2-5
同日 鎌倉市内
午後の授業の後、僕は十数名の先生方と鎌倉まで電車で向かい、歓迎会に参加した。
部員も集まっていないのに飲み会なんて、と思いもしたが何を隠そう僕の歓迎会だったため、断ることもできなかった。
僕はあまりそう言った席には慣れてなかったので、終始ぎこちない感じで、先生方とちゃんと親交を深められたか全く自信がない。
と言っても歓迎会を開いてくれたこと自体は本当にありがたいことで、親交を深められるかどうかはこれから頑張り次第と言うところだろう。
ま、そういうわけで、歓迎会も無事終わり、いま僕は何をしているのかと言えば、一人駅まで歩いているところだ。他の先生方はほとんど鎌倉市内に住んでいるらしくて、出島に戻るのは僕一人のようだった。
歓迎会の会場から駅まではそんなに離れておらず、徒歩で10分もない。駅までの道はまだ20時ぐらいと言うこともあって、二次会へ向かうサラリーマンや客引きの店員の姿が多い。
「居酒屋『まほろば』本日ビール一杯無料でーす。あっそこの人、今夜どうですか?お一人様も大歓迎ですよ」
なんだが居酒屋の客引きなのにフリフリの所謂メイド服を着た女性が声を掛けてきたが、特に飲みなおす気分でもなかったので―
「大丈夫で…す?」
と言って立ち去ろうしたが、そのメイド服姿の客引きの顔を見てふと立ち止まる。改めてまじまじと見てみると、フリフリのメイド服は全くこの辺の雰囲気に合ってないし、そもそもお店の『まほろば』と言う名前からも特別メイドを売りにしているような感じは受けない。
はっきり言って、浮いていた。
しかも、着ている本人も頑張って笑顔を作っているが、どう見ても目が笑っていないし、不機嫌なオーラが滲み出ていた。そう言った意味でも、なんだかそのアンバランスさが異様な存在感を放っていた。
しかし、僕はそんなメイド服姿の女性になんとなく見覚えがあるような気がした。
「えっと…君…」
「はい?」
「………青崎君?」
「………あっ」
そうだ、どこかで見たことあったかと思ったら、学校に行った初日に職員室の前で少しだけ話した青崎瑠香君だった。
名前を呼ばれた彼女も僕のことを思い出したのか、暫くどうしようか迷った後、黙って立ち去ろうとしたので、僕は思わずその手を掴んでしまった。
「えーっと、こんなとこでどうしたの?」
「…別に」
「いや、別にじゃなくてさ…体調不良で帰ったって聞いたけど」
「まあ、大丈夫です。と言うか手」
「えっ」
「別に逃げないから」
「ああ、悪い」
僕は慌てて瑠香君から手を離した。
「それで―」
「ここじゃ目立つ、ちょっと来て」
瑠香君はそう言うと、今度は彼女の方から僕の手を取って、表の通りから路地裏の方まで引っ張って行かれた。
「で、どうするの?」
「どうするって?」
「…私のこと怒らないの?」
「怒るって…なんで?」
「学校仮病使ってさぼったし、それにうちの学校バイト禁止だし…」
(ああ、そういうことか)
まだ教官としての自覚がないのか、あまり授業をサボられたからどうとか、校則違反をしているからどうとか、あまり気にはならなかった。
「うーん、別に怒りはしないけど…理由はちょっと気になるかな?」
「ふーん…。ま、いいけど。仮病つかってサボったのは店の手伝いしなきゃいけなかったから」
瑠香君はそうぶっきら棒に言う。
「そっか、でもどうしてバイトを?部活やっててもそれなりにお金出ると思うけど…」
「別にお金のためにやってるわけじゃ―」
「おいッ!てめぇ、何してやがるッ!」
そんな怒号とともに、派手な茶髪の男が駆けよってきた。
「え、何?ちょ、ちょっと落ち着いて」
「うっせぇッ!」
男はそう言って拳を振り上げる。近くで瑠香君が何か言っているようだが、僕の耳にはどうしてか届かなかった。
男の拳は大振りできっと避けることも、反撃することも可能だろう。だけど、この時はそんな気が起きなかった、なんて言うと言い訳じみているが、それが正直なところだった。
そういうわけで、僕は瑠香君が茶髪の男を殴って無理やり止めるまで、数発殴られた。
