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花菱女学園重装機兵部  作者: キ74
第一章 赴任/出会い
7/45

2-2

 ~3年前~



 平征25年10月 旧インドネシア領 ボルネオ島


 「それ、佐々木小隊長の?」

 「…はい」


 満点の星空の下、僕は今日の戦いで戦死した佐々木小隊長の機体に残されていた一枚の写真を眺めていた。写真には佐々木小隊長の旦那さんとその腕に抱かれた幼い息子さんが写っている。


 「…お子さんまだ2歳になったばっかりだって…もうすぐ、この戦いも終わるとこだったのに…」


 僕と同じく佐々木小隊長の下戦っていた相良軍曹が、今にも泣きだしそうな声で言う。


 佐々木小隊長は軍人としてだけでなく人として本当に尊敬できる人で、僕も相良軍曹も佐々木小隊長にはずいぶんとお世話になっていた。


 それが、一瞬の、たった一度の油断の代償として命を落とすことになるなんて、それが戦場なんだとわかってはいるが、やるせない気持ちにはなる。


 もっと自分にできることはあったのではないかと、そう思わずにはいられなかった。

 

 渤島奪還作戦開始から二か月余り、相良軍曹の言うようにこの戦いはもうすぐ終わるだろう。


 数十年前に宇宙より飛来した金属虫との戦いは一時期より落ち着いた。と言っても、人類はすでに南北アメリカ、アフリカ、そしてユーラシア大陸の大半を失い、人類は残された大地で、必死に生き延びている現状は変わらない。


 ここボルネオ島も10年前のシンガポール陥落後、瞬く間に金属虫に制圧されていたインドネシアの島々の一つであり、その奪還は我が皇国にとって喫緊の課題となっていた。


 化石燃料から自然・核エネルギーへとエネルギー転換が進んでいるとはいっても、石油はいまだ重要な戦略物資であり、我が大日本皇国はボルネオ島から産出される石油に依存していた。


 そのため、皇国軍はボルネオ島陥落すぐさま奪還作戦を行ったが、金属虫の猛烈な反撃により失敗、その後も第2次、第3次と続けざまに攻撃を行ったが、島全体の奪還とはならず、多大な損害を鑑みてついにボルネオ島奪還作戦は一時中止された。


 それから今日まで、皇国軍は水面下でボルネオ島奪還の準備を進めていた。


 一番大きな変化と言えるのは、作戦失敗当時主力だった四八式重装機から、飛躍的に性能向上を果たした六六式重装機に世代交代を急速に進めたと言うことだ。


 重装機とは金属虫との戦いでその中核を担っている兵器で、これを扱う兵を重装機兵と呼んでいる。重装機はもともと戦車や野砲と歩兵の間を繋ぐ近接火力支援ために開発された歩兵用の強化外骨格が元であるが、時代が進むにつれ大型化し、今では6メートル前後もある代物になっていた。


 一応こうした兵器は霊長型兵器とも呼ばれているが、旧式の四八式はともかく新型の六六式は、脚部は走行能力の向上のため犬や猫の後ろ脚と同じく、踵を浮かせて爪先で歩く指行性に適した形状となっており、またバランサーとして長い尻尾があり、上半身もかなり猫背になっており、人型と言われても首を傾げたくなってしまう。どちらかと言えば獣人、具体的に言えばいつか映画で見た狼男のような体形だ。


 僕は東京の陸軍中央高校へ入学してから適性を認められて重歩機兵部に入部。卒業後は、学校からの推薦もあって、精鋭部隊である第五空挺師団隷下の第五重装機兵連隊へ配属となった。


 「…明日も行くんでしょ?」


 涙を堪えていた相良軍曹が話題を変えようとしたのか、突然そんなことを言う。聞くまでもないことだというのは、相良軍曹もよくわかっているだろうに。


 「そのつもりです」

 

 開戦当初から最前線で戦い続けた我が第五重装機連隊は戦力の3分の1近くを消耗し、通常ならば後方に下がるしかない状況となっていた。


 しかし、戦力の少ない今、一応希望という形をとって後方に下がる第五空挺師団から一時的に独立して、司令部付きの特別部隊を編成し、前線に再度投入することが検討されていた。


