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絶対、反対してくれると思っていた。
桂くんにばったりと会ってしまった瞬間思い浮かんだのは、ラグラス殴られる!と、桂くんが反対してくれれば、とりあえずは帰ってくれるだろうか。いや、意固地になって駄々をこねて、更に面倒な事になってしまうのではないか。こんな感じだった。
だというのに。
何故ラグラスを押す!何故だ!
「いいんじゃないか?イケメンだって母さんも喜びそうだ」
「な、何言ってんの?!結婚なんかする気ないって言ってるじゃない!」
「じゃあ、婚約で良いんじゃないか?」
「桂くん!」
何を言っているんだろう。というか、この桂くんは桂くんなのか?!偽物ではないのか!
うちの男どもは皆、私に甘い。
一つ下の紘くんでさえ、私をまるで年下のように扱う。母親だけが全く甘やかしてくれないけど。
特に父親の過保護っぷりは異常ですらあるが、次男、桂くんの構いっぷりも異常だと思う。
基本、何をするにも恋人より私を優先するのだ。
まあそれが私だけではなくて、家族を優先するのだと気が付いたのは割と最近のこと。
去年の秋だ。
『自転車に乗った紘くんが事故った。でも元気(笑)』
そうメールをして三十分で桂くんは自宅に帰ってきた。怪我は!と叫ぶ桂くんに、みかんを食べていた紘くんは(痛くて出来ないから剥いて、と愛らしくお願いされたので横でせっせと剥いてあげていた)呆気に取られて包帯が巻かれた左腕を上げた。
事故った、というのも、交差点で飛び出してきた子供を避けようとしてスリップし、停まっていた車のミラーにハンドルがぶつかったという程度だ。その際に手首を捻っただけ。包帯は湿布を止める為に巻かれているだけである。
彼女の家に泊まってくると言っていたので、電話を掛けて最中だったら悪いなぁ、メールにしとけって程度の『報告』であって、帰って来いという催促ではなかったのに。
その程度の怪我で呼び戻されたと怒るどころか、良かった、とへにゃりと表情を崩した桂くんに愛情の深さを感じた。
私が骨折した時は笑っていたくせに、と言ったら、あの時は一緒に居て命に係わる怪我じゃなかったし、一緒なら自分が何とでもしてやれるからだと言う。その差がよく分からない。
まあ、そんな桂くんだから、私に恋人なんか出来た日には、拳--いや、得意なのは足技だから足が飛んでいくに違いないと思っていた。
こんな笑顔で後押しされるとか。
「ありえない!」
「そうか、分かった」
にこにこと笑っていた桂くんの笑顔が静かに消えた。
「妹は君と結婚するつもりはないらしい。申し訳ないが、他を当たってくれないか?」
「ケイ殿!」
「ええっと、君が日本語をどこで習得したか気になるところだけど、それはまあ置いといて」
笑いを噛み殺した複雑な表情の桂くんは、ちらりと私を見遣ってからふわりと笑った。
「俺はね、妹が幸せならそれで良いんだよ。嫁ぎ先が例えイギリスでも、健康で幸せならそれで良いと思う。でもね、それはあいが望んでこそだ。あいが望む事なら何でも後押ししてやるし、尽力も惜しまない」
痛いほど真剣な眼差しにごくりと喉が鳴った。
「あいは、どうしたいんだ」
「…結婚は早いと思う」
「そうか」
「けど、ラグラスのことは嫌いじゃない。でも好き…なのかな?」
「うん」
まだ先のことなんて分からない。彼の気持ちが他所に向かう可能性だってあるし、何より、住む星が違うなんていうSFな遠距離恋愛になるラグラスとの結婚は無理だと思う。色々と障害がある。
でも、嫌いじゃないのは本当だ。
これだけの美形なのにそれにはとっても無頓着で、自己中心的で我が儘で、子供のようなラグラスは、可愛いと思う。
