5-2
~5時間後~
花菱女学園 重装機兵部部室 1階休憩室
午前の訓練が終わった後、みんなんで部室の休憩室で昼食をとったのだが、私は疲れて、何だか眠くなってしまったので、丸テーブルに両肘をついて重くなった頭を支えていた。
今日の訓練はひょっとすると今までで一番大変だったかもしれない。
これまで、体力づくりとして散々走らされて、辛いと感じたことはいっぱいあったが、今日のはそれ以上に辛いと感じていた。
大鳥教官は決して怒鳴ったりしないし、ダメだしすることだってほとんどない。むしろ少しでもいいところがあったら、そこをすごく褒めてくれるし、ダメなところがあっても、その解決方法を優しくアドバイスしてくれる。
だからこそたちが悪い。
褒められるとやる気が出るし、優しくアドバイスされると次はもっと頑張ろうと思う。それはいいのだけれど、大鳥教官は私たちが上手くできるまで、何度だって同じことを繰り返しやらせるし、そこで同じミスをしてもやっぱり怒らず、また同じことをやらせる。
だから、なんだか上手くやらなきゃというか、教官に失望されたくないとか、期待に応えたいとか、どうも必要以上に力んでしまって、自分に自分にプレッシャーを与えてしまっている節がある。
そう感じているのは、みんなの様子を見るにどうも私だけではないようだった。
「ああ~、きもぢ~」
緑川さんが緩い声を出しながらマッサージチェアで疲れた体をほぐしていた。
「凛、次代わってね。なんかもう、腰痛くって」
白藤さんは相当疲れているのか、お昼の休憩が始まってからずっと、3人掛けのソファーを独占して横たわったままになっている。
「やっぱり、先輩は上手いっすね。代々木でも訓練もこんな感じだったんですか?」
「うーん。代々木はねぇ…ここよりはだいぶあれかな」
「あれとは?」
「怒号が飛び交う」
「あぁ…そう言う感じなんですねー」
唯里ちゃんも訓練が終わったばかりの時は疲れた様子を見せていたが、黒沢先輩の話を聞くにつれて元気を取り戻しているようだった。
黒沢先輩は強豪・代々木大付属で一年間訓練してきただけあって、私たちとは動きの繊細さが全然違った。自分としては上手くできていたつもりでも、黒沢先輩の操縦と比べると、黒沢先輩が人間の動きならば、私の操縦はロボットのおもちゃみたいだと思った。
れでも、午前中に黒沢先輩に丁寧に指導してもらったおかげで、大鳥教官から何とか合格点を貰える程度には上達することができた。
けれど、問題はそこからだった。
個別でやっているときは上手くできていたものが、みんなで合わせようとすると途端に上手くいかなくなる。必要以上に周りを意識しすぎているのか、それとも協調性が足りていないのか、どちらにせよ午前中の訓練では速度と足並みをそろえて行進できるようになるだけで、みんなくたくたになってしまった。
「眠い?」
私の向かい側に座っている黒沢先輩が少し心配そうに尋ねてきた。
「えっ、あ、はい…。ちょっと疲れちゃいました」
「ま、最初は結構きついよね。今はゆっくり休むといいよ、午後もみっちり訓練あるみたいだから」
「はい…」
私は一度大きく伸びをして、なるべくリラックスできるように椅子に浅く座って、背もたれにもたれかかる。
午後からは行進の仕上げと、縦隊から横隊への隊列変換を完璧にしなくてはならない。
この隊列変換が奇麗にできるかどうかで、その部の実力がわかると言われているため、特に気合を入れて頑張らなくてはならない。
「あの、柴崎さん。ちょっといいかな?」
黒沢先輩とのお話にひと段落付いた唯里ちゃんが、今度は自分の向かい側、私から見て右手の方に座っている柴崎さんに、唯里ちゃんにしては珍しく少し遠慮しがちな声で話しかけた。
「あ、わたくしのことはどうぞ、百合奈とお呼びください」
柴崎さんは上品な柔らかい笑みでそう答える。
柴崎さんはその名前の通り、まるで百合の花のように美しく気品のある人で、同性の私から見ても思わず見とれてしまいそうになるほど、魅力的な女の子だ。
とても私と同い年だとは思えなかった。
