5-3
~3時間後~
「それじゃ、ちょっと休憩にしよっか」
僕はほっと胸をなでおろしていた。
昨日、山下先生から任官式が明後日だと聞かされた時は、もう間に合わないと焦りと不安でいっぱいだったが、なかなかどうして、やってみるとやれるものだ。
彼女たちはみんなとても優秀で、他の学校が一か月で行うことを半日でマスターしてしまった。
もちろん、4月から部に在籍していた3人とレイン君を除いて、本来やっておくべき基本教練や座学などは全くやっていないため、その点を見れば完璧と言うわけにはいかないが、それにしたって合計搭乗時間が10時間もないことを考えれば十分次第点だろう。
「ああ、そう言えば、ちょっと休憩に入る前にいいかな?」
僕はそう言って部室に戻りかけていたみんなを引き留めた。
「これまで聞くの忘れてたんだけど、この部の部長って誰かな?」
星良君と唯里君、瑠香君が互いに顔を見合わせる。
「それが…ちょっと決めてなく、私たち三人で持ち回りでやってるんです」
「それはまた、どうして?」
「えっと…最初は決めていたんですでも、その子が辞めちゃって、それで次の人を決めたんですけど、その子も辞めちゃって…それでその後はなんとなく交代でやろうって話になって」
三人の様子から、誰もあまり部長と言う役職に積極的でない印象を感じた。まあ、部長になった人が次々にやめて言ったらそう感じてしまうのも無理はないのかもしれない。
「そっか。でも人数も増えてきたし、正式な部長を決めても―」
僕はそう言いかけて、レイン君と目が合った。
「ああ、いや、部長はレイン君でいいのか」
「えっ、私ですか?」
「うん。だって唯一の上級生だし」
上級生だから部長だなんて安直ではあるけれど、当然と言えば当然の役回りだろう。
「まあ、そうですね。そうなっちゃいますよね。わかりました。重装機兵部部長、頑張らさせていただきます!」
パチパチパチパチ
拍手の音が響く
「じゃ、それはそれとして、部長がどうとかっていうのはさ、任官式の時の服務の宣誓、誰にやってもらおうかなって思って、部長がいればその子にって考えてたんだけど…レイン君はもう2年生だからね…。誰かやってみたい人とかっている?」
みんなが互いに顔を見合わせる。
「じゃ、私はパス。そういうのやるキャラじゃないし」
美沙君が真っ先に抜ける。
「私もいいかな」
続いて瑠香君が辞退する。
「わ、私もそういうの苦手で…」
さらに星良君も辞退を申し出た。
「じゃ、三人の中でやってみたい人は」
凛君は自分から辞退するとは言わないが、どっちでもいいよといった感じだった。
対する唯里君と百合奈君はやりたい気持ちはあるけれど、あともう少しの勇気が足りず尻込みしているようだった。
「話し合いで決めてもらってもいいけど、そうだな…やってくれた人には何かしらご褒美を出すよ」
「ではわたくしが」「だったらわたしが」
唯里君と百合奈君の手が同時に上がる。
「じゃ、ジャンケンでいいかな」
二人は静かに向き合う。
「それじゃ、百合奈、恨みっこなしだからね」
「もちろんです」
「「最初はグー、ジャンケン、ポンッ」」
二人が同時に勢いよく振り出した手は唯里君がグーで百合奈君がパーだった。
「やりました」
百合奈君は本当に嬉しそうな笑顔をこちらに向ける。
「それじゃ、宣誓は百合奈君にお願いしようかな。原稿は山下先生が作ってくれたからこの後、式の予行練習の時にやってみようか」
「はい」
そして僕は少し落ち込んでいる様子の唯里君に声を掛ける。
「唯里君もありがとう、手を挙げてくれて」
「いえ、そんな…」
「また今度、何かあったときはキミを頼ってもいいかな?」
「…はい!ぜひ」
僕は彼女の人懐っこい笑みがあまりに可愛らしかったので、思わず頭を撫でていた。
「えへへ」
唯里君は少しハニカミながらも僕の手を避けようともしなかった。
「…瑠香、残念だったね」
