甘露の兄(拍手御礼文1・短編)
拍手に置いていた小松家の小話です。
あい、高校二年生のバレンタインデー。
当然ですが、王子は出てきません。
「ただいまー」
「おかえり。今年も大量だった?」
ほくほくと玄関を開けた私を、洗濯物を取り込んでいたらしい母親が笑顔で迎えてくれた。
「超大量!」
「今年もお返しの用意が大変ね」
ふわりと笑う母親は今日も美人だ。
背は私より高くてスマート。小松さんの奥さんはモデルみたいね、と言われるくらい綺麗な、自慢の母親。
背中の中程まで伸びた黒髪は艶やかでさらさらと揺れている。色の薄いくせっ毛の私にとって母親の髪は憧れだ。
宝塚の男役顔負けの、中性的な美貌の年齢不詳な母親である。
「もーね!一年生とか超可愛くて!ぎゅってしたら真っ赤になっちゃてもお!」
「いいわねぇ。母さんなんか、あんまり貰えなかったわよ」
バイトの誰と誰しかくれなかった。二人とも可愛いから良いけど、なんて四人の子持ち(しかもおばさん)が淋しそうに言う事ではない。
さすが我が母親。学生時分には私の比ではないくらい貰ったに違いない。
本日の戦利品ーバレンタインのチョコレートをリビングのソファに置いて、部屋着に着替えた私は上機嫌でリビングに戻った。
「今年は誰が一番かなぁ~」
「あいか、桂じゃない?」
「紘くんは?」
「義理ならいっぱい貰いそうね」
「うわぁ…」
まぁ、そうだけど。そのキラキラ笑顔で言うのは可哀相だよ母さん。
紘くんは女友達は多いけど本命にはならないんだよねぇ。この前も、気になってた子に告白したら、女友達みたいにしか思ってないって断られたって泣いてたな…
不憫な子だなぁ。
長男の大くんは無骨な感じだし男ばかりの職場だから、チョコレートは彼女さんからしか貰わない。貰ったとしても義理しか受け取らない大くん。男前過ぎる!
「今年のお返しは何にしようかなぁ」
「今年も大量生産ね」
我が家ではホワイトデーのお返しは家族全員での手作り菓子が定番なのだ。漫画か、と言われる程に貰う量が半端じゃないから。市販品を購入していたら、お返しだけで今年のお年玉が無くなってしまう!
あまり料理が得意ではない母親だが、材料をきっちりと量って作る菓子類はプロ並に上手い。だからお返しとしても喜ばれる。更にメッセージカードが好評なのだが、まぁ、それは我が母ながら乙女心を掴む天才だと思う。
玄関から物音がして、誰かが帰宅したのだとリビングの扉を見遣ると、疲れたような表情の紘くんが紙袋を抱えて扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり!どう?!今年はどうだった?!」
「…あいちゃんは?」
「三十越え!凄いだろーー」
「僕も三十はあるかなぁ」
「義理ばっかで?」
「母さん…」
冷たい突っ込みを入れた母親を恨めしそうに見詰める紘くん。ふ、不憫!
手作りらしい、ピンクのリボンを幾重にも回してくるくると綺麗にラッピングに包まれたチョコレート。
直ぐに食べなくてはいけないだろう生ものと、日持ちのしそうな物と分けてメッセージカードを並べていく。名前と顔が一致する子も居れば、残念だけど名前すら知らない子も居る。
ああ、美人で有名な伊川先輩のものまであるじゃない。
にまにまとしながら一つずつ分かるように携帯の動画に収めた。こうしておけば、思い出としてもお返し用の記録としても残せる。
コンコン、とノック音がしたので返事をすれば、桂くんがただいま、と顔を覗かせた。
そうして、ずらりと並んだチョコレートに小さく眉を寄せて笑う。
「おかえり。今年はどうだった?」
「今年はあいの勝ちかな?俺のは義理と値段張りそうなのばっかで、乙女心が詰まったあいのチョコには敵いそうにないな」
「有名店舗のは御相伴に預かりたいです!」
「しょうがないな…」
「あ、そうだ」
私は紙袋に残った包みを四つ、桂くんに差し出した。
「桂くん宛ての中では、一番乙女心が篭った物たちかと」
「ありがと」
「美奈なんか私にはくれなかったくせに、桂くんに絶対渡してくれって。その他に紛れ混ませるなよ!って凄まれた」
「相変わらずだな美奈ちゃん」
美奈は初等部からの付き合いで、政治家も利用するような老舗料亭の孫娘だ。自宅は店舗並にご立派な日本家屋だが、一般庶民の我が家に何の気兼ねも気遣いもなく遊びに来れる唯一の友達。
昔から桂くんが好きで、憧れの先輩のように追い掛けているが、桂くんは『あいの友達は範疇外』と言って、やんわりと拒否している。何故かと聞けば、あいが傷付くのは困ると言うのだから、どれだけ過保護だと言いたくなった。
「今年はどんな写真を撮るんだろうな…」
「母さんも写真館のおじさんも、どんどん悪乗りしてる気がする」
はぁ、と。揃って息を吐いたのには理由がある。
ホワイトデーのお返しに必ず添えるメッセージカードには、家族写真が使われていた。
初めてやったのは四年前。『私たちが作りました』的なノリだったのだが、お返しよりも喜ばれてしまった為、辞めるに辞めれなくなってしまった。
うちの兄弟はご近所でも評判のイケメン兄弟。それが一堂に会する事は家の中。外では滅多にない。だから、写真でも良いから揃っているのを見たいのだそうだ。
最初は普通の集合写真。去年は写真館のおじさんが加工までしてくれちゃった。
「白布が安かったって大量買いしてたけど、写真に使う気かなぁ」
パティシエとか、と言った私を、桂くんは渋い表情で見詰めた。
母さんはきっちり計る物は得意で、裁縫も型紙さえ作れば何でも縫える。
「コスプレか…」
「そだね」
突飛な格好でなければ、まぁそこまでの抵抗は感じない。問題は大くんと桂くんか。
小松家で一番の権力者は母親だから、二人とも嫌だとは言わない(いや、言えないか)だろう。
何を着てもぴったりとハマってしまう桂くんが嫌がるのは、ハマり過ぎて嫌なんだろうか。
「あ!そう言えば、本命さんからのチョコは?!」
どんなだった?どんなだった?と聞くと、桂くんはあっさりと別れた、と告げた。
「ええええ?!だって、昨日仲よさ気に電話してたじゃない!」
「あいと買い物に行くんだと今週末の誘いを断ったら『私とどっちが大事なの』とか馬鹿馬鹿しい事言ってくれやがった」
「…ああ、そっか」
私はがっくりとうなだれた。
答えを聞くまでもなく、桂くんは私が大事だと即答したのだ。そしてフラれた。フッた、のか?
我が兄ながら、引くくらいのシスコンぶり。私のどこが、そんなに庇護欲を駆り立てられるのかほんっとに分からないんだけど。
大くんも大概甘いけど、桂くんのはちょっと異常だ。べたべたする訳ではないが、何をするにも私を優先する。買物だって、別に今週末じゃなくていいし、桂くんが無理なら紘くんか父さんと行くのに。どこの兄もこんなものなんだろうか。
「あいが妹で本当に良かった」
「うん?」
「恋人や夫婦は簡単に別れるけど、血の繋がりはどうしたって切れないもんな」
「ソウデスネ」
頗る笑顔の桂くんに、私は無機質に返答するしかなかった。




