9-34 高橋吉保(元勇者)
9-34 高橋吉保(元勇者)
アレクサンダーというのは当然偽名だよね。
というかなんで彼らは歴史上の偉人の名前を使うのかな?
アレクサンダーというのは当然アレクサンダー大王のことだろうね。
正確にはアレクサンドロス2世、アラビア語やペルシア語ではイスカンダルと呼ばれる王様だ。
目の前にいる男もまあ、王様っポイと言えばポイ見た目をしている。
金髪で体格はいい。見た目は彫が深い西洋風の顔立ちだな。古代ローマのトーガみたいなものをまとい、頭には月桂冠のような物をかぶっている。
あっ、俺は月桂樹とかわからんから、あれが月桂冠かはわからないのだ。
ただ見た目の荘厳さに反して、落ち着きがなくてきょろきょろしている。
ものすごく集中して俺の一挙手一投足に注目している感じ。
「うう、あれでござる。あのカリスマが…あの威厳が…まぶしくて騙されたでござるよ。
あの人ならきっと助けてくれると思えたでござる」
いつの間にか近くに来ていて水無月君がそうつぶやいた。
その目にはどこか慕わしげな様子が見て取れる。
のみならず。
「確かにあれはすごい威厳だな。思わず頭を下げたくなるぜ」
マーさんまでそんなことを言い出した。
ちょっと相談。
『あれってそんなか?』
《いいえであります。見た目は悪くないでありますが、びくびくしていて鼠みたいであります》
うん、そうだよな。
これってどういう…
あっ、そうか、勇者スキルの嘘か!
たぶんだけど『すさまじいカリスマ』とか『ものすごい威厳』があるように騙されているんだな。知らんけど。
でもそれならう嘘を壊してしまえばいいんじゃね?
俺はまた魔力を放出して〝嘘〟の解除を試みた。
《あっ、ダメでありますな》
『うん、ダメだな、放出する魔力が嘘を崩壊させる前に邪神と対消滅起こしてなくなってしまう』
《このまま邪神を浄化してしまうのはどうでありますか?》
うーん…
「ダメだね、邪壊思念の領が多すぎでこのペースだと何日かかるやら…」
その間、怪獣がおとなしくしていてくれるなら何とかなるけど、それは希望的観測ですらない、妄想のたぐいだ。
ただアレキサンダーは微妙にキョドっている。
なのに水無月君たちがなんかアレキサンダーに恐れ入ってひれ伏しそうな感じ。
「いやー、本当に質の悪い能力だな…」
《壊れた奴は叩くと治るであります》
昭和のおばあちゃんか?
まあ、とりあえず杖を振り上げて…
ゴーンという音がして二人が『ぐわーーーーーっ』と悲鳴を上げる。
そして…
「はっ、俺はいったい何を!」
「いかんでござる。あいつの前に出るとなんでかあいつが正しいような気がするでござるよ」
よし、戻った。
「ふっ、ふん、我が威光を前にしてひれ伏さぬとは、なか…救いようのないやつらよ。
ふむ、そうじゃな。
我の偉大さを、汝の友から直接聞くがいい」
そういうとアレキサンダーは怪獣の中に埋もれるようにして入っていった。そして代わりに…
「おお、吉保殿!!」
代わりに出てきたのは勇者だった勇者の高橋吉保だった。
「無事だったでござるか!?」
水無月君は歓喜の声を上げるが俺はこれがまやかしではないかと考える。
なのでじっくりと観察する。
うん、とりあえず本物だな。
俺はそう確信した。
それは来ている服がものすごく派手だったから。
一言でいうとサイケデリック。あるいはゲルニカ?