「…なんの話?」
「えー、それ言っちゃっていいのー?」
「もう、あんたは黙ってて」
瑠香君と美沙君もなんだかんだで仲良くやっているようだし、ひと安心だ。
「ああ、そうだ。それともう一つ、急な話で悪かったんでけど式のこと保護者には言ってもらえたかな?」
通常、任官式と言うのは親が見に来るものらしい。僕は任官式なんて出たことはないし、そもそも高校に入るころには両親はいなかったので、どのみち招待することなんて無理な話だったわけだけど。
「来ないよ」
さっきまで瑠香君と楽しそうに話していた美沙君が、冷たくきっぱりと言った。
「…私もです」
星良君は少し寂しそうにして言う。彼女は孤児院出身と言うことは知っていたため、そもそもこの話を振ることに少し抵抗があった。それでもお世話になった人などを招待してもいいという風に言っておいたのだが、どうやら余計な気遣いだったのかもしれない。
「うちはお母さんが」
「わたくしも母が来るそうです」
「私は両親が来ます」
急な話で都合がつく人がいるか不安だったが、参賀者がいてくれるようで良かった。
「それで、瑠香君、優さんは?」
「…来ない」
瑠香君は顔を背けながらそう言った。
「そうなんだ。残念だけど、優さんも忙しいから仕方ないか」
「…うん」
瑠香君は何か言いたくないことでもあるのか、一向にこっちを見ようとはしなかった。
取敢えず、連絡事項は終わったので、改めて解散、と言おうと思った時、格納庫から佐藤少尉が電動の小型バイクに乗って出てきた。
「訓練はひと段落付いたかな?」
「はい、この調子なら明日の式も問題なさそうです」
「そっか、それは良かった。それで、ちょっと提案あるんだけど―」
~10分後~
第七研究所 第二特別区分所 地下 大試験場
佐藤少尉の提案を飲んで、僕らはこの鎌倉出島の深いところまで来ていた。
僕らが大型エレベータで二機の訓練機とともに降りてきたのは、鎌倉出島の一番下にある巨大空間、通称・大試験場と言われている場所だった。ここは出島を支える巨大な支柱が立ち並ぶ以外は何もなく、その様相は人工物であるのにどこか神秘性をも感じさせた。
「じゃ、最初に乗る人は機体にいって」
「「はい」」
星良君と瑠香君が一緒にエレベーターで下ろしてきた訓練機に乗り込む。
「他のみんなはこっち」
佐藤少尉に連れられて僕らは分厚い壁に覆われた観測室に入る。観測室は三階建てになっていて遠く方まで試験場が見渡せる。
「あーあーあー、二人とも聞こえますか?」
『はい』『はい』
通信装置から訓練機に乗る二人の声が聞こえる。
「それじゃ、武器まではこっちで誘導しますね。あっ、大鳥君こっちをお願いします」
「はい」
僕は佐藤少尉から無線誘導用のコントローラーを受け取って、星良君の機体を操縦する。
機体をゆっくりと動かし、観測所の正面30メートル付近に引かれた白線まで機体を移動、その近くに置かれていた重装機用の機関砲を手に取る。
「射撃位置に付きました。四七式二十粍機関砲を右腕に装備、弾倉を装填。星良君、そっちの表示は大丈夫?」
『は、はい。右腕に20ミリ、弾数24、表示問題ありません』
星良君の緊張した声が聞こえる。
「青崎さん、そっちはどうかな?」
『右腕、五〇式七十五粍狙撃砲、弾数6、こっちも問題ありません』
「それじゃ、操縦をお返しします。目標は赤森さんは120メートル前方、青崎さんは500メートル前方、シミュレーター通り、気楽にやってください」
『はい』『はい』
佐藤少尉は気楽にやってくれとはいうが、無理な話だろう。何しろ彼女たちが実弾を使うのはこれが初めてなのだから。
佐藤少尉が休憩に入ろうとしていた僕たちに提案したのは、実射体験だった。正確には現在研究中の人工知能による射撃補正機構の実験と言うことだったが、データとして僕や佐藤少尉のような重装機に乗りなれている者じゃなくて、彼女たちのような新兵でのデータが欲しかったそうだ。