「ああ、そう?じゃ、百合奈」
「はい」
「あのー、こんな話、あってまだ会って間もないのにするのは、どうかとおもうんだけどさ…」
「そんな、気を遣うことなんてありませんよ。もう同じ部の仲間なのですから遠慮せずなんでも訊いてください」
柴崎さん…じゃなくて、百合奈ちゃんにそう言われても唯里ちゃんは少し迷ったようだったが、結局は好奇心の方が打ち勝ってゆっくりと探るように声をだした。
「えっとさ、お姉さんのこととかって聞いても良かったりする?」
一瞬空気が重くなる。
私は百合奈ちゃんの方をふと見ると、その胸には淡い雪が見えた。けれどその雪はすぐに溶けて、明るい太陽が顔を出す。
「ええ、よろしいですよ」
強い人なんだと思った。
それから暫く、唯里ちゃんと百合奈ちゃんそして黒沢先輩は、百合奈ちゃんのお姉さん・柴崎瑠璃さんの話で盛り上がっていた。
柴崎瑠璃さんのことは、まだこの学園に入る前、重装機兵部のことをまだよく知らなかった頃の私でも知っているぐらいの有名人だった。
柴崎瑠璃さんは剣聖、貴公子、美しすぎる機兵、なんていろいろと呼び名はあったけれど、どれも本当にピッタリな呼び名だったと思う。
その強さと美しさは十分大衆の目を引くのに十分だったし、私も多少なりとも彼女に対する憧れがあって重装機兵部に興味を持ったというところもある。
しかし、去年の6月、樺太でテロリストの制圧任務中に突然大型の金属虫に襲われ、奮戦虚しく命を落としてしまった。その時の世の中の雰囲気は今でもよく覚えているが、まるで社会全体が家族を亡くした時のような深い悲しみに包まれていた。
今思えば、この重装機兵部の人気低迷は廃人化報道だけでなく、彼女を失ったということも影響しているかもしれない。
「そっかー、優しいお姉さんだったんだね」
「はい。…姉さんは小学校を卒業した後、軍学校に入ってそこからずっと寮生活をしていましたから、わたくしとはあまり一緒にいる時間は長くはありませんでしたが、たまに帰ってくると、いつもわたくしのために素敵なお土産をくださって、たくさんのお話をしてくれて……テレビで見る凛々しい姿とは違って、わたくしの前では普通の優しい姉でした」
そう語る百合奈ちゃんの横顔は、穏やかな笑みを浮かべていたものの、どこかもの悲しさがあった。
…………。
少しの間、沈黙が続く。
私はその空気に耐えられず、逃れるように窓の外に目をやる。窓の外では、大きな輸送機がゆっくりと大空に向かって上昇しているところだった。そう言えば、訓練中も何度も輸送機を見かけたような気がする。
どうでもいいことだけど。
「あっ、申し訳ありません。少し湿っぽい話になってしまいましたわね」
「ううん。こっちこそ、なんか軽い感じで訊いちゃって…ごめん。あっそうだ、そう言えば瑠香ってどこ行ったのかな?」
唯里ちゃんがわざとらしく話題を変えたが、そのことにこの場の誰も文句はなかった。
「トイレじゃない?」
緑川さんがマッサージチェアで体をほぐされながら、気の抜けた声で答える。
「でも、お昼食べる前からいないって長すぎじゃないかな?」
黒沢先輩の言った通り、瑠香ちゃんは午前の訓練が終わった後、少し用事があると言って、休憩室に向かう私たちと別れてそれっきりとなっていた。
「ふふ、多分さ~教官のとこいると思うよ~」
ソファの上でゴロゴロしていた、白藤さんがなにか事情を知っていそうな口ぶりでそう言った。
「教官殿のところ?なんで?」
「さ~なんでかな~」
みんなは白藤さんの思わせぶりな言い方で気付いたかどうかはわからないが、私はもうすでに瑠香ちゃんが教官のことを少し意識し始めていることに気付いていた。
気付いていたと言っても、昨日一人学園の校門で誰かを待っていた瑠香ちゃんの心を見てしまっただけだ。
その時の瑠香ちゃんは、大鳥教官に嫌われてないかな、なんて言って謝ろう、と言う不安と、二人きりで大鳥教官と会おうとする緊張と期待が入り混じった複雑な心境をしていた。