不本意だが地球で生きていた時に好きだった絵を思い出してしまった。
そうだったよ。この人は王国に来ていた時からなんというかファッションセンスが《《独特》》だったんだよね。
帝国に帰ってしばらく経つせいか、より帝国内ずされて独自性が増している。
きっと地球に帰れたなら新時代のファッションリーダーみたいになれたかも。
「でべそ」
そんな時にぼそりと声が聞こえた。
マーさんの声だった。
何を言っているのかわからなかったのだが…
俺ははっとした。
水無月君が飛べないせいで今俺たちは城壁の物見の塔というか一番高い位置にいる。
そして怪獣は一先ず止まっているのだ。
その怪獣の腹から高橋君は生えている。
俺は本能の命じるままにいったん離れる。
高橋君の生えている場所はちょうどおへそのあるべき辺りだった。
「ぶほっ!」
《げはっ!》
まさにでべそ、
サイケデリックなでべそ。
吹きだしちゃったよ。
マーさんが笑いをこらえるような歪んだ顔でサムズアップしている。
おもしろいおっさんだな。この人。
だがその間も高橋君と水無月君の会話は続いている。
「吉保殿、出てこれるのであればこちらに来るでござる。そこは危ないでござるよ」
「いやー、そうでもないよ、かなり快調だぜ。なんちゅうか肉体のくびきから解き放たれた見たいな。
進もこっち来いよ」
「いやいや何を言っているでござる、それがし魔法の知識を吸い取られて殺されかけたでござるよ?
戻るとかありえないでござるよ。
それにアレキサンダー殿はどう考えても悪党でござる、なんというか、やばい人でござる。直接会うとふらふらとするのが、とっても危ないでござるよ」
「大丈夫、大丈夫、気にすんなよ」
「いや、気になるでござるよ」
「気にすんなよ」
それを見ていて思う。
偽物ではないと思う、だがまともではない。どういう状況だろう。
「それに分かったんだ。この魔獣は邪神っていうんだって、そんでもっと力をためると世界に穴をあけて地球に帰れるほどの力が集まりそうなんだ。
地球に帰れるんだぜ」
「ええ!
本当でござるか?」
「本当さ、委員会はそのために活動していたんだ…
俺も話を聞いてびっくりしたぜ」
「そんな…そんな…だって…」
おっ、水無月君が衝撃を受けている。
「あれ? だったら何で拙者は殺されそうになったでござるか?」
「・・・・・・・・・」
どうも舌先三寸に失敗したみたいだね。
「そうでござるよな、もし地球に帰してくれるつもりだったなら、それがしの魔法を奪ったからもういらないなんてことにはならないはずでござるよ」
うん、そう思うよ。
それに地球のこの世界のハザマはあんなので渡るのは無理だと思う。
それに…
「よっと」
俺は怪獣にというか高橋君(仮)に近づいてその手を切り落とす。
そして切り落とした手を水無月君の方に放った。
その手はただ手の形をしたもやの塊で、骨もなく関節もなく、グネグネと蠢いて分解していく。
つまりこれは人間ではないのだ。
「ああ…」
水無月君ががっくりと膝をついた。
だけど今はそれどころじゃない。俺は大鎌の形になっている無間獄をフルパワーで振り回し、高橋君(偽)の胸元を突き刺して切り裂いた。
「やった!」
振りぬいた大鎌の先にはかなりぐったりしてとろけた感じの高橋君が刺さっていた。
「肉体は完全に溶けてしまっているみたいだけど、魂は残っていたようだね」
《おそらくですがチカハシ殿の勇者スキルを使うためにはタパハシ殿の魂が必要だったのでは?》
なるほどそのために保存していたというわけか。ありそうだ。
だがこれはありがたい。魂が改修できれば治療して、いつかはまた正しい輪廻のワニもどしてやれるかもしれない。
まあ、メイヤ様に丸投げだけど。
俺はそのまま高橋君をあの世に送り出した。
高橋君(偽)は途端に崩れ出してただの記号のような人型になって崩壊していく。
うん、これならうまく対処できれば…
「びあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
突然悲鳴がふってきた。
なんだ?




