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無表情の美貌は恐ろしいほどに完璧。
散々騒いでいた客たちはざわざわと先程までとは違うざわめきをこちらに向けていた。
なんだ、あの外人。
超美人!
背たけぇ。
俳優かモデル?
こんな美人見たことない!
携帯携帯!
全く無関係の客たちはそんな事感じで好き勝手に騒ぎ立て、見下ろされている私たちは唖然としたまま彼を見上げている。
アルコールなんてとっくに抜けてしまった私は叫んだ。
「何で?!」
「どうしても行くってきかなくて」
「木村さん!」
またか!また、木村さんが甘やかしたのか!
無表情でー-いや、不機嫌を貼付けた美人、ラグラスの背後からひょこりと顔を出した美女に私は鋭い視線を送ってみた。
が、ちっとも効果はなかったようで、木村さんはえへ、とかわいこぶって首を傾げる。可愛いよちくしょう!
「女ばかりではなかったのか」
「私だって騙されたの」
むっつりと頬を膨らませた私を見て、彼はまあそうか、と納得した。私が無類の女の子好きである事を思い出したのだろう。
ヒロインのピンチに現れた王子様にしては酷く機嫌が悪そうなのが難だけど、それを補って有り余る美貌に私は嘆息した。
「何で来たの」
「迎えに来てやったというのに、その態度はなんだ」
「来てなんて言ってない」
というか困る。死ぬほど困るんだけど。
横目で皆の反応を確認すると、ぽかんとラグラスを見ているのがほとんどだが、戸津田なんかはちらちらと訝しい視線を私に向けている。誰だこれは、と。その目が私に問いかける。
後の追及が死ぬほど怖いのだけど。
「あー、えっと、ラグラスくんだったっけ?」
「うえ?!」
木村さんの背後から現れたのは、困ったような表情の桂くんだった。ちょっと驚いたようにラグラスは振り返り声を上げる。
「兄上」
「うーん、せめてお兄さんにしようか」
「桂くん、そこはお前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない、とか言うとこだよ」
「小松ちゃん、ツッコミ所が違うから。もっとあるでしょ」
「え?何で?」
どこが?と首を傾げたが、木村さんはもう良いわ、と諦めたように息を吐いた。
「君が来てるなら、俺は必要なかったな」
「っていうか、桂くんはどうしてここに?」
「それよ、それ」
「え?なにが?」
一体、何を言っているのか。私は木村さんに首を傾げて見せたが、再び溜息を吐かれてしまった。
「お兄さんは、寮に連絡してきたの」
「あいと親しいみたいだったからな。場所をご存知かと思って頼ってみたんだ」
「ちょっと待って。紘くんから電話があったの?」
その問いに桂くんはああ、と頷いた。
えーっと、整理しよう。
私の身を案じた紘くんは桂くんに連絡し、桂くんは木村さんに私が居る所を聞いた。ただの飲み会だと思っていた木村さんは、私が合コンに強制参加している事を桂くんから聞く。それでラグラスもここに来た、と?
「そうそう、こっちに来ちゃ駄目!」
「えーっと、この子はこっちに居た訳じゃないんだけど…その説明は後でね」
「お前に酒を飲ませたのはこの男か」
冷ややかに言ったラグラスは高圧的にイケメンくんを見下ろしていた。
この居酒屋は開けた大部屋のようになっていて、テーブル毎の区切りもない。僅かな段差を儲けそこで靴を脱ぎ、座敷に上がるようになっているから、靴を履いたままで仁王立ちのようにしている長身のラグラスはそれだけで高圧的だ。元来持ち合わせている王族としての威光に加えて、凍るような空気を作り出している美貌。
「未成年にアルコール摂取させた訳?」
大人の色気と威圧を備えた桂くんに、目が笑っていない笑顔を向けられているイケメンくんは真っ青になっている。
どうだ!君よりレベルの高いイケメンだろう!
私は密かに得意になって胸を張った。
「店員が…間違えたんっすよ」
「へえ」
やばい。
基本的に女の子には優しい桂くんだが、私に危害を加えた相手となると話は別だ。
「桂くん!不可抗力だよ!大丈夫、もう酔ってないから」
「それは俺たちが来たからだろう?」
「それはそうだけど…でも、来てくれたじゃない」
そう言って困ったように桂くんを見上げれば、寄せていた眉をゆっくりと戻して長々と息を吐いた。
相変わらず女の子に弱い、という呟きは聞こえなかった事にする。
「…店主を出せ」
冷ややかなラグラスの声に、その美貌に呆けていた店員さんが小さく息を飲んだ。
空気を読めない人なのか、どこかぽんやりと彼の美貌を間近で堪能していた彼女の赤は、その声で真っ青へと変化する。
「駄目よ。ここは貴方の国じゃないの。小松ちゃんも無事だったんだから帰りましょう」
「知らん」
「小松ちゃん!」
「はいっ!」
強い口調で名を呼ばれ、私は同じように返答した。
木村さんの怖いほどに真剣な表情は見慣れぬもので、思わずしゃきんと姿勢を正す。
「もう大丈夫よね。立てるわね。帰りましょう」
それは有無を言わさぬもので、私はこくこくと素直に頷いた。桂くんは私のバッグを取り、店員さんに今後気をつけて、と念を押した。彼女は申し訳ありませんでした、と深く頭を下げる。
「靴どれ?」
「あ、そこの黒のパンプス…」
コートを手に立ち上がると、ぐいと腕を掴まれラグラスに引き寄せられた。勢いのまま硬い胸に鼻を打つ。痛い…
文句を言おうと思ったが、彼は冷ややかな美貌を貼付けたままイケメンくんを見下ろしていた。その迫力に思わず口を噤む。
「俺のものに触れるな。二度は無い」
背筋をぞっと悪寒が走る声音。怖くて俯いた顔が上げられない。
肩を抱き込まれたままに靴を履かされ、残す皆にごめんの一言も伝えられないままに刺すような寒さの店外へと連れ出された。
「ラグラスくん」
その声に足を止めたラグラスに向かって桂くんは苦笑を浮かべた。
「あいにコートくらい着せてやって」
「あ、ああ。すまない」
そこで漸く私が薄着のままという事に気付いたらしかった。抱き込んでいた肩を離して憮然としたままに、コートに袖を通す私を見下ろしている。
なんていたたまれない空気。
「何もされてないな?」
「うん。しつこかっただけ」
「そうか」
ほっとしたように桂くんは白い息を吐いた。肩や手をやたら触られた、とは怖くて言えません。イケメンくんの命が無い気がする。
「送ってやりたいど、ウザイ社長が待ってるから戻るぞ。木村さんが一緒だからちゃんと帰れるな?」
それとも実家に帰るか?という問いに私は首を横に振った。
「木村さんと寮に帰るよ。心配かけてごめんね、ありがとう」
そう言って笑った私の頭をくしゃりと撫でて、柔らかい笑顔を浮かべた桂くんは木村さんに頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。無事で良かったですね」
「過保護ですよね、御恥ずかしいです」
本当に恥ずかしいと思っているのか怪しいものだけど。
じっと見上げると見慣れた笑顔が落ちてきた。
「じゃあ、おやすみ。風邪ひかないように気をつけろよ」
「うん。おやすみ。頑張ってね」
木村さんに頭を下げ、ラグラスに向かって苦笑を投げるとまたな、と彼の肩を叩く。
またがないようにしたいのだけど、ね。
私は深々と息を吐いた。