 「それじゃ、ほとんどみんな残るんだね」

 「そうみたいですね…相良さんはどうするんです?」

 「……残る」

 「えっ!?」


 意外だったので、思わず声が出てしまった。


 「えっ、って何、悪いわけ?」

 「いや、相良さんはもう―」

 「もう、帰りたがってたんじゃないかって?そりゃそうでしょ。誰だって帰りたいよ」

 「だったら―」

 「でも、あんたが残るなら私も残る。あんたみたいな死にたがりを止められんのは、私だけでしょ」

 

 相良軍曹は真っ直ぐ意思の強い目で僕を見つめていた。


 「あんたを日本に連れて帰る。それが私の…自分に課した仕事だから」

 「………」

 「ちょっと、何か言いなさいよ。…私が恥ずかしいこと言ったみたいじゃん」

 「いえ…まあ、そうですね、帰りましょう、一緒に…」


 死にたがり


 そんなつもりはないが、そう言われたのは初めてじゃない。確かに、僕は戦える限り戦っていたい。いや、戦わなくちゃいけない。それは兵士としてだけじゃなく、それはもっと根本的な理由だ。僕は生きている限り戦い続ける義務がある。


 それが僕の命に課された生き方だった。


 ~一週間後~


 「あと一息だッ、最後まで気を抜くなよッ」


 機体の手に持つ三十粍機関砲を唸らせながら、連隊長の檄が拡声器から発せられる。


 今や20機足らずと消耗激しい我が隊であったが、いまだ隊員の士気は高く、ついにボルネオ島の南部の都市バンジャルマシンまで金属虫を追い詰め、最後の決戦に挑んでいた。


 『三時の方向、70メートル、カマキリ2、一体は特殊個体ッ』


 僚機を務める相良軍曹の機体の拡声機から声が響く。本来なら無線機を通じて通信すべきことだが、金属虫の出す干渉波のせいで電波が乱れ、無線の調子が必然的に悪くなる前線では、往々にして拡声器を使った連絡方法を多様している。


 僕は僚機の相良軍曹の声に反応し、首を右に向けると、機体の頭部も連動して右を向き、外外部の映像を網膜投影する。


 (廃墟の陰か)


 この六六式と同じぐらい、体高6メートル程の巨大な銀色のカマキリがまるで身を隠すように、廃墟の影を移動していた。


 「了解、前に出ますッ!」


 僕は機体の憑依操縦装置を全開駆動させる。これで、自らの体を動かすように重装機を制御することが可能となる。


 炭素繊維で出来た人工筋肉に電流が流れ、大地を強く踏みしめる。そして、飛ぶように駆けだし、一気に敵との距離を詰める。


 銀色の巨大なカマキリは迎撃しようと、口から鉄の杭を音速を超える速度で打ち出すが、もうすでに遅かった。


 打ち出された杭を最低限の動きで躱すと、勢いを殺すことなく金属虫の脳であり心臓となる≪核≫のある胸に大型高周波刀を深々と突き立てる。核を破壊されたカマキリはその形を崩し、ただの鉄塊となった。


 そこへ間髪入れず、もう一体のカマキリが両手の鎌を振り下ろす。


 蟷螂の斧という言葉があるが、このカマキリ型の鎌は危険だ。装甲車程度の装甲なら簡単に切り裂いてしまう。重装機でも当たり所が悪ければ致命傷になりかねない。


 振り下ろされた鎌をギリギリのところで躱すと、至近距離から三十粍機関砲をたたき込む。


 「固い…!」


 鉄の他にも何か混じっているのか、通常のカマキリ型よりも丈夫で、至近距離からの三十粍砲弾の掃射でも大きな損傷は与えられなかった。


 『飛べッ!』


 相良軍曹の声に反応して、上方に15メートル近く跳躍する。


 直後、先ほどのカマキリ型に3発の噴進弾が着弾、だが、まだとどめさせていない。しかし、腕や顔を吹き飛ばされたカマキリは力なくふらついている。


 「とどめだッ!」


 着地と同時に大型高周波刀を振り下ろし、カマキリの胴体を真っ二つにした。


 核を両断されたカマキリはそれ以上動くことなく、これもまたただの鉄塊と化した。


 「ふぅ、今ので最後かな?」

 「…かもしれませんね」


 無線や外部収音マイクに耳を傾けても、周囲で戦闘している様子はない。


 『1中―は―後退―、第2・3中隊―き続―警戒し―岸へ』


 連隊長からの指示が無線より流れる。が、相変わらず無線の調子が悪い。周囲では干渉波も急激に弱まってはいるが、小型の金属虫がまだ残っているのだろう。ここからの本格的な制圧は歩兵の仕事となる。



