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A Life Is Mine !  作者:
19/32

3.恋敵に片思い

窓から差し込む麗らかな陽射し。

目の前にはほわほわのシフォンケーキ--のような、だけども色彩が劇的な緑色のケーキ。ほうれん草のような色ではなく、口に入れるのを躊躇ってしまう海外の着色料たっぷりお菓子みたいな毒々しい緑、だ。

そして。

頗る機嫌の良いラグラス。


私は小さく息を吐いて気合いを入れてからケーキを口に運んだ。





約束通りに現れた私の腕をがしりと掴んだラグラスは、セージさんが待っている、と食堂へと引きずって行った。逃がしてたまるかと言わんばかりに。

元々水曜日は午前の講義しかないのだが、教授が学会出席の為休講になったので今日一日はぐうたらしようと思っていたのに。土日がお休みの木村さんは、もちろん一緒ではない。一応、管理の仕事はしているのだ。

私の生体認証を済ませておいたから、と渡されたリモコンをまじまじと見詰めた私に使い方を教えると、木村さんに急かされこちらへとやってきた。

扉の向こうで待ち構えていたラグラスは、ふわりと微笑んだ後にきゅっと表情を引き締めると、当然と言わんばかりに私を抱き寄せて軽く唇を啄んだ。

あまりの恥ずかしさに足を思い切り踏み付けてやったのは大目に見てほしい。


緑のシフォンケーキは口に含んだ瞬間にしゅわりと溶けていった。口に残ったのはほのかな甘さと爽やかな酸味。シークヮーサーのようなさっぱりと、微かに感じる苦みの残る独特な味。


「美味しい!」

「お口に合ってようございました」


静かに笑うセージさん。相変わらずしゃんとした綺麗なおばあちゃんは、やっぱりてきぱきと身体を動かしていた。

目の前でこちらを見ているラグラスは、お茶を口に運んではいるが何か食べる気配はない。


「ラグラスは食べないの?」

「俺は朝食を取ったばかりだ」

「そっか」


もう一口を頬張って窓の外を見遣る。日が昇ってあまり時間が経っていないようだ。

私があちらを出たのが八時頃。それから三十分も経っていないと思うから、日本とここの時差はほとんどないみたいだ。

視線をテーブルに戻し…ちらり、と上げる。

……見てる。これでもかと言わんばかりに私を凝視している。

見たって何の変化もありませんよ?っていうかこんなに見られてると食べ難い。グルメリポーターじゃないんだからさ…

お茶を一口。喉を鳴らしてから息を吐いた。

さて。どうするべきか。


「何か用とかないの?」

「無い」

「勉強とか剣の稽古とか、そういうお約束な王子様業務は?」

「なんだそのお約束とやらは。俺は国を捨ててきたのだから、そんなものが必要な訳がなかろうが」

「そんな自信満々に言われても困るんだけど、それでどうやって食べていくの?ここでだってお世話になってる訳でしょ。それとも仕送り?仕送りしてもらって『俺は自立してる』とか言う独り暮らしの学生って、死ぬ程格好悪いよ」

「がくせいとはなんだ?」

「えーと…文字の書きとりとか計算とか、世界の歴史とか。色んな事を学ぶところー学校っていうんだけど、そこに通ってる人のこと」

「それは半人前という事か」

「そうだね。まだ社会に出てないから半人前扱いされる。因みに私も学生だから」

「だから結婚出来ぬと」

「いやまあ、それも大きな要因だけどさ」


学生同士の結婚とか、親の拗ねをかじるだけだ。学校を辞めて働くと言ったって、親のお金で入れてもらったのを袖にするんだし。

ご家庭それぞれで考え方も違うと思いますけどね。うちでは確実に拳が飛んでくるよ。

母親の拳は私に、父親の拳は相手にね…


「働くか…」


うわぁ…

ぼそり、と『それってどんな事?』と言うんじゃないかという声音に私は恐怖を感じた。

王子様だもんね!それにこれだけの美貌なら男だとしても、蝶よ花よと育てられても不思議じゃない。

私の常識は全く通用しないんだろうなぁ。

ラグラスとの結婚なんて、やっぱり考えられない。何とかして諦めて、いや、飽きてもらわなくちゃ。


「アベル様!」

「セルリア!」


ラグラスの背後にある出入り口から突然飛び込んできた少年に、セージさんはぴしゃりと名を呼んで制したが、彼はそれどころじゃと叫んだ。

十代半ばに見える彼は綺麗な黒髪が印象的で可愛らしい。頬がふくっとしていて、思わず突きたくなるような。天使みたいに可愛いよ、この子!