~15分後~
「はいこれ」
瑠香君が働いている居酒屋の奥、と言うより瑠香君の自宅の居間で休ませてもらっていると、瑠香君が氷嚢を持ってきてくれた。
「やっぱり、ちょっと腫れてきたね。…血は止まった?」
「うん、それは何とか。まだ口の中は痛いけど…これぐらいなら大したことないよ」
殴られて大怪我、とまではいかなかったが、それ相応に怪我はした。まあ、それでも昔から怪我の治りは早い方だ。一晩寝ればほとんどよくなるだろう。
「…あの貧弱な兄貴でも結構やれちゃうもんなんだね」
「君を守ろうとしたんだろ、だからいつも以上の力が出たんじゃないかな?」
「…完全に見当違いだったわけだけど」
僕を殴ったのは瑠香君の兄で、優と言うらしい。瑠香君が働いている居酒屋の店主で、瑠香君がお店で働いていたのも、その手伝いをするためだったらしい。
「それにしても、元軍人なんでしょ、徴兵漏れの兄貴に殴られっぱなしって言うのはどうなの?」
「…まだ一応現役だよ、僕は。…まあ、あそこで殴り合いをしてもしょうがないからさ。僕にはお兄さんを殴る理由なんてないわけだし」
「そう………ごめんなさい。それに、ありがとう」
瑠香君はそう小さな声で言う。
「私がもっと早く止めてればよかったし、それに……怪我したのに兄貴のこと許してくれて…」
「大丈夫だよ。別にこれくらい怒るようなことでもないしね。それよりお店の手伝いって大変なの?」
「えっ…まあ、あんまりうち上手くいってないから。兄貴は料理以外ダメダメで、あんなんだし、最近はお酒も野菜もお肉も値段がどんどん上がって、バイト雇えるほど余裕がなくなってるんだ」
「…そうなんだ」
瑠香君の言う通り、豪州との関係が悪化してから貿易はほとんどストップしてしまい、それから徐々に物価が上がってきている。
日本も多くの難民を抱え、本土と呼ばれる北海道から沖縄までの範囲に2億7000万人、それ以外の外地と呼ばれる領土には3億人以上が住んでいると言われる。
その人口すべてを支えるには、日本の領土は狭すぎる。
今はまだ何とかやっていけているが、いずれ限界が来る。その前に何とかこの状況を打破しなければならない。でなければ、いずれ日本は内部から崩壊してしまうだろう。今でさえ、極左や極右、独立派にカルト集団など内部にいくつも火種を抱えている。これ以上厄介ごとを抱えられるほど、今の日本の社会は丈夫にできてはいない。
「明日は部活に来られるの?」
「…無理かも」
「どうしても?」
「…多分」
「そっか」
僕がそう言うと、瑠香君は少し戸惑うような表情を見せる。
「出ろって言わないの?」
「うーん。出て欲しいのはやまやまだけど…家の事情があるんじゃ、あまり強くは言えないよ」
「…あんた、それでも教官?」
瑠香君が少し呆れたというような声色で言う。がその顔はそれまでの彼女とは違った優しそうな笑みを浮かべていた。
「…じゃ、そろそろ僕は帰ろうかな、明日は早く学校に行かないといけないから。これありがとう」
僕が氷嚢を返そうとすると―
「まだ休んでなよ……何なら泊ってってもいいし。私も朝早いから起こすよ?」
「あ、いやそれは、まずいんじゃ…」
「なに気にしてんの、兄貴もいるし、それにあんたなら大丈夫でしょ。じゃ、お風呂でも入って来なよ。その間布団とか出しとくから」
「えっ、いや、まだ僕、泊まるって言って…」
瑠香君の中ではもう僕は泊まるのが確定したようで、僕の言葉を聞くこともなく布団の準備をしに行ってしまった。
「…あっ、お風呂は部屋を出て左の方にあるから」
奥の方からそんな声が聞こえる。
本当にいいんだろうか、教官が生徒のしかも女子生徒の家に泊まるなんて。普通に考えてよくないどころか、学校にばれたら結構な問題になるような気がする。
けれど、瑠香君の言うように気にし過ぎなのかもしれない。瑠香君のお兄さんも傍にいるわけだし、それに自分でもこれまであまり気付かなかったがだいぶ疲れているみたいで、瞼が妙に重い。ここは素直にご厚意に甘えてもいいのかもしれない。