 結局あとで詳しく確認したところ、損害の多かった1中隊は損傷機を回収しつつ後退、残りの2・3中隊で引き続き都市部から海岸までの警戒をせよ、とのことだった。


 僕はずっと僚機を務めていた相良軍曹の機体と並んで、海岸を目指して進むことになった。


 まだボルネオ島全土を完全に制圧したわけではないが、部隊の中にはこの死闘を潜り抜けたという歓喜の声が漏れていた。確かに、このボルネオ島南部の都市バンジャルマシンを制圧した時点で、今次作戦はほぼ9割方完了と言ってもいいのかもしれない。


 それなのに、どこか引っかかるものと言うか、言い知れぬ不安があった。


 「ようやくだね」

 「…ええ、まあ」


 操縦席のハッチを開けて目視で周囲を警戒する。


 重装機には各種センサーが備え付けられているが、干渉波の影響でそれが十分機能しないことも多い。それでも視界については、旧式の四八式にくらべ六六式は死角が減り、感覚的な操作で周囲を警戒できるようにはなった。だけど、こういう時は自分の目や耳、鼻を使って周囲の状況を確認するのが重要だ、というのが教育隊での基本方針だった。


 周囲を見回すと、どこもかしこも廃墟だらけだ。十数年前までは、それなりに大きな都市だったらしいバンジャルマシンも、金属虫の侵攻と度重なる戦闘で、もう見る影もなく破壊されつくされている。


 「………ん…?」

 「どうした?」

 「いえ、何か聞こえません?」

 「え?」


 重装機の足音や、駆動音に交じり何か低く唸るような音が聞こえる。


 「聞こえる?」

 

 僕の隣の相良さんがハッチを開け、汗で額に張り付いた髪をかき上げつつ、耳に手を当てる。


 「なにか低く唸るような…」


 ふと空を見上げると、低く垂れ込む雲の合間からいくつもの黒い影が見えた。


 「飛行機、航空隊ですかね?」

 「え、航空隊なら1時間前に散々爆撃したあとじゃん。いまさら何しに」

 「いや、小さいのが…」

 「偵察?」

 「それにしては数が多いって言うか、あれ、高度を落として…」


 高度を落としてきた航空機から閃光が放たれるのとほとんど同時に、僕と相良軍曹は重装機のハッチを閉じた。


 直後、機体の周囲にロケット弾が着弾、強烈な爆風と土煙が巻き上がる。


 「誤射!?」

 「違う、あれは…!」


 土煙の間からネイビーブルーの機体が見える。


 「豪州…海兵隊の機体だ!」

 「こんな時に…!散開、ビル陰に入って!」


 降り注ぐ機関砲弾とロケット弾の中、左手に装備した機関砲で牽制射撃を行いつつ、短いバックステップと、脚部と背中と脚部に装備されたモータージェットを起動させ不規則に移動しながら、ビル影へと移動する。


 『―各員、豪―攻撃が―合―後退―』


 誰かの指示が無線から流れるが、こっちはそれどころではなかった。


 「くそッ、何機いんのよ!」


 空には少なくとも20機ほどの機影が見える。


 甲高いモーター音とプロペラが空気を叩く音を響かせながら、獲物を狙う大鷲のように旋回しつつ、攻撃のチャンスをうかがっている。


 「自分が囮になります。相良さんは下がって!」

 「ちょっとッ、またあんたは…!」

 「行きますッ!」


 相良軍曹の了解を待たず、ビル陰から出て、敵の注意を引き付ける。


 敵機の誘導兵器を無効化するために、今度は自身の機体から干渉波を発生させる。相手もこちらが誘導兵器封じをしてくることは予想しているだろうが、これは相手の無線を封じ連携を難しくするという意図もある。もちろん、練度の高い部隊なら無線なしでも連携攻撃は可能ではあるだろうが…。