その様子を見て、なんとなく「ああ、瑠香ちゃんも大鳥教官のこと気になってるんだ」と思っただけだったが、白藤さんの言う通り、いま大鳥教官のところに行っているというのならば、ちょっと積極的過ぎると思う。
いや、別に「やられた」と思ったわけでじゃないけれど、瑠香ちゃんはそういう感じじゃいけないと思う。
もっと、こうクールな、媚びない感じが瑠香ちゃんの瑠香ちゃんたる所以ではないだろうかと、私は強く主張したい。
「ん?ああ、そういうこと?瑠香って教官殿のこと、あれなの?」
しばらく間の抜けた顔をしてい唯里ちゃんが突然、合点がいったという感じでそう言った。
「で、でも、まだ教官のところにいるって決まったわけじゃないし、行っていたとしても瑠香ちゃんってああ見えて真面目なところあるから、訓練のことで何か相談してるのかも……」
なぜか瑠香ちゃんが大鳥教官のことが気になっていると認めたくな自分がいて、ついつい自分のことでもないのに言い訳じみたことを言ってしまった。
「え~、でも教官って優しいしカッコいいから青崎さんが好きになっちゃうのも無理ないんじゃないかな~」
「えー、凛も教官狙い?」
「そんなんじゃないよ~。けど、やっぱ同級生にはない大人って感じがあって、いいよね~」
「確かに教官殿って、落ち着いてる感じがする。けどまだ20代前半だっけ」
「えっと、平成二十二年大会の時、高校二年生だったから、いまは23か24歳だね」
それでなんやかんや大鳥教官のことで盛り上がっていると、瑠香ちゃんが休憩室に入ってきた。
「…何?みんなして」
瑠香ちゃんは部屋に入ったとたんに向けられた、みんなのなんとも言えない視線が気になったようだった。
「別に何でもないよ。ただお手洗いにしてはながいなって、ね」
「………教官がみんな疲れてるみたいだったから、午後の訓練の開始13時半に遅らせるって」
瑠香ちゃんは白藤さんの…いや、私たちみんなの疑問に答えることなく大鳥教官からの伝言を伝えた。
「へー、教官さんっていまどこにいるの?」
「…格納庫だけど」
「そっか、じゃちょと私も相談したいことあるし、会いに行ってこよっかなー」
「…好きにすれば」
「ふふ、冗談だって。そんな睨まないでよー」
「…別に睨んでない」
「えー、もう、可愛いなー、瑠香は」
「あんたって……まあ、いいけど」
瑠香ちゃんを揶揄って白藤さんは楽しそうだ。昨日のことを根に持っているかもしれないが、それにしても瑠香ちゃんも白藤さんも互いに対する当たりがそこまで強くなくて、こっちとしては一安心と言ったところだ。
「でも、13時半からってことは、あと30分は余裕あるね」
「そうですわね」
壁にかけられている時計を見るといまは12時45分だった。
「でも、午後の訓練も大変そうだね~」
「そうでもないかもよ」
「ん?」
「午前の訓練見てきたけど、みんな昨日今日乗り始めたとは思えないぐらい上手だよ。私が一年生の頃は一カ月かけて今のみんなぐらいだったし、隊列変更なんてコツさえ覚えちゃえばすぐできるようになるから、一時間も集中して訓練すればすぐマスターできるよ」
黒沢先輩が疲れたみんなを励ますように言う。
「それならいいんですけどー。そもそも、重装機で行進とかやる意味あるの?だって実戦でそんなことやんないでしょ?」
白藤さんが唯里ちゃんに疑問を投げかける。
「基本教練は、個人・部隊の規律と団結を養い、軍人としての行動に適応させる基礎を作るために行うんだよ。私と瑠璃と星良は4月の最初の週はずっと行進ばっかりやってたもんね」
「そうだったね」
山下先生に大声で掛け声をさせられながら、声が枯れるまで校庭を何週も行進させられた時のことを思い出す。
あれも辛かった。
泣くかと思った。いや、実際ちょっと泣いた。
「ふーん。なんか軍隊ってめんどくさそー」
白藤さんがあまり興味なさそうな感じで言う。
「…まあでも、どうなんだろうね」
唯里ちゃんが呟く。
「私たちはさ、こうして重装機兵部に入って、高校卒業したらさ、機兵として軍に入るだろうけどさ、他のみんなも卒業したら徴兵で軍隊行く人が多いわけじゃん?」
「うん」
「どっちいいのかなって」
どうなのだろう?