明日の式を控えたタイミングでやるのもどうかと思ったが、式の準備はほとんど形としては出来ていたし、彼女たちもずっと行進ばかりさせられて気が滅入っていただろうから、気分転換としてはいいのではないかと思って、実験に参加することにした。
実際みんなも結構乗り気だったし、本来もう少し先でやる予定の射撃訓練を、こんなに早くやれるというのも、それはそれでいい経験になると思う。
「二人とも落ち着いていこうね」
『はい』『はい』
「よし、安全装置を解除」
『安全装置、解除』『安全装置、解除』
「射撃初めッ!」
僕の号令とともに閃光と強化ガラスを叩くような激しい音が鳴り響く。後ろから見ていた生徒たちも一瞬体を震わせていた。
「射撃やめッ!」
二人が弾倉を空にしたのを見計らって号令をかけた。
「残弾は?」
『ありません』『ない』
「撃ってみた感想は?」
『緊張しました…』
『流石にね…』
「そっか、それじゃ、そのまま待機して、次の人が来たら交代して」
『はい』『はい』
その後、40分ぐらいかけて全員が機関砲と狙撃砲の射撃実験に参加した。
「いやー、ありがとうございました。いいデータが採れましたよ」
「こちらこそ、いい経験になりましたよ」
地上に戻るエレベーターの中、レイン君を除いて初めての実弾射撃だったため、少し興奮したのか、互いに感想を言い合い、みんないつもよりテンションが高い気がした。
「今日、王室長は?」
「…室長は天狼が届いたので、そっちに掛かりっきりです。近いうちに君にテストをお願いするかもしれません」
「…情けない話ですけど、自分はまだ踏ん切りが尽きません」
「トラウマと言うやつですか?」
「そう、かもしれません」
重装機に乗ったからと言って、何がどうなるわけでもない。けれど、きっと忘れてしまいたい記憶を、気持ちを、思い出してしまうだろう。それがどうしてもあと一歩を踏み出せない足枷になっていた。
要は嫌なことから逃げていたいだけなのだ、僕は。
「無理にと言うつもりはありません。けれど、いつか乗り越えなければ、君は前に進めないのかもしれませんよ。なんて説教じみたことを私が言うのもおかしいですね」
「いえ、その通りだと思います」
そう、いつかは、助けられた分、他の誰かを助ける、その志を貫きたいというのなら乗り超えなければならない壁だ。
「あのー、大鳥教官?」
星良君が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「この後の訓練ってどうします?」
「訓練?まあ、取敢えず式の予行練習かな?暗くなるまでまだ時間あるし、なるべく回数をこなしといたほうがいいかなって」
「そうですか…」
星良君は何か言いたげだった。
「どうかしたの?」
「はい…実は白藤さんちょっと辛そうで、あっ、そんな倒れそうとかじゃなくて」
美沙君の方に駆け寄ろうとした僕を、星良君が抱きつくようにして止めた。
「あっ、ああ、す、すみません」
「ああ、いやこちらこそ…」
「あの、辛そうって言っても、まだ大丈夫なんですけど…できればあんまり回数はやんなくて、仕上げみたいな感じで出来ないかなって」
「わかった、上に着いたらまず30分休憩して、その後最後の一回通しでやってみよう。唯里君にはその後、個別で練習してもらうとして、明日も朝は練習できるしね」
「はい、ありがとうございます」
星良君はペコリと頭を下げる。
「いや、こちらこそありがとう。星良君は周りことよく見てるんだね。今後も何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってね。僕はそういうの結構鈍いところがあるから、いろいろ言ってくれると助かるよ」
「はい」
僕は星良君の気遣いに感心していて、同時にまだまだだなとも感じた。僕はどうも、回数させこなせばいいと思っている節がある。こういう時間がない時こそ、効率的に短時間で集中して訓練をやった方がいいのだろう。