 敵の機体は豪州海兵隊の傑作モーター艦上攻撃機スカイレイダーだ。搭載しているのは対地攻撃用のロケット弾と中型爆弾、あとは20ミリ機関砲といったとこだ。この六六式の装甲は20ミリ弾で貫通することはないが、非装甲部分に当たれば機体の機能低下につながるし、ロケット弾の直撃は大きな損傷に繋がる上に、中型爆弾では至近弾でも致命傷になりかねない。


 対して、こちらの対空へ兵装は皆無に等しい。元々重装機は対空用の兵器ではないし、それ用のセンサーも武装もない。機体の左胸部にある12.7粍機関砲は固定式で、とても航空機を迎撃できるような代物じゃないし、対誘導兵器用のアクティブ防護システムもあるが、せいぜいロケット弾の直撃を防ぐぐらいで、いつまでも持ち堪えられるようなものではない。一応使えそうなのは手持ちの三十粍機関砲だが、これは至近距離での瞬間火力を重視し連射速度は速いが、精度はそこまでよくなく、そもそもここまでの金属虫との戦闘で、すでに残弾が心もとなかった。


 本来こういう場合は、航空隊の支援を要請するか、対空戦車で相手をすべきなんだろうが、今はそれを待っている余裕はない。


 十数発のロケット弾を躱し、中型爆弾により大量の土砂が巻き上げられる中、機体を縦横無尽に走らせる。


 すると、正面から2機が両翼の20ミリ機関砲を打ち鳴らしつつ接近してきていた。


 「迂闊な!」


 砲弾が降り注ぐ中、冷静に狙いをつけ機関砲を短連射


 直後、向かってきていた2機のスカイレイダーの片翼がはじけ飛び、錐揉み回転しながら地面に落ちていく。


 それを見た、他の敵機の殺気が僕に集まる。


 「来いッ」


 仲間の敵を討たんと、攻撃が集中し始める。


 降り注ぐロケット弾を回避し、半壊したビルに右肩に装備された牽引砲を打ち込み、その壁に張り付くと、機銃掃射を仕掛けてきた2機を立て続けに撃墜する。


 牽引砲はアンカー付きのワイヤーを撃ち出すもので、撃ち出すアンカーは対象に突き刺さる、または特殊吸盤で張り付くことができ、蜘蛛の糸を参考に作られたワイヤーは機体重量の10倍以上の負荷に耐えることが可能だ。


 「損傷はなし、電池残量はまだ半分ある、だけど弾倉は残り一つか…」

 

 そのまま上空を警戒していると、後方で信号弾が上がった。


 信号弾は敵にこちらの位置を知らせることになるが、無線が役に立たない状況では、窮余の策として使われることが多い。


 「集合か…」


 すぐには下がることなく、ビルの頂上まで登り、注意深く周囲の状況を確認したところ、多くの敵機は弾薬を撃ち尽くしたのか、まばらに後退しているようだった。


 しかし、南の浜辺の方を機体の望遠カメラ確認すると、すでにそこには海兵隊が多数上陸していた。


 『まさか、一人でやるって言わないでしょうね』

 「…相良さん」

 

 ビルの下から、拡声された声が響く。


 「………」

 『…行くわよ』

 「でも…いまなら敵の意表を―」

 『わかってる。連隊長も同じ考えだから、いったん態勢を立て直すの』

 「他の隊も集まっているんですか?」


 僕ら重装機兵はその機動力を活かして、歩兵や機甲部隊に先行することが多く、今回も旧市街南側の強行偵察が任務だったが、存在する大型金属虫が少数だったこともあり、他の部隊と合流する前に殲滅してしまっていた。