二度と会えないと思ったら涙が出るくらいには好きだ。
「…お友達から?」
「だ、そうだ」
桂くんはくつくつと肩を揺らして笑い、ラグラスはむっつりと唇を引き結んだ。まるで我が儘が通らなかった子供みたい。
「あいが結婚したいと言った時は擁護してあげよう」
君のこと嫌いじゃないから父さんから守ってやるよ、と。笑った桂くんの意図が全く読めずに私は小さく息を吐いた。
「さて。君の事をあれこれ聞きたいとこだけど、一度社に戻らなきゃいけないから失礼するよ」
当然のように伝票を取ると、桂くんは空いた手で私の頭をくしゃりと撫でた。私のふわふわくせっ毛は柔らかくて好きだという。
「何かあったらいつでも連絡しなさい。直ぐに飛んでいくから」
「うん、ありがとう。ご馳走様!」
にこりと笑った桂くんの背中を見送って、私はソファにぐったりと身を預けた。
さすがに仕事を放り出してはこないとは…思う…けど。相変わらずの過保護振りにちょっとだけ頬を引き攣らせたのは秘密だ。
「素敵なお兄さんね!」
「あー駄目ですよ?桂くん、私の友達とか知り合いには絶対手を出さないから」
「そうなの?残念ねぇ」
そう言って唇を尖らせた木村さん。あ、でも、と言葉を続けてにまりと笑った。
「姿変えてけば良いんじゃない」
「…私、姪?が異星人ってのはちょっと…」
「けちぃ」
ケチじゃない。っていうか怖いぞ木村さん。うちの家族を狙うのだけはやめて下さい。
「帰る」
「え?」
唐突に腰を上げたラグラスは、むっつりとしたまま出口へと向かった。慌ててジャケットとバッグを抱き込んで後を追う。
「どこ行くの?」
「帰ると言っておるだろうが」
「どこに?」
「屋敷にだ」
「何で?!駄々こねてたくせに、そんなあっさり?!っていうか、行かないからね!私寮に帰るからね!」
小さく息を吐いて、彼はゆっくりと振り返った。
不機嫌な表情は変わらない。だが、どこか諦めの光を宿した青色が、数度の瞬きを繰り返した。
「一度帰る。お前が言うた日に来なければ、また迎えに来よう」
「う…わ、分かってる」
とりあえず帰ってくれるならそれで良い。良いんだけども。
何とも釈然としない!
もやもやとする思いをぶつけようと口を開いた瞬間、木村さんに腕を引かれてんあ?とか変な声を出してしまった。
「プライド高いから、あの子。そっとしといてやって」
「プライド?」
「お兄さんには軽くあしらわれ、小松ちゃんには無いとか言われて。あれで結構傷付いてんの」
「そうなの?」
「そう。だから、今度はちゃんと遊び行ってあげて」
「分かりました…」
なんだ、ちょっと可愛いじゃないか。にまり、と笑って、私はラグラスの後を追った。
追い付いた腕をえいと抱き込むと、驚いたように瞬きをして見下ろしてくる。ちょっと照れたように揺れる瞳が可愛いなぁ。ちゃんと年下に見えるじゃないか。
父親に甘える時にするような上目使いで見上げ、にっこりと笑って見せた。
「セージさんに、おやつ期待してますって伝えておいて」
「…ああ」
呆れたように言った後、一瞬視線を反らした彼はぞっとするような綺麗な、けれど確実に何か企んでいる笑みを浮かべた。
「むが!」
浮かべた、と思った瞬間だった。
視界いっぱいに彼の綺麗な青色と、さらさらの金髪が広がり--啄むようなキスをされた。
私の上唇を挟み込み、ちゅっと音を立てて離す。
私が茫然として反応出来ずにいるのを良い事に、身体を抱き込んで下唇も同じようにキスをした。
「手付だ」
顔を離したラグラスは、意地悪く細めた双眸で楽しそうに笑っていた。綺麗な彼が非常に男らしく、艶っぽく見える表情。
可愛いだなんて思うんじゃなかった!
これにて第2話終了です。
次は美人が一人、か二人出てきます。楽しみ!笑