その後、僕は星良君のアドバイスに従い、訓練を早々に切り上げて解散とした。今日は朝からの訓練でみんな疲れているだろうし、明日のためにもゆっくり休息をとってもらった方がいい結果につながるはずだ。
それから、山下先生と個別で宣誓の練習がある百合奈君を除いた部員が帰ったあと、僕は一人明日の式のために、一人テントを建てたり、パイプ椅子を並べたり等々、準備が終わったころにはもうすっかり夜になっていた。
「ふぅ…あとは…」
準備するものをメモしたものを見ると後は、自分の制服のアイロンがけだけだった。
「これは明日でもいいか…」
僕が帰る用意しようと教官準備室に戻ると、ちょうどその時ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴った。
僕は相手を確認することなく電話に出る。
「はい、もしもし」
『…久しぶりですね。ヒイロ』
「せ、先輩!?」
僕は慌てて携帯を耳から離して、画面を見るとそこには≪風間先輩≫との表示が出ていた。
『もしもーし、聞こえてますかー?』
僕は携帯を再び耳に当てる。
「どうかしたんですか、突然」
『声が聞きたくなりました』
「…それで用件は?」
『冷たくされると泣いちゃいますよ?』
「…ごめんなさい」
『最初から素直にしてください。…教官生活はどうです?上手くいってますか?』
「どうでしょう?いろいろトラブル続きですけど、みんな頑張ってくれて、そのおかげで何とかなってるって感じです」
『慣れないうちは大変そうですね、教官なんて』
「そうですね。でも、いまはとにかく頑張るしかないですよ。先輩の方はどうです?」
『…正直言って退屈です。近衛師団は留守番ばかり、今回は出番があるかと思えば、結局、私の師団はお留守番です』
「ああ、マレー作戦のことですか?」
『ええ、今度はボルネオの時と違って、陸海の総力をもって奪還作戦に当たる見たいです。そのせいで、今東部軍はすっからかんよ』
「まあ、東部軍は近衛を除けばほとんど遠征用の部隊ばっかりですから」
関東一帯を統括する東部軍は過去金属虫の上陸を受けたことがなく、地理的要因から今後も金属虫の上陸の可能性が低いため、近衛師団と防空部隊を除けばそのほとんどが外征用の部隊となっており、これから行われるような大規模な奪還作戦ではその戦力の中核を占めることになる。
『まあ、あなたに対して実戦が羨ましいなんて言うのは、少しデリカシーに欠けますよね』
「別に、気にしないでください。兵士である以上、戦場で戦いたいというのも正しい欲求だと思いますよ。特に先輩のように強い人なら」
『そうですね。まあ、今日はあまり長電話をしても悪いですね。明日は生徒さんたちの任官式なのでしょう?』
「良く知ってますね」
『ヒイロのことならなんでも知ってますよ』
「怖いこと言わないでください」
『ふふ、では今夜はこの辺りで、近いうち遊びに行きます。それでは、おやすみなさい。私のヒイロ』
先輩は一方的にそう言って通話を切った。
学生の、初めの頃は憧れにも似た感情を持っていたが、先輩のことを知れば知るほど、近くにいればいるほど、僕はあの人のことが怖くなってしまった。
あの人は僕の心の隙間に入り込んできて、気づけば抜け出せなくなる。だから、いつしか距離をとるようにしていた。今日電話で話したのもほんと1年以上ぶりのことだった。
僕は埃っぽいジャージからスーツに着替えなおすのもめんどく臭くなって、そのまま準備室に置かれた3人掛けのソファーに寝ころんだ。
今日は流石に疲れた。
横になるとすぐに瞼が重くなる。
頭の中では、着替えなきゃとか、家に早く帰ろうとか、アイロンかけないととか、いろいろと浮かんでは消えていたが、僕は少しだけと思いつつその重い瞼を閉じた。




