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平征29年5月9日 花菱女学園
朝の全校集会での自己紹介を無難に終えると、休む間もなく午前中は赴任に伴う諸々の書類仕事が待っていた。こうした仕事と言うか手続きはもちろん初めてだったし、今まではほとんど事務官任せだったことが災いして随分と手こずってしまった。
しかし、今日はそんな書類仕事ばかりに気を取られるわけにはいかない。一日の最後の授業、6限目に一年花組の授業を初めて受け持つことになっていたのだ。
と言っても今日は本格的な授業をするわけでなく、赴任の挨拶と言うか自己紹介をする程度にするつもりではある。
そして午後三時前、僕は少し緊張しつつも補佐の山下先生とともに、一年花組の教室までやってきた。
花組は重装機兵部に所属する生徒たちのクラスだ。と言っても、四六時中訓練をやってるわけじゃなくて、週五日中三日は通常のクラスと同様の授業を受けていることが多い。残りの二日も、午前中は普通に授業を受けて、午後からが訓練の時間となっている。
それと、特徴としては放課後や休日の訓練には一応軍から手当が出ることになっている。
とは言っても、訓練内容に見合った額かは疑問が残るが……まあ、何にしても高校生の小遣いとしては十分な額ではあるとは思う。
「緊張しないでください。いい娘たちですから」
「は、はい」
後ろからついてきた山下先生に急かされるようにして、教室の扉を開けた。
(ん?)
何かおかしい。
広い教室に机が三つしかないのもおかしいが、それは事前に三人しか生徒がいないと聞いていたので、わかっていたことだが、今はその三つの席のうち二つしか埋まっていない。
「起立!」
僕が教室に入ってきたのを見て、号令がかかる。そして教壇につくと、
「礼ッ!よろしくお願いしますッ!」「よ、よろしゅくお願いしますッ」
一人の少女・昨日駅で会った星良君は緊張しているのか、挨拶を噛んでしまって、顔を真っ赤にしていた。
「こちらこそよろしくお願いします。それじゃ、休んで」
僕がそう言うと「休め」の号令とともに二人の少女は席に着いた。
「えっと、朝の集会でも聞いたと思うけど、改めて自己紹介をさせてもらいます。僕は昨日からこの花菱女学園の専属教官となった大鳥一郎です。出身は千葉で、小学校を出た後、神奈川陸軍幼年学校、陸軍中央高校と進学して、高校卒業後は第五空挺師団、第五重装機兵連隊に所属、その後、病気で視力が落ちて現場から身を引くことになって、ちょうどその頃この学校が機兵部を立ち上げるということで、声がかかり、この度着任することになりました」
一気にここまで言って、一呼吸入れる。
目の前の少女たちの様子を伺うと、星良君の表情は少し硬く、緊張した面持ちでじっと僕の目を見ていたが、もう一人の娘は目をキラキラさせて少し興奮しているようだった。
「え…っと、正直言って機兵としては4年くらいの実績しかありませんし、無論教官としても新米ではありますが、誠心誠意取り組んでいきますので、これからどうかよろしくお願いします」
僕はそう言って頭を下げた。
パチパチパチ
最初に山下先生が拍手をはじめ、それにつられるように二人の少女も拍手をしてくれた。
「それじゃ、あなたたちにも自己紹介をしてもらいましょうか。まずは赤森さんから」
「は、はい!」
山下先生に指名された星良君は、勢い良く立ち上がって奇麗な瞳で真っ直ぐ僕を見つめると、少し自分を落ち着かせるかのように一呼吸おいてから自己紹介を始めた。
「一年花組、出席番号2番、赤森星良、平征13年12月12日生まれの15歳です!。え、えっと、午年生まれで射手座で、血液型はO型で、しゅ、趣味は料理と裁縫で…あ、あとは、えっと…い、以上です。……あの、昨日はありがとうございました!不束者ですが、これからよろしくお願いします!」
星良君はそう言って、ペコリとお辞儀をする。
「あれ?大鳥教官、赤森さんとお知り合いなんですか?」
山下先生が不思議そうに尋ねてきた。
「はい、まあ、一応」
「昨日、駅前で風に飛ばされた私の帽子を拾ってくれたんです」
「そうだったの。ふーん…」
「な、何ですか…?」
山下先生が何か意味ありげに星良君を見ていたが、僕にはその意味がよくわからなかった。
「ま、いいでしょう。次、黄瀬さんお願い」
「はい!」
くせっ毛なのか少し毛先がカール気味のショートカットの少女が立ち上がった。身長は少し高めで、まあ、何と言うかスタイルがよかった。何処とは言わないが、出るところが人並み以上に出ていた。
「私は一年花組、出席番号3番、黄瀬唯里、16歳です。趣味は…と言うか重装機が大好きです。だから、この部に入りました。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!!」
「うん、よろしくね」