「お客様がお越しです」

「誰だ」

「えーっと、それはあの、御自身で…」

「何だ歯切れが悪い」


怪訝に眉を寄せたラグラスから、こちらへとちらりと視線を投げた少年に私は首を傾げた。私が居たら不都合だとでも言いたげだ。

彼が口を開こうとした瞬間だった。


「お久しぶりでございます」


鈴が鳴るような、というのがぴったりとくる声にラグラスが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。何事か、とが見上げた瞬間に、青くなった少年の背から現れた声の主に、私は悲鳴を上げそうになる。


画面の中で透明感を誇る女優たちの(修正されてるとしても)それより、滑らかで透き通るような肌は新雪のように白く、ふわふわと柔らかそう。頬は、これぞ正にバラ色。白い肌を引き立てるように赤い。

ばっちり二重の、大きな榛色の双眸はきらきらと輝いていて、長い睫毛に縁取られている。この世界にマスカラや着け睫毛なんて物は無いだろうから、恐ろしい事だが間違いなく自前だ。

鼻筋は通っているのに小さくて形の良い小鼻。その下でぷっくりとした桃色の唇が緩やかな弧を描いていた。

背は百六十も無いくらいか。華奢で可憐な肢体を、真っ白なドレスで隠していた。

真っ直ぐに伸びる綺麗な赤みがかった髪が揺れている。

私は、叫んだ。叫ばざるを得なかった。


「ド!ストライクです!」

「は?!」


少年が呆気に取られて口を開け、美少女はぱちくりと瞬きを繰り返した。その表情もまた可愛くて、私は歓喜の悲鳴を上げる。

ラグラスは呆れたように嘆息すると私の視界を遮るように腕を組んだ。

邪魔な!私は急いで腰を上げるとラグラスと少年の間に割り込んだ。


「どけ」

「どかぬ!」


仁王立ちしている私の腰をひょいと抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。ラグラスの胸しか見えないじゃないか!凹凸の無い男の胸(しかも服着てるし)なんか見たって何も面白くない!


「何用だ」

「ちょっと!無視しない!この美少女を私に紹介して下さい!こんな美少女を隠してるなんて、ラグラス酷い!横暴だ!」

「あのな…少し黙っておれぬか」

「紹介してくれたら!」


いや。紹介など言っていたら埒が明かない。私はラグラスの胸板をぐいっと押し退けて、美少女へと鼻息荒く近付き、小さな手を取った。なんとすべすべで柔らかな手!


「小松あい十九歳。お友達からお願いします!」

「…お友達以上になるつもりか」

「えーそりゃ、親友とか?」

「首を傾げるな。お前はちょっと黙って部屋に行っておれ」

「やだ、断る!」


こんな美少女を前にして私にどこか行けだと?!なんて事を言うんだこの馬鹿王子めーー!


「面白い方ですのね?」


くすくすと小さく笑う美少女。一つ一つの仕種が優雅で洗練されている。ただ首を傾げただけでキラキラという効果音が着きそう。

こんな美少女見た事ない!ラグラスもそうだが、地球じゃ存在しえないこの美貌。

もうおっちゃんはめろめろですよ!


「アイ、部屋に行っておれ」


いやだ、と言い返せないような真剣な声音に振り返ろうとした瞬間だった。

小さな手が重ねられ、私はそちらに釘付けになる。


「初めまして二号さん。わたくし、アベル様の正式な婚約者、セリョウと申します」

「は?」


にこにこと。

綺麗に笑う美少女の「二号」と「正式な」を強調した言葉に、私はゆっくりと振り返ってラグラスを仰ぎ見た。

崇高なまでの美貌は、無表情に私たちを見下ろしていた。


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