新聞はダンスと王太子殿下、侍従ペアの話題が二分するものであった。
何で王太子殿下のペアが侍従なの?見出しが不思議で読み進めると、どうやら話題の元となった小説があるらしい。
そこにマレシアナの侍女が飛び込んで来た。
「王太子妃様!昨日の真相が分かりました」
「この新聞には小説がどうとか書いてあるけど」と言うと、
「はい、実は若い令嬢やご婦人方の間で王太子殿下と侍従殿の恋愛話の小説が流行っているとの事です」
「男性同士の?」
「そっそのようです。しかもご婦人向けと令嬢向けと2種類あるそうで、どちらも人気なのだそうです」
「そんな人気な小説が、どうしてこれまで私の耳に入らなかったのかしら?2人がモデルの小説であるというのに」
「それが…情報が王城に洩れると、対策をされてしまうに違いないと彼女らの中で、これまで徹底した情報統制が取られていたそうです」
なるほど、それでまんまと彼女達の思惑通りになってしまったという事か。
マレシアナは怒る気力も失せ、ダラリとソファに体を預ける。とりあえず王太子殿下に伝え、しばらく彼を遠ざけるよう対応するのがいいだろう。
だが直ぐに動けない。気力が戻らないのだ。
そもそも彼を伯爵にするのも子爵からの陞爵のはずだったのだ。
それを筆頭侯爵が彼の実家は子爵のままがいいとゴネ出し、更に弟に継げる爵位がないだろう?とか言い出したのだ。
ベルオットにはだいぶ手伝ってもらい、多少、想定外の事はあれど、全てがマレシアナの望み通りになった。
だから仕方なく希望を呑んだが、まさか、これにも何か噛んでないよな?と勘繰る。
大事な甥を巻き込むはずはないか。
マレシアナは重い腰を上げ、王太子殿下の元に向かう。
「あれ?ルト様、お帰りなさい。出産予定日までは、こちらに来れないはずじゃなかったの?」
「ただいま、アイリーン。実は王太子殿下が休暇を下さったんだ。新婚旅行以来、長い休みをもらえてなかっただろう?」
ベルトルトは身重の妻を軽く抱擁する。
「臨月の妻を出産まで労わると良いって、王太子殿下が仰って下さったんだ」
と言ってベルトルトは侯爵夫人に軽く挨拶した後、妻に優しく寄り添いながら夫婦の部屋に向かう。
その様子を侯爵夫人が微笑んで見守る。
昨日、アイリーンは義妹のリリベルから、手紙で小説の印税の一部を受け取らないか?という打診を受けたが、思わぬ夫の休暇に印税はもらわない事に決めた。
アイリーンには夫の休暇が何よりも報酬だったのだ。
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