3-5
お姉様の事をリオと呼んだ、穏やかな声の持ち主。
その声同様に、容姿も何とも言えない癒し系であった。
年齢は二十代後半くらいか。穏やかな茶の双眸に、それより僅かに濃い短髪。顔の全体的なパーツが大きくて、決して美形ではないが優しそうな、ほっこりしてしまう笑顔が魅力的な男の人だった。
肉付きの良い身体はラグラスと変わらないくらいに高いけれど、一回りは大きくて包容力がありそう。
着ている物が皆とはちょっと変わっているのが非常に残念な。
素材はきっと上等なんだろうけど形が、というより、色が問題である。濃い黄色のシャツに青いパンツ、ジャケットは真っ赤。釦やあちらこちらに施された刺繍や装飾は金で、なんというかちょっと、いや、かなり派手、だ。
「殿下」
「勝手に出掛けるから心配したよ?スターチス様に話を聞いていて良かった」
「申し訳ありません…」
「リオはラグラス殿の事となると回りが見えなくなるから」
そう言って、彼はゆっくりとおっちゃんとラグラスに頭を下げた。
「ご無沙汰しております。妻がご迷惑をおかけしました」
「息災そうでなによりだ」
「ご無沙汰してます、兄上」
……え?
ちょっと待て。聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするが、これって聞き間違い?間違いであって欲しい。
この、癒し系の奇抜な服装をした人が、お姉様の、旦那様?!
「デンファレ様は相変わらず研究でお忙しそうですね」
「国を出たからな。気ままにさせて貰っておるよ。イイギリ国はどうだね?」
「相変わらずの平和でございますよ。国を継ぐ立派な兄が居ると、お互いに楽でございますねぇ」
おっちゃんと旦那様?のほのぼの世間話が続きそうなので、私はラグラスの手を引いて声を潜めた。
「えーと、ちょっと質問なんだけど」
「なんだ」
「この人はお姉様の旦那様?」
「ああ。イイギリ国第三王位継承者でもあられる。何故、そのように不満そうな顔をしておるのだ?」
「ん、まあちょっとしたショックを受けたんだけど、それはまあ気にしないで。で、おっちゃんって、何者なの?」
以前は木村さんの研究を手伝っている研究者だとは説明された。
でも、大きな屋敷に五人も従者を抱え、居候であるラグラスの面倒も見ている。そして美少女ちゃんの父親でもある。
私の問いに彼はぱちくりと綺麗な青を見開いてみせ、何度か瞬きを繰り返すとあれは説明しておらぬのか、と嘆息した。
「バキア国の第二王位継承者であり…」
「王子様!?」
「ん、まあそうだ。それでだ、」
「中年の王子様…」
今日一日でショックな事が起こり過ぎだ。私の心臓持たないよ。
メタボで弄りやすいおっちゃんが、王子様、だなんて。
「最後まで聞かんか。あの人は、俺の伯父だ」
「は?」
え、今なんて?なんの聞き違い?