 それがあだとなり、現在重装機兵隊だけがかなり突出した形となっており、上陸してきた海兵隊、少なくとも一個師団規模の敵を相手にするには圧倒的戦力不足であった。


 『いいえ、恐らく司令部はいったんバンジャルマシンを放棄するつもりよ』

 「そんな…」

 『でも、この街の後方には多くの部隊が残ってる。その撤退を援護する必要があるの』

 「…それが、僕らの役目ってことですか」

 『…ええ』


 拡声器から聞こえる相良軍曹の声が少し強張っているように聞こえる。


 「…相良さん」

 『言わないで。ここに来る時に覚悟はしてるから…ほら、行くよ』


 僕はモータージェットで速度を落としつつビルから飛び降りる。


 「すみません、合流地点まで急ぎましょう」

 『死にたがりのあんたと、一緒に死ぬことになるなんて…私も焼きが回ったかな…』


 相良さんのそんな呟きが拡声器から漏れたが、敢えて反応はしなかった。



 集合場所へ行くと僕と相良軍曹を含め15機が集合していた。


 「これで全機か…」


 当初60機いた連隊も、今では3分の1以下となり、よく見てみると生き残った半数近くの機体も大なり小なり損傷を受けていた。


 新型の六六式がここまで損害を受けたのは単に戦闘が長引き、十分な整備が受けられなかったこともあるが、予想以上に打たれ弱かったというのもあるだろう。特に操縦席付近の装甲が不足していて、射撃特化型ではないカマキリ型からの射撃でも、側面からならば貫通を許してしまうことがあり、そのせいで佐々木小隊長も命を落としてしまう結果となった。


 しかし、今はそのことについて文句を言っても仕方がないのはわかっていた。


 「我が隊はこれより、味方部隊撤退の援護を行う」


 連隊長がそう力強く宣言する。要するに僕たちだけで海兵隊一個師団の足止めをしろと言うことだ。


 僕は正直なところ一向にかまわないが、他の人はどうなのだろうと考えてしまう。けれど、相良軍曹の言う通りみんな命を懸ける覚悟はとっくにできているのだろう、ということは言葉に出さずともそれとなく感じられた。


 我が第五重装機兵連隊は精鋭部隊と呼ばれ、また自らも精鋭部隊としての自負持って戦ってきた。部隊としてのプライドは高く、己が命をもって血路を開く、それが幾多の戦場で先陣を切ってきた我が隊のモットーであった。


 今回に限っては道を作るのではなく、道を塞ぐことが任務となるわけだが、そんなことで士気を落とすような隊員達じゃないことは僕もよくわかっていた。


 その後、連隊長から作戦の説明があったが、特に難しいことはなく、侵攻してくる海兵隊に対して、3方向から強襲を掛けるというだけだ。一応、機体の損傷や弾薬切れ、電池残量が危険域に達した場合は随時撤退ということになってはいるが、そう上手いようにはいかないだろう。


 「ねぇ、一郎」

 「はい」

 「…やっぱいい」

 「なんですか、言ってくださいよ。こんな時ですし」


 現在俺と相良軍曹は海兵隊がバンジャルマシン内へ入ってきたところで奇襲するため、街の南西の廃墟に機体を隠して、最期の時を待っていた。


 「…あのさ、私、あんたのこと、最初いけ好かない奴だって思ってた」

 「えぇ、そいう話ならあんまり聞きたくなかったような…」


 僕は相良軍曹の言葉に苦笑を交えて返した。


 「もう、最後まで人の話を聞きなさい。…最初は嫌な奴だって思ってたけどさ、今は違うって、そういう話……」


 相良軍曹はそこで、話を区切ると黙り込んでしまった。


 僕は相良軍曹の言葉を待ったが、一向に続きの話をする様子はない。

 

 「…あれ、話ってそれで終わりですか?」

 「はぁ?言っとくけどあんたのそういう妙に空気読めないところは、今でも嫌いだからね」

 「すみません…」


 怒られてしまった。


 「あーあ、馬鹿らしくなってきちゃった」

 「もうすぐきますよ。しっかりしてください」

 「あんたに言われたくない」

 

 こうして廃墟の中にいても、重装機が大地を踏みしめ、装甲車が履帯をまわし進む音と振動が徐々に伝わってきた。


 「…ねぇ、もしさ」

 「はい」

 「もし、もう一度ゆっくり話せる機会があったら―」


 相良軍曹がそう言った時、甲高い音とともに緑色の閃光弾が上空に打ち上げられた。


 攻撃開始の合図だ。


 「…行くよ…言っとくけど、私より先に死んだら絶対に許さないから」

 「…了解」


 重装機のハッチを閉じ、廃墟の中から勢いよく飛び出す。夕日に照らされた瓦礫の山の中には沢山の重装機、装甲車、そして人の姿があった。


 「歩兵は無視してッ!でかいのを潰すッ!」


 相良軍曹の言葉を聞くまでもなく、突然の襲撃に散り散りになる歩兵は無視して、まずは水陸両用装甲車に三十粍機関砲下部に取り付けられた五七粍散弾砲から徹甲榴弾を発射し、瞬時に鉄くずにした。


