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お約束と久の趣味だけの小話4話、これにて終了です笑
九時を過ぎた駅前の通りは人で溢れている。既に出来上がった酔っ払いから、家路を急ぐ人々。そのほとんどが、怒りを露わにそこを進む金髪美人に目を奪われていた。
手を引かれながら、その背を見上げる。
さらさらの金髪までもが怒りを立ち上らせているように見えるのは、私の気のせいではあるまい。
私たちの背後からヒール音を響かせてついて来ている木村さんは何度目とも付かない溜息を吐いた。
彼がこんなに怒っているのは--まあ、確実に私のせいでもあるのだけど。騙して合コンに連れて来た戸津田も悪いが、でもやっぱり一番悪いのはイケメンくんだと思う。
嫌だって言ってるんだから、他にターゲットを変更すれば良かったのに、ちゃっちなプライドか、それとも本当に私が嫌がっていると分からなかったのか。まあ、なんにしろ、面倒な事にしたのはイケメンくんだ。
プライドをずたずたにされた彼も可哀相ではないかと思い、彼を責める気にもなれない。誰かを責めるつもりはないが。
とにかく、愚痴くらい言いたい。
好みでもない男にしつこく言い寄られ、面倒な自称旦那が迎えに来た私の身にもなって欲しい。女の子に囲まれて、楽しい飲み会になるはずだったのに。
このあと、ラグラスがどういう行動に出るのか。
それが私の身も心をも、酷く重くさせた。
いやいや。こんな事ではいけない。私は気分を切り替えるように、ちゅうぶらりんになったままの疑問を投げる事にした。
「あ、ねぇ木村さん」
私は足を止めて振り返った。彼女はん?と可愛く首を傾げる。
「さっき、こっちに居なかったって言ってたけど」
「ああそうよ。私がここに居ない時の電話は、転送するようにしてあるの」
「それって衛星通信とかそういう事?」
「あらっ聞きたいの?!」
木村さんの目がキランと輝いた。あ、やばい。何かやばいスイッチを入れてしまった気がする。
「地球とビオラは銀河系すら違うから、衛星通信なんて届かないの。何個か衛星はいつでも使えるように弄ってあるのだけど。でね、あちこちの星に、出来るだけ生命体の居ない星にね、通信転送機器を設置してあって、でね、そ」
「あ、うん、すみませんでした。私が悪かったです。超文系でごめんなさい」
私が素直に頭を下げると木村さんは残念そうに口を尖らせる。
更に詳しく説明されても全く理解出来ませんから。それに、衛星を乗っ取れる的な怖い事も言ってたし。
知らない!私はなにも聞かなかった!
「まあ、とにかく、固定電話にかかってきた電話が、携帯に転送されるアレと思えば良いんですね」
「簡単に言えば」
「そんな物凄い不服そうな顔したって駄目だから!聞かないから!私の中では物理化学じゃなくて、理科で終了してるんだからね」
「勿体ないわねぇ」
試験は丸暗記で乗り切った私に勿体ないとか言わない。そんな知識は一切必要ない職種に就くんだから。
桂くんみたいな技術系の人は喜んで食いつく話だろうけど、私の聴覚と思考はそれを完全シャットアウトだ。カバの耳みたく、ぴったりと耳を閉じてしまえたらいいのに。
「で、向こうに居たら桂くんから電話があって、それでラグラスもついて来ちゃったんだ…」
「そうね。割と血相変えてたわね」
「どこがだ!」
「合コンとはなんだって聞くから教えたら、着替えを寄越せ、早く連れて行けって大騒ぎしたじゃない」
「しておらん」
「まあまあ、落ち着いて。えーっと」
私は窺うように彼を見上げた。
端正な顔は未だ怒りを浮かべており、怖いくらいに無表情を作っている。
「来てくれてありがとう。助かったよ」
私の言葉にラグラスはぴくりと頬を動かした。そして繋いだままの手を引かれ、広い胸に抱き留められる。ぎゅっと力を込めて抱きしめられて私はそっと息を吐いた。
何と言うか、わがまま駄々っ子だなぁ。これで落ち着いてくれたならいいんだけど、まだ何かわがまま言いそうだ。
「帰るぞ」
「え?」
耳元で落とされた低い声音に思わず顔を上げ……なければ良かったと、私は心底後悔した。
蕩けるような笑顔。ゆるゆると口角を上げた彼の背後には後光が注している。気のせいではあるまい。
私はくらくらりと揺れる頭で考えた。
何故ここでこの笑顔?
底辺を這っていたラグラスの機嫌を押し上げた、キラキラスイッチを入れたのは何だったのか?
っていうか、帰るってどこに?