「俺の母上の兄だ」
それで厄介になっている、と続けたラグラスの声は右から左へと流れて行き、私の脳は遺伝子の神秘について真剣に検討を始めていた。
「リオ、今日のところは帰ろう」
「でも、殿下!」
「あまり興奮すると、お腹の子に悪いよ?」
諌めるというよりは諭すような優しい声音で彼は言い、しゅんとしたお姉様は小さく頷いた。
しおらしいお姉様もかなり魅力的だが、この癒し系旦那様に弱いらしい。さっきまでの剣幕は何処に行ってしまったのだろう。
「セリョウ殿も、今日の所は帰りましょう」
「フィリカ殿下。わたくしには関係ございませんわ」
「ラグラス殿は僕の可愛い義弟だからね。困っているのを見過ごしたり出来ないよ」
それは遠回しに、君はラグラスにとって迷惑な存在だと言っているんじゃないですよね?違いますよね?温和そうな容貌の彼にそんな風に言われてしまうと、ラグラス本人に言われるよりもダメージが大きそうだ。
美少女ちゃんはぐっと言葉を詰まらせた。
「表にあった馬車は君のだろう?早く戻らないと、バキア陛下も心配するのではないかな」
娘の帰りを心配するのが父親ではなく、祖父である国王だ、とか。ちょっとどういう家庭環境だ。
彼はゆっくりとこちらを見遣り、ほんわぁと効果音が着きそうな笑顔を私に向けた。
「君がラグラス殿のお嫁さんだね」
「いや、違いますから。結婚しませんから」
「あはは。いやあ、面白くて可愛いお嬢さんだとは聞いていたけど本当だ。今度うちにも遊びに来ておくれ」
「丁重にお断りします」
私の断りにも笑っている。完全に冗談だと思われているみたいだ。そうじゃないんだけど、本気なんだけど。
「本当にうちにもいらしてね、アイ」
「はい喜んで!」
お姉様の要求に居酒屋店員のような掛け声でもって答えると、お姉様は綺麗な微笑みを残して腰を上げた。
美少女ちゃんも渋々と立ち上がると、意地の悪い笑みを向けてごきげんよう、と言葉を落とす。
「諦めた訳ではございませんから。また、お会いしましょう」
「うん。私も友達計画諦めてないから!」
鼻息荒く言った私に対し、調子が狂いますわ、と彼女は小さくごちた。
嵐のような数時間だった。
私はテーブルに突っ伏して、眼の保養であった二人の美女を思い浮かべてはにんまりとしている。いやあ、素晴らしい時間だったなぁ。これで美女版のギリアさんが並んだら最高だ。
「あ!ラグラス、超美少女な妹とか居ないの?!」
「何を突然言うかと思えば…お前はそんなに女が好きか!」
「うん!」
ラグラス、その問いは愚問という括りに入るよ。愚問っていうか、質問としてどうかと思うよ!
「妹は居ないが…姉上の一番目の子が俺の幼少期に良く似ているそうだ」
「男の子なの?!」
「いや。女だ」
すすす素晴らしい!ラグラスそっくりの幼女だなんて、どれだけ美幼女なんだろう!天使のようだろうなぁ。
「ラグラス、今度お姉様の国に連れてってね!」
「俺は今、心底お前に言うべきでなかったと思っているのだが。何だ、その変質者のような熱い眼差しは。お前には守備範囲というものがないのか」
「美女だったらもう幾つでも!白い犬のお父さんのお母さん、超綺麗だよねぇ…」
「意味が分からん」
「お前、本当にこれと結婚するのか?」
「…伯父上……」
がっくりと肩を落としたラグラス。何かすんごく失礼な扱いを受けている気がするんだけど。
「それにしても疲れたねぇ」
「心配するな。誰が反対しようとも、俺はお前を裏切りはせん。お前が望むなら、お前の星で暮らせるようにしよう」
「良かったな、娘。お前が姪になるのは不本意だが、致し方あるまい」
ん?
ちょっと?
「何かさ」
「なんだ」
「まるで周囲に反対された結婚を、乗り越える昼ドラのヒロインみたいな役所なんだけど」
別れた恋人が妊娠したから認知してくれって迫ってきたりとか、ヒロインの母親が反対するのは、実は二人が半分だけ血の繋がった兄妹だとかいうドロッドロしたやつね。
そのヒロイン、と。扱われるには不満がある。
「ヒルドラ?」
「なんかゲームの敵キャラみたいな発音じゃなくてだねぇ。ええと、まあそれはいいや」
じゃなくて。
「そもそも、愛し合ってもないんだから、この立場が可笑しいって言ってんの」
はっきりきっぱりと言った私。
おっちゃんはげらげらと笑い出し、ラグラスは頬を引き攣らせたまま。
テーブルに額をしこたま打ち付けた。