唯里が溌溂と元気よく自己紹介をしてくれた。
「それで、青崎さんはどうしたの?」
山下先生が、空いた席を見つつ二人に尋ねる。
「えっと、瑠香ちゃんは体調が悪いらしくて、早退しました」
「そう、またなの?」
山下先生が小さくため息をつく。
「よくあるんですか?」
「ええ、まあ。…このことについては後程…」
「ああ、わかりました」
生徒の前で話すようなことではないということだろう。
「はい、質問いいですか?」
唯里君がビシッと真っ直ぐ手を上げる。
「いいですか、大鳥教官?」
「ええ、構いませんよ。いい機会ですし、なんでも聞いてください」
始めにお互いについてその人となりをよく知って、信頼関係を築くための基盤を作っておくことが、今後の部活動でも重要になってくるだろう。
「はい、それじゃ、まず、教官殿が搭乗した重装機について教えてください」
唯里君は重装機が好きと言うだけあって、やっぱり興味はそっち方面が主なようだ。僕が乗った重装機を答えたところで、僕の人となりなんてわかるわけがないが、まあ今日は初日だし、特に焦ることもないだろう。
「えっと、初めて重装機に乗ったのは高校で重装機兵部に入った時で、そこでの訓練では、みんながこれから乗ることになる四八式Ⅲ型に乗って。部隊に配属になってからは六六式だね」
本当はもう一機種乗った機体があるのだが、あの機体は正式には公表されていないので、この場では伏せておくことにした。
「教官がお乗りになられてた“月兎”は空挺特別仕様のⅠ型丙ですよね!」
「えぇ…っと、どうだったかな?僕がいたころは…確か空挺用の六六式は配備が間に合わなくて、まだ部隊の三分の二は初期型のままだったと思うけど…」
「そうなんですか。それじゃ、次の質問です。“白虎”と“月兎”じゃ性能って全然違いますよね?あと、操作性もすっごく変わってるとおもんですけど、そのへんどうでしたか?直接視界じゃなくて、網膜投影になってますもんね。ああ、そうだ、完全憑依操作って実際のところどんな感じなんですか、ネットとか雑誌では何か、精神に異常をきたすような欠陥があるなんて書いてありますけど、そんなことないですよね?ね?」
唯里ははやる気持ちを抑えられないのか、立ち上がり僕に詰め寄よってきた。
「ゆ、唯里ちゃん、だ、ダメだよ~」
星良が控えめな声で注意するが、夢中になっている唯里には届かなかった。
「と、取敢えず、落ち着こうか」
僕は唯里の肩をやんわりと押して、距離をとる。
「それで、どうなんでしょう?」
「うーんっと、正直僕はその、詳しいことは良くわからいないんだけど、四八式と六六式じゃ、それこそ一般車とレーシングカーぐらいの違いがあるって思ってもらっていいよ。まあ、操縦に関してはより感覚的な操作ができる六六式の方が簡単ではあるんだけど。あと最近言われている廃人化だけど、メディアは少し誇張し過ぎかな。確かに初めて六六式に乗ったときや、長時間憑依状態のままだと、気分がわるくなったりってのはあるけど」
「やっぱりそうなんですね。あ、あと、やっぱり軍では愛称では呼ばないんですか?」
「うん、まあ、基本は六六式とか、ロクロクって呼んでるけど、重装歩兵隊以外の人からは、“月兎”って愛称のほうで呼ばれることもあるかな。…だから仲が悪い歩兵隊の人とかからは機兵隊のことウサギ隊とかって呼んでるみたいだね」
「へぇー、そんなんですかぁ」
なんか唯里君が恍惚とした表情をし始めたので、ここは一度星良君に話を振って場を落ち着かせよう。
「えっと、星良君は何かないかな?」
「えっ、わ、私からは…えっと、その…メ、眼鏡ッ」
「眼鏡?」
「は、はい、その、眼鏡もいいかなって、昨日は掛けてませんでしたよね…?」
「あ、ああ、そうだったけ」
そう言えば、設定として目が悪いはずなのに昨日は眼鏡かけるのを忘れていた。
「えっと、昨日はコンタクトつけてたから…」
「あっ、そうだったんですね…メ、眼鏡も素敵だなって」
「えっ、あ、そう?ありがとう」
そう言って、僕も星良君も顔を赤くしてしまった。まったく、何をしているんだろうと自分でも思った。
「教官殿!あの、第五空挺師団にいたころの話をぜひ聞かせてください」
「もう、星良さん、がっつきすぎですよ。はしたない」
山下先生が、はしゃぐ唯里君を諌める。
「えーでも、第五空挺師団と言えば第4次渤島決戦で活躍した部隊で、渤島決戦の英雄ですよ。重装機兵部だったら誰だって気になりますよ。先生だって、元機兵だったら気になりますよね?」
「ま、まあ、気にならないことはないですけど…大鳥教官よろしいですか?」
山下先生が困り顔でそう尋ねてくる。そう言う仕草は少し可愛げがあって、年齢よりずっと若々しいと感じた。
「ええ、いいですよ」
話を始める前に静かに深呼吸をして、あのボルネオ島でのことを思い出す。
僕にとって初めての本格的な戦いで、多くの人が散っていった、あの戦いを………