それらを口にする前に私の唇はキラキララグラスのそれに奪われていて、なんで、の一つも口には出来なかった。
背後で若いわねぇ、と呆れる木村さんの声に、心中で叫んだ救いを求める声は、当然彼女に届く事はなかった。
「で?あの美人外国人は何者なわけ?」
のどかな朝食タイムを邪魔したのは、どこか目の据わった戸津田である。私の前を陣取って、がしゃんと乱暴にトレイを置いた。
「木村さんと桂斗さんと一緒だったわよね?」
良いタイミングで現れた紗耶は、にっこりと微笑んでいる。中学からの友人である紗耶は桂くんと会った事があるので覚えていたらしい。
戸津田は心底訝しげに私を見据え、むっつりと口を開いた。
「あれ、本当にお兄さん?」
「似てないって言われる」
「凄い色気のある男前だったもの!こまっちゃんのお兄さんなら、もっとぽやぽやした感じの草食系な人かと」
確かに、大くんと桂くんは見た目肉食系だよなぁ。紘くんは草食系だけど。
「うちの兄弟は男が母さん似、私だけ父さん似なの。桂くんと弟の紘くんは、上手い具合に良いとこ取りだけどね」
「是非紹介し」
「無理諦めて」
「紹介くらい良いじゃない!」
「無理よぉ。中学の頃から、兄弟は絶対紹介しないの、あいちゃんは」
のんびりと納豆を掻き回していた紗耶が、間延びした口調で、ねぇ、と私に同意を求めた。
「桂くんが徹底して、私の知人友人とは付き合ったりしないって言ってたの。一人紹介したら他にも言ってくるだろうし、私に不利益な事は許さないってのがうちの兄弟たちな訳」
「綺麗な騎士さまたちに護られてるお姫様みたいだったよね」
「それは言い過ぎ。ともかく…父親と桂くんの過保護っぷりが凄くてね?きっと皆引くと思って、紹介したくないってのもあった」
「シスコン?」
「うん、まあ、多分」
桂くんの場合、過保護の対象は私だけでなく、家族全員なんだけどね。そこまで説明するのも面倒で、私は言葉を濁らせて味噌汁を飲み干した。
「で?あの外国人さんは誰?」
紗耶の怖いところは、聞いてほしくない事をずばっと笑顔で聞いてくるとこだ。しかも、上手く話題をすり替えられたな、とほっとしている時に。おっとりとした外見からは想像も出来ないほどの毒舌でもある。
私はありとあらゆるシミュレーションを行い、あれの事を上手くごまかす用意をしてあった。
してあったが、紗耶に問われると背筋が凍るようだ。
「木村さんの知り合い」
「の割にこまっちゃんと親しげだったよね?」
「俺のものに手を出すな」
にっこりと笑顔で続けて、紗耶はぽんやりとカッコイイねぇと呟いた。
ちっともカッコ良くない。あれは駄々っ子で、俺の玩具に触るな的な癇癪を起こしたんだよ。所有物扱いなんだってば。
「いつから付き合ってんの?」
「付き合ってない…と言いたいとこだけど、一方的に気に入られててね。結婚して国に連れて行くって聞かないのよねぇ」
本当、困った子だ。
「結婚?!」
「しないよ」
「あんた馬鹿じゃないの?!あんな美人が結婚してくれって、もう二度とないわよ!」
「私、結婚相手には安らぎと安定を求めたい」
「結婚に失敗したおばさんかあ!」
「余所で子供作ってきそうな旦那より、浮気の心配のない誠実で穏やかな夫!勿論、煙草とギャンブルは許しません」
「だから、あんたの主張、若さがないのよ!浮気されても仕方ないくらいの美人なら良いじゃない」
「余所で平気で子供を作れるって、どこの国の人?」
う…紗耶の鋭いツッコミに、私は頬を引き攣らせた。海外文化はよく知らないが、一夫多妻制や愛人がまかり通る国は先進国にはなさそうである。
口を滑らせてしまった、と後悔しても遅い。
「いや、男前なら皆しそうだという、ね?深い意味はないよ」
「ふぅん」
「そいえばさ、私帰った後大丈夫だった?」
訝しむような視線を向けられ、二人の追及を反らすように口を開いた。
「大変だったわよ!皆一気に酔いが醒めちゃってさ。鳥谷は物凄く苛立ってるし。そりゃ、自分よりレベルが高い男が二人も出てくれば、テンションも下がるだろうけどさぁ」
鳥谷って誰、と口にしそうになったが、内容からしてあの迷惑イケメンくんの名前だったんだろうな。うん。ちっとも覚えてないというか。
「そもそも、合コンだって言わなかった戸津田が悪いんじゃない」
「それはこまっちゃんが行かないって言うと思ったから…可愛い子連れてくれば奢りっていうし」
「あんたねぇ…」
「それは悪かったわよ!」
開き直ってしまった戸津田の横で、紗耶がでもぉ、とやはり気の抜けた声を上げた。
「あいちゃんがイケメンくんにも見向きしないのは、周りにお兄さんみたいなイケメンが居るからなんだと思ってたんだけど、更にレベルが違う美人さんに求婚されてるからだったのね」
本当に女の子しか見えないのかと思うとこだったよぉ、と微笑んだ紗耶に悪気は無い…と思いたかった。