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私の兄弟は結構キャラクターが濃い。イケメン兄弟、なんて言われている。それは平凡な私にとって鼻が高い事でもあるが、面倒な事も多い。
長男の大樹は二十七で警察官。
学生空手チャンピオンになった事もあり、がっちり体育会系の無骨な印象を与えるが、笑うと可愛いくて優しい人だ。外見は、下手な男よりカッコイイ母親似で、身内の欲目を引いても男くさい男前だと思う。真面目で曲がった事が嫌い。私が結婚相手の理想として上げるのは大くんだ。大くんが血縁者でなければ、大くんと結婚したい!
高校から十年近く付き合ってる彼女さんは、大和撫子のお手本のような美人である。理想のカップルだ。
三男で私の一つ下、高校三年生の紘。父親の甘い愛らしさと、母親の中性的な美貌を受け継いでいる今時のイケメンだ。二人で買い物をしている時でも色んなスカウトを受けるくらい。
が!思考回路が乙女ちっくで、私が服を買おうとすれば白いふわっふわのワンピースとか買わせようとする。別に自分が着たい訳ではないので女装趣味ではないのだが、人に選んで着せたり飾り立てるのが好きらしい。
有名国立大のA判定を貰っている優良物件なのだが、彼女が出来ても長続きしないのが悩みだとか。きっと、乙女ちっく趣味を隠しているからいけないんじゃないかな。
そしてこの次男、桂斗二十六歳。そこそこ大手の会社にシステムエンジニアとして勤めている。
身内の私が言うのもなんだが、今時イケメンの紘くんより男っぽく、色気のある男前だ。二股はしないとは言っているが、付き合った人は私が知っているだけでも十人以上。モテる。とにかくモテる。
「日曜も仕事なの?」
「ここに納めたばっかのソフトが不具合起こしたから、それのメンテに来たんだよ」
休日出勤、と言った桂くんはかっちりとしたスーツとコートに長身を包み、髪もセットしていると仕事の出来る男風だ。社内だけでなく、取引先にもファンが多そう。
「桂くんはサラリーマンなんだねぇ」
「何をしみじみと言ってんだ。それよりこれは誰だ」
ずばりと言う辺りが桂くんだ。遠慮が全くない。
どう逃げるかとぐるぐるしていた私は、何の解決策も用意出来ずに口を開いた。
「そ、それは、ラグラスといいます」
「中学英語教科書か。どんな関係かって聞いてんだけど」
「夫です」
「違う!ラグラスはちょっとあっち行ってて!」
「嫌だ」
「もおおおお!話進まないでしょ!」
「小松ちゃん」
にっこりと綺麗に笑う木村さん。その笑顔に嫌な予感を覚えた。
「お兄様には私から説明するから、どこかお店にでも入りましょうか」
そう言った木村さんは、桂くんにはきらきらと輝くような笑顔を向け、寮の管理をしております木村と申します、と頭を下げた。
ミルクレープをもごもごと咀嚼しながら、木村さん凄いなぁ、と一人感心していた。
桂くんが案内してくれたのはパスタやグラタンも出してくれる、五人掛けのカウンターとテーブル席が四つだけの小さな喫茶店だった。
食事時だからかお客さんは少なくて、店員のおばちゃんと会話している常連客らしいおっちゃん。テーブル席にOLさんらしいお姉さんが二人。それだけだった。お姉さん方はラグラスと桂くんを見て、レベル高っと声をあげたが、ちらちらとこちらを見るだけ。
お腹は空いているのだけど、この四人で、この空気で食事をする気にはなれない。木村さんと二人ケーキセットを頼み、桂くんはコーヒー、ラグラスにはミルクティを頼んだ。
「村越会長のご親戚とは…その関係で寮の管理を?」
「ええ、そうなんです」
「ギ…村越さんと寮になんの関係が?」
きょとん、として木村さんに問うと、横に居る桂くんから溜息が漏れた。
「自分の大学なのに、経営が村越グループだって知らなかったのか?」
「ええー?!そうだったの?!」
「そうよ?」
あら、知らなかった?らしいわねぇと彼女は小さく笑った。
さすがに自分が通う学校の経営者を知らないというのは問題だろうか。いや、だって、財団法人村越とかなら分かるんだけど、名前違うし一応カトリック系だし。天下の村越グループと係わりがあるとは知らなんだ。
だから木村さんは管理人として雇われているのか。
「それにしても、どうして妹なの?君の立場で君くらいのルックスなら、他に候補がいるんじゃない?」
木村さんからラグラスに視線を移動させた桂くんは不躾に言った。木村さんはラグラスの事を「イギリス貴族のお坊ちゃん」と紹介した。
そりゃまあ、日本人の庶民から見れば王族も貴族も似たような存在だけど…
日本贔屓の両親が、結婚させるなら日本人が良いと言って、ラグラスは嫁を探しにやってきた。付き合いのある村越さんがラグラスを預かり、木村さんが頼まれて世話をしているのだが、たまたま大学付近で会った私をラグラスが気に入った、と。
これが木村さんがすらすらと説明した内容だ。
会って数日で結婚したいという相手に、桂くんが良いんじゃないか、とは絶対に言わないだろう。今も、見たこともない突き刺すような値踏みするような、桂くんらしからぬ冷ややかな視線を、ラグラスに向けて浴びせている。
よし、良いぞ桂くん!その調子でラグラスを追い返せ!