私はその点についてあまり深く考えてこなかった。漠然とどのみち軍隊にはいかないといけないという意識はあったが、どっちの方がいいとか悪いとかそういう事には興味がなかった。
「徴兵の方が自由がなくていろいろ厳しいって聞くけど、こっちは最低でも30歳までは軍にいないといけないから、それは人それぞれじゃない?」
黒沢先輩の言う通りで、人それぞれで、そもそももう私たちは選んでしまったのだから、今更どうこう言うことでもない。
「そうですよね」
唯里ちゃんは少しばつの悪そうな顔をしていた。
「あっ、そう言えば、皆んさんが重装機兵部に入部した理由はどのようなものなのですか?」
百合奈ちゃんが思い出したかのように言う。
「私は、そうだないろいろあるけど、やっぱりかっこよかったからかなー。ほら昨日話した戦技大会生で見に行った時、ホント感動しちゃって」
と黒沢先輩が嬉しそうに話す。
「私は重装機が大好きだからだよ。で瑠香は―」
唯里ちゃんが、少し離れた一人掛け用のソファに座っていた瑠香ちゃんに視線を投げる。
「……お金かな」
瑠香ちゃんはボソッと言った。
「あっ、それ私もー」
白藤さんがそれに賛同した。それに少し百合奈ちゃんが複雑そうな顔をする。
「私は守りたいからかな」
「えっ?」
緑川さんの言葉に少し驚いてしまった。
「だって、ロボットってすごく強いんでしょ?だからそれに乗れたらみんなのこと守れるじゃないかなって思って」
「みんなって?」
「みんなはみんなだよ」
「その通りですよね!」
いつの間にか百合奈ちゃんが席を立ち緑川さんの手を握っていた。
「やはり、重装機兵たるもの攻めるは敵に深く切り込む槍となり、守るは鉄壁の盾となれ、ですよね」
「それ何かの標語的なやつ?かっこいいね」
「はい、これは第一重装機兵連隊の連隊長の言葉で、他にもいっぱいあるんですよ」
「へー、もっといろんなの教えてよ」
「他にはですね―」
それから訓練開始まで、緑川さんと百合奈ちゃん、それから唯里ちゃんと黒沢先輩も加わり軍人の名言とか、部隊標語とかの話で盛り上がっていた。
話の流れで、私は入部の理由を言うことはなかった。
仮に言うとしたら何と言っていただろう?
確かにちょっと引かれるものはあったが、唯里ちゃんや黒沢先輩のように強い憧れがあったわけじゃない。瑠香ちゃんや白藤さんのようにお金が欲しかったわけでもない。ましてや、緑川さんや百合奈ちゃんのような高い志があるわけでもない。
ただ私は、自分の置かれた環境を替えたかっただけなのだ。
この窮屈な世の中で、そんなことを忘れさせてくれる、夢中にさせてくれるなにかを探していた。
その目的に関しては果たせそうな気がしていたが、どうもライバルが多そうな気がしているので、私としてもちょっとは積極的な行動をした方がいいのかもしれない。
私は話の輪を外から眺めて、一人そんなことを考えていた




