2-4
同時刻 花菱女学園 花組教室
「あーあ、もっとお話し聞きたかったのになぁ」
「またいつでも聞けるでしょ」
不満を言う唯里ちゃんに山下先生が板書をしつつ言う。
「じゃ、現在の日本と豪州の関係について説明するわよ」
大鳥教官が応接室に行ってしまったから、午後の授業は山下先生が国際情勢の授業を始めていた。普通科の学生ではあまり深くやらないような地政学的な授業だが、内容としてはまだまだ初歩の初歩と言った感じだ。
「まだ難しい話をしてもわからないことも多いと思うから、最近の状況を簡単に説明するわね。みんなも十分わかってると思うけど、簡潔に言って仲が悪いです。特に関係が悪化したのは、大鳥教官が話してくださったボルネオ島紛争が原因です。あの紛争は1940年代以来の大規模な国際紛争でした。っとここで質問です。どうして豪州はボルネオ島に侵攻してきたのでしょうか?黄地さん、答えてください」
「あ、はい」
急に質問を振られた唯里ちゃんはちょっと困った様子で、ゆっくりと立ち上がった。
「えーっと、もともとあそこらへん…インドネシアだっけ?まあ、あそこら辺んは、日本と豪州の緩衝地だったから…日本に取られるのが嫌だったんじゃないかなーって、そう思いますッ!」
結構ふわふわした回答だったが、最後だけビシッと決めてドヤ顔で着席した。こういう大胆と言うか、勢いに任せていくところはほんの少しだけ見習いたいと思ってる。
「まあ、100点中20点かな」
「低い!?」
「もちろん、黄地さんが言ったことも正しくはあるんだけれど、もう少し詳しく説明すると、豪州が介入してきた一番の理由はやっぱり石油です。豪州国内でも石油は産出されますが、とても5億の人口を賄える量ではありませんから」
山下先生の言う通り豪州軍は日本軍がボルネオ島をほぼ制圧し終えた段階で強襲を仕掛けてきた。日本軍の必死の抵抗を受けて敗退した後も、豪州政府は日本によるボルネオ島の統治は不当だとして非難を強めている。
当然それに対して日本国内からは強い反発が起きていて、両政府の外交関係は破綻し、現在は残りの旧インドネシア領をめぐって両国のにらみ合いが続いている。
「あの、山下先生質問いいですか?」
「どうぞ、黄地さん」
「どうして、体育教師の山下先生が『社会』を教えているんですか?」
「今更?」
山下先生は唯里ちゃんの授業の流れをぶった切るような質問に呆気に取られていた。
「あのね、私は保健・体育の教員免許しかないし、下士官で引退したから教官としての資格もないけど、去年みんなのためにね、3か月も軍の学校に行って、助教育成課程で勉強してきたからこうして授業の補助してもいいことになってるの」
「ん?でも今って、補助って言うか授業そのものなんじゃ…」
「いいんです。いまは教官が諸用で出てますから、私が授業していいんです」
「へー」
唯里ちゃんは自分で訊いておいてあんまり興味がなさそうだった。
この後も山下先生の良くも悪くも軽い感じの授業が暫くと思ったが、意外と早く大鳥教官が戻ってきた。
「すみません」
「いえいえ、もうよろしいんですか?」
「ええ、前に一緒に仕事をしていた人が尋ねてきてくれて」
そう話す教官は昔の知り合いにあったというのに、あまり嬉しそうな顔をしていない。何か悩んでいるようにも見えた。
どんな人と会ったのか、どんな話をしたのか、ちょっと気になる。
「それじゃ、教官、さっきの話の続きお願いします」
「黄地さん、後にしなさい」
「えぇ~」
「ここで終わると中途半端になっちゃうので、授業を続けます。大鳥教官もそれでよろしいですよね?」
「はい、もちろん」
そういうわけで結局山下先生の授業が継続されることとなってしまった。
私としては、別に山下先生の授業が嫌いだとかそんなことはないのだけれど、本当はもっと大鳥教官の話を聞いてみたかった。