 重火器に狙い撃ちされないよう、足を止めることなく、次から次に装甲車を撃破していく。まずは敵の足を潰して進行速度を遅らせる必要がある。


 「軽戦車6、西側に回り込んでるッ」


 相良軍曹がそう叫ぶ。


 軍曹の機体はすでに左腕が破壊され、胸部装甲も大きく損傷していた。


 「僕が対処します。相良さんはもう下がってッ!」

 『うっさいッ、ここまで来て、今更逃げれるわけないでしょッ!』


 確かに相良軍曹の言う通りではある。今更ここで逃げてどうなるというのか、兵士として、戦士としてこれ以上ない死に場所だ。自分にできないことを他人に強要すべきではないのかもしれない。


 (だけど…いや、今は…!)


 僕はそれ以上何も言うことなく、相良軍曹とともにこちらの背後に回り込もうとしている軽戦車隊迎撃に向かう。


 言葉を交わすまでもなく、僕と相良軍曹はこれまで散々訓練してきた通り、連携して攻撃を仕掛ける。


 まずは僕が廃墟の陰から飛び出し、機関砲を連射しつつ跳躍を繰り返し、敵の注意を引く。そして、すっかり僕に注意を逸らされた軽戦車に相良軍曹が機体の両肩に装備している多連装噴進砲を打ち込んでいく。


 そして6両目の装甲車を破壊した時、突然操縦席内に警報音が鳴り響くと同時に、自動で発煙装置が作動する。


 「…ミサイル!?」


 警報機が鳴るということは、照準用レーザーが照射されているということだ。恐らく歩兵用の携帯式ミサイルだろう。


 (歩兵を無視し続けるわけにはいかないか…)


 散弾砲の弾倉を徹甲榴弾から対小型目標用の散弾に交換すると、機体を大きく跳躍させ、上空から周囲に無数の散弾をばら撒く。


 視界の中で、いくつかの血吹雪が上がった。


(ああ…そうか、人を殺したんだ…)


 ふと、そんなことを思った。


 さっきまでも、装甲車や軽戦車を破壊してその乗組員を殺害していたのだろうが、直接見たわけではないので、実感がなかった。だが、こうして血が流れるのを見てようやく自分が人間と戦っていることを認識させられた。


 だからと言って、どうと言うことはない


 ただ、金属虫との戦いで、人類はこんなにも追い詰められているというのに、人間同士で戦っている現状に、違和感と言うか本当にこれでいいのだろうかという思いは心の隅にはあった。


 散弾を撃ち尽くした後、周囲にはいくつもの死体が横たわっていた。


 しかし、そんな光景で感傷に浸る間もなく次の目標が接近してきていた。


 「来たか…!」


 40ミリ機関砲を唸らしながら、4機の大型重装機が突撃してくる。


 ≪HAS4 ジンガナ≫は豪州の陸軍や海兵隊に広く採用されている体高8メートル近い大型の重装機で、1990年代の始めに開発されてから長らく最強の重装機として君臨してしていた。愛称のジンガナはオーストラリアの先住民の伝承に出てくる龍の名前が由来で、その名に恥じることのない強靭なパワーと装甲が特徴だ。


 しかし、時代は常に進み続けている


 いかに強力な機体であろうと、いずれは追い落とされる。六六式はジンガナと比べ、防御力は劣るものの、新型の炭素繊維人工筋肉が生み出す並外れた馬力と機体を浮遊させる程のパワーがある高出力モータージェット(正確にはモータージェットではなくエレクトロニック・ダクテッドファンと言うらしいが、モータージェットの呼称の方が定着している)の搭載により、従来の重装機を大幅に上回る機動性を誇っている。


 盛者必衰の理


 このような事態に備えて対重装機戦闘の訓練も積んできた。負けるわけにはいかない。


 「相良さんは後方から援護を!」


 そう言いつつ僕は再び機体を大きく跳躍させる。


 六六式の強みはこうした驚異的な跳躍力を活かした立体的な戦闘が可能な点だ。


 突然飛び上がったことに驚いたのか、4機のジンガナの動きが止まる。その隙を逃すことなく、機関砲を連射する。


 六六式の採用まえから使用されている、五三式三十粍機関砲はテレスコープ弾を使用するブルパップ式の重装機にとっての自動小銃と言えるもので、近距離での瞬間火力を重視したものだが、徹甲弾を使用してもジンガナの胸部装甲はおろか、背面装甲さえも貫通させることは難しい。