「外見からと言えば聞こえは悪いですが…彼女は私の周りには居ない、愛らしい方です」
勿論、内面も、と微笑んだラグラスは、身の毛もよだつ程の神々しさを讃えていた。
うおぉ!目が眩む!
というか何?!この高貴な人オーラは!聞いた事もない丁寧な口調で人を蹴落として!どうする気だぁあ!
私が両肩を抱いて悲鳴を飲み込んでいるのを確認した桂くんは小さく息を吐いた。
「妹はさ、美形が苦手なんだよね。人が好きだから、人に騙されるのが嫌いというか怖いというか」
「桂くん!」
突然何を言い出すのか。私は慌てて桂くんの腕を引いたが、あいはちょっと黙ってなさいと窘められた。
「君くらいだとどんな女性でも靡くでしょう?妹はね、二股とか浮気とか不義をしそうな男は駄目なんだ。君にその気が無くても、周りが放っておかない。君は誘惑に勝つ自信がある?」
「誘惑が無いとは言えませんが、彼女を、貴殿を裏切るような事は決してないと誓えます」
なんの躊躇いもなく言った彼に、私は静かに眉を寄せた。
私は中学三年の時、そりゃあ駄目な男に初恋を奪われた。
うちにたまに遊びに来ていた桂くんの友人は、女性的な顔立ちのイケメンだった。凄く優しくて、一緒に居ると楽しくて、ああこれが恋かと遅い初恋を謳歌していた私に、彼は付き合おうかと言ってくれた。
あの瞬間は嬉しかったのだが、私は彼の女癖の悪さを知らなかったのだ。それも悪意が無いから性質が悪い。
その日彼は、桂くんと約束をしていて戻るまで待ってるようにと言われたのだと説明した。私は疑うはずもなく、リビングで彼の相手をしていたのだ。
付き合おうかという彼の言葉に私が頷くと、彼は私の部屋へと場所を変えていきなり押し倒した。
唖然となった私に、ずっと触りたかったんだ、付き合うならいいよねと言った男の股間を、私は問答無用で蹴り上げたのである。
そして、タイミング良く帰って来た母親にぼこぼこにされた揚句(うちは父親と紘くん以外、格闘技好きで腕っ節も強い)、桂くんにもぼろぼろにされたらしい。
この事を今でも父親と大くんに黙っているのは、二人を犯罪者にしたくないという、ただただそれだけだ。
更に腹が立ったのが、他に彼女が二人も居たということ。女の子を何だと思っているんだ!
イケメンなんてろくなもんじゃない!という感想を抱いた私は、付き合うなら大くんみたいな誠実な人にすると心に決めたのだ。
その事を知っている桂くんは、ラグラスは「無い」と思ったのだろう。あの人など及びも付かない美形だから。
「不義は絶対に無いと、約束しよう」
はっと顔を上げるとラグラスは怖いほど真剣な眼差しをこちらに向けていた。
ぞくり、と背を駆ける感覚に喉を鳴らす。
「お前は俺を嫌いではないだろう?」
ほぼ断定的な問い。なんて自信家だ。
「くっ…ははっ」
「え?!笑うとこ?!」
「悪い悪い…はぁー」
唐突に笑った桂くんは、先程までの冷たい眼差しを柔らかく緩めてラグラスに笑いかける。
「素直で真っ直ぐなんだね。良いんじゃないか?」
「なにが?」
「結婚」
こてんぱんにして追い返してくれると思っていた桂くんの裏切りに、私は呆然とその笑顔を見詰めるしか出来ずにいた。