まあ、そうするにしても最悪ご両親に話を通さないと、と思ったが棚の上に置いてある小さな仏壇とそこに飾られている写真を見て、それは叶わないことだと気付いた。
僕は座りなおして、仏壇に手を合わせる。これから重装機兵部教官として大事な娘さんを預かる以上、やっぱり挨拶ぐらいはしておくべきなのだろう。
「ちょっと、まだお風呂行ってないの…ってなにしてんの?」
居間に戻ってきた瑠香君が不思議そうな顔をして尋ねる。
「ああ、ちょっと、挨拶をと思ったんだけど…」
「…今どき珍しくもないでしょ、親がいないなんて」
「…まあ、そうかもしれないね」
両親ともいないのは流石に少ないと思うが、金属虫との戦いで片親を亡くした子供は決して少なくない。
「でも、うちは別に金属虫にやられたとかじゃなくて、お父さんとお母さんはお店の買い出しの途中に交通事故でね、もう6年も前になるかな…。だからさ、今はもう何でもないよ」
そう言う瑠香君は本当に何でもないというような顔をしていて、その本心を伺い知ることができなかった。
「強いんだね、瑠香君は」
僕はそんな風にはなれそうにもない。なぜなら今でも夢に見るのだ、父親が死んだときのことを、いや、それだけじゃない。僕の周りで死んでいった人たち、みんなの顔が、声が時折脳裏によぎる。
それはまるで、僕自身が僕の罪を忘れさせないために見せているのではないかと思うほどだ。
「…さ、早くお風呂入っちゃってよ。着替え後で置いとくから」
「ああ、うん」
と言うことで、流されるようにお風呂に入ることになった。
(本当にいいのかなぁ?)
下手をするともう一回、瑠香君のお兄さんにぶん殴られそうだが、そこはまあ瑠香君がどうにかしてくれるだろう。どうやら、家庭内ヒエラルキーはお兄さんより瑠香君の方が上のようだし。
そんなことを思いながらゆっくりお風呂に浸かっていると、いきなり風呂場の扉が開けられた。
「失礼するっすッ」
誰かと思えば先ほど僕を殴った茶髪頭の瑠香君の兄・優が裸で立っていた。
「え、えっと、どうしたんですか…?」
「お背中お流しするっす」
「えっ、いやもう自分で洗ったから大丈夫ですよ。…どうかお気になさらず…」
「遠慮はいらないっすよ」
「え、遠慮じゃなくてですね…」
「いや、ここは俺を頼ってください。俺が怪我させたんです、何でもお手伝いさせていただきます」
「いや、もう大丈夫ですからッ!」
そうしてなんだかんだ攻防があったあと、結局お風呂を出てから居間の方で話をすることになった。
服は恐らく優さんのものだと思われるジャージを借りた。優さんは僕よりも少し背が低いが、だいぶゆったりとしたジャージだったので、問題なく着ることができた。
怪我の方はもうもほとんどよくなって、さっきお風呂から出た時に鏡で見たら腫れもほとんど引いていた。
「まずは、これをお納めください」
「ん?」
優さんが茶封筒を渡してくる。
「ぜんぜん少ないいっすけど…今はこれだけしかなくて…」
「えっ?いや、お金なんていいですよ。これは受け取れません」
「で、でも、それじゃ…」
「本当にいいですから、誰だって間違うことはありますし、それに僕は丈夫ですから。もうだいぶ腫れも引きましたし、大した怪我じゃありませんよ。だから、これはお返しします」
僕はそう言ってお金の入った封筒を優さんに返した。
「で、でもそれじゃ、俺の気が収まんないっす」
「ああ、えっと…じゃあ、今度僕がお店に来た時何か一品サービスしてください」
「えっ、そんなんでいいんですか?」
「はい、瑠香君が優さんは料理が上手だって言ってたから。楽しみにしてますよ」
「……了解っす。マジで気合入れて作るんで期待してください。………でも、ホント、あんたいい人っすよ…お、俺…なんだか」
「す、優さん?」
突然優さんは涙を浮かべた。
「俺、体弱くて、徴兵も弾かれて、全然就職もできなくて、みんなにバカにされて…こんな情けない奴だから、瑠香にも迷惑かけて、ケガさせた人に優しくしてもらって…ほんと情けないっす。お店も上手くいかないし、俺ホントどうしたいいかわっかんなくなって、今日のことだって、半分八つ当たりみたいなもんで―」