 一方、ジンガナの装備している40ミリ機関砲は六六式の胸部及び前腕部以外の装甲を破壊可能であり、優先して破壊しておく必要がある。


 空中でモータージェットを全開にし、機体を左右に動かし敵弾を回避しつつ的確に敵の武装を破壊していく。


 弾倉内の砲弾を撃ち尽くして敵機の機関砲を破壊した後、手に持っていた機関砲を投げ捨てる。もうすでに予備の弾倉は無い。ここからは重装機による格闘戦だ。


 一体のジンガナに落下と同時に強烈な蹴りをお見舞し、そのまま地面に踏み倒す。そこに背後からもう一機が薙ぐようにして巨大な戦槌を振るう。が、その戦槌は空を切り、敵機はバランスを崩す。


 その一瞬を見逃さず、右肩の大型高周波刀を抜き放つと同時に敵機の左腕部を切断、そのまま大きく踏み込み比較的装甲薄い脇腹から、一気に刀を滑り込ませるように突き立てる。


 ジンガナの操縦席は胸から腹にかかる部分にあるため、確実に敵機を撃破するためにはそこを狙い操縦者を殺す必要がある。


 そのまま流れるように敵機から刀を引き抜くと、背後から振り下ろされつつあった二つの戦槌に対し、一つは刀で柄から切り飛ばし、もう一つは蹴りで強引に軌道を逸らす。そこで、いったん大きく後ろへ跳躍すると、予め示し合わせていたように多数の噴進弾が着弾する。


 噴進弾だけでは撃破とまではいかないが、敵機は機体各部に損傷を負う。


 しかし、敵もそこで諦める様子はない、損傷した腕で必死に戦槌を振り上げ、効果がないと理解しつつも固定機関銃を連射しつつ立ち向かってくる。


 人間らしい


 と、そう思った。


 金属虫は大きな傷を負うと、すぐに逃げ出す。たとえ自身を生み出した女王アリ級などが攻撃を受けていたとしても、自身の生存を優先する。そこに一つの例外もなかった。


 金属虫には人間のように自らの命に対する執着はあるが、人間が時に見せる命への執着を超える勇気や忠義を見せることはない。


 僕はそうした金属虫との戦いにどこか味気なさを感じていた。


 高周波刀の出力を最大して、一気に敵機との距離を詰める。


 まずは切り上げとともに戦槌を持った右腕を切断、背後に回り込み鋭い突きで操縦席を貫く。


 続けて、もう一機にもとどめを刺そうとしたその時―


 「…逃げてッ!!」


 相良軍曹の叫び声を収音マイクが拾う。


 咄嗟に敵機を盾にする。それから一瞬遅れて、周囲がすさまじい閃光と爆音と土煙で覆われた。


 (迫撃砲…いや艦砲射撃か!?)


 どちらの部隊が攻撃したのかはわからない。ただここまでだと直感した。


 「相良さん!」


 せめて相良軍曹だけでもと思い、手を伸ばす。


 しかし、その瞬間すぐに激しい衝撃に襲われ、そこで僕のボルネオ島で記憶は途絶えてしまった。


 その後、僕が目を覚ましたのは本土へ帰還する輸送船の中で、バンジャルマシンでの戦いからすでに五日が過ぎていた。


 あの時、戦闘に参加していてた重装機兵部隊で生き残ったのは僕だけだった。


 最後の砲撃は、敵軍及び友軍から同時に行われたものだった。友軍は連隊長が撃破される前に砲撃支援要請の閃光弾を上げていたらしく、それに従っただけのことで、恨んだりとかそういう感情は一切なかった。


 豪州にしたって、不思議なことに憎しみは沸いてこなかった。


 ただ、目覚めた僕は


 (またか)


 ただそう感じるしかなかった。


 軍学校に入って、精鋭部隊に入って、強くなった気でいた。自分の責任を果たせると思っていた。だけど、結果はこのありさまだ。なんの力もなかったころと同じだ。結局自分だけが生き残った。


 (こんなはずじゃなかった)


 僕は、僕のために犠牲になった大勢の人のため、その分多くの人を救わなければならなかったはずだ。

 

 なのに…なのに……


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