金属虫の侵攻が進むにつれて徴兵制度は拡張していき、現在では15歳から24歳までのすべての男女が徴兵対象とされ、2年の兵役に就かなければならない。また徴兵期間終了後も男性の多くは予備役として軍に籍を残し、有事の際には召集がかけられることとなる。
もちろん、様々な理由から徴兵対象から外れることはあり、心身に故障のある者や、軍に協力している大学や企業の研究施設に所属している者は徴兵されることはない。
そういう時代だから、兵役に就いてない者、特に男性の場合は往々にして世間から軽んじられる風潮がある。研究室にいて兵役免除ならまだ理解もされるし、むしろ尊敬される立場だが、心身に問題があって徴兵から弾かれた者はそれなりに肩身の狭い思いをすることになってしまう。
明文化しているところはないが、官公庁や軍とつながりの深い企業は兵役経験者しか採用しないし、そうじゃない企業にしても兵役経験者とそうでない者であれば、自然と前者を優先して採用する。
もともと故障があって兵役に就かなかったから、と言うこともあるのだろうが、兵役に就いた者は互いにある種の連帯感と言うか、仲間意識があって、それが理由で兵役に就いてない者に対する差別意識みたいなのが芽生えてしまっているとういう面はあるだろう。
だから兵役に就いたことのない優さんは、相当苦労してきたんだと思う。
僕は涙ぐむ優さんに居間の机の上にあったティッシュ箱を渡す。
「顔を上げてください。そんな思い詰めることないですよ。……僕は人にはそれぞれやるべきことがあるんだと思っています。優さんの場合それが、戦うことじゃなかったというだけです。今の優さんの役目はお店の仕事を頑張って、瑠香君を守ってあげることじゃないですか」
「瑠香を…」
「それだけわかっていれば、馬鹿にされたって、情けなくたっていいじゃないですか。自分のやるべきこと見失ったりしないでください」
「…やるべきこと…」
「そうです。自分のやるべきことさえはっきりと見えていれば、余計なことで迷うことなんてなくなりますよ」
「うっ…うっ……ありがとうございます。いい人だよ、ホントいい人だよぉぉ……」
優さんはやんちゃそうな見た目に反して結構涙もろい人のようだった。
「…ねぇまだ寝ないの…って何で兄貴泣いてんの?」
瑠香君が部屋に入ってくると、泣いていた優さんがいきなりその瑠香君の足に抱き着く。
「ちょ、ちょっと何!?」
「る~か~、お前はお兄ちゃんが守るからな~」
「いきなり何なの!?ちょっと気持ち悪いからッ。もう、あんたも笑ってないでどうにかしてよ」
そんな兄妹のほほえましい光景に頬を緩ませつつ、さっきの自分の言葉が頭の中で反芻する。
誰かの受け売りだったが、それが誰だったか記憶に靄が掛かっているみたいでよく思う出せない。
それに、自分の目標を見失っているのはほかならぬ僕自身だった。
僕のいるべき場所は戦場で、助けられた分誰かの命を救わなければならなかった。なのに、僕が戦場でやってきたことは誰かの命を犠牲にしてばかりだった。
ある時は僕一人ために多くの人が犠牲となり、またある時は部隊のみんなが死んでいく中自分だけのうのうと生き残り、そしてあの時には自身の正義を押し通してその結果として多くの犠牲者を生んだ。
そして今に繋がる。自分のしたかったこととは程遠い。人を守るどころか人を戦場に送る手伝いをするなんて…
教官と言う仕事や少女たちを兵士として訓練することが間違っているとか、嫌悪感を感じているとかそういうわけではない…と思う。
ただ、自分を見失ってしまった僕に僕自身が失望していた。そんな状態で、誰かに大切なことが教えられるわけがない。そう思うと、今すぐにでも何もかも投げ出したくなってしまう。
けれど、教官という職もいろんな人が繋いで、そしてまがりなりにも僕に任してくれた役目だ。せめて、期待をしてくれた人たちを失望させたくはない。
(頑張ろう、僕も)
僕は静かに決意した。




