9-29 謎の風穴
9-29 謎の風穴
天翼族のおっさんは『マーブロウバソス』というそうだ。
天翼族は凝った名前が多いとおもう。覚えづらい。
さて、彼は前述の通りホルガーアイセンの叔父にあたる人物。つまりこの廃墟が彼らが放棄した村ということになるな。
「まあ、帝国が来てやむなくな」
マーブロウバソス氏はいう。
この人はあまり人間に偏見はないらしい。
それは村の位置が人間の領域と近いせいで、人間と昔からある程度の交流があったからだと思われた。
「ホルガーアイセン氏は結構偏見が強かったように感じましたが」
「うーん、なんというか、まあ、青年団のせいかな」
青年団。
天翼族は少数で山のあちこちに分散して生活している種族である。まあ、空が飛べるから困らないんだろう。
それでもコミュニケーションは意識的に取らないといけないという考えはあるそうだ。
特に若い者たちには出会いの場所として、人と接触する機会は作らないといけない。
そのためにあるのが青年団という若者だけの交流グループ。
若い者が参加して天翼族全体のために色々する。みたいな集団だそうだ。
この村出身の若者も、青年団に参加すると『天翼族偉い』という選民思想に染まるものがある程度いるらしい。
「だから彼はあんなにアンバランスなんですね」
選民思想に染まったような言動のくせに妙に抜けていて、強いやつには頭が上がらないような?
まあ、話の流れとしてはマーブロウバソス氏の愚痴を聞いてやるような流れだ。
いろいろ言いたいことがあるらしい。
その中で帝国の動きが把握できたのがありがたい。
この村からほど近い山の中に『風穴』というのがあるらしい。風が吹き込む風の吹き溜まりだそうで、気流が乱れて飛ぶのが難しいために天翼族の間では『危険地帯』として認識されている場所だそうだ。
一般には。
「帝国のやつらそこに何か隠されているとでも思ったのか、チョロチョロやってきてな、この辺りが帝国兵と本格的にもめたのはそれのせいなんだ」
彼の話によるとその後帝国が何かやったのか崖崩れがあって、その風穴は埋まってしまったという。
「怪しい」
俺は思った。
いや、これは言いがかりだな。帝国のやることならなんでも怪しく見えるのだ。
だが、頻繁に出入りしていたところがあり、そこが崖崩れで埋まった。だからいなくなった。
気になる話ではある。
「よし、そこに行って見るか」
机上の空論など時間の無駄、直接確かめりゃいいのよ。
「よし、それなら案内してやろう」
誰も頼んでねーし。
「ほら、こっちだ」
羽を広げてふわりと飛び立つマーブロウバソス氏。
振り返って…
『おっと済まない、歩いていくより飛んでいく方が…』
空の上で振り向いたらすぐ後ろに俺がいて黙った。黙りこくった。俺が飛んでいたから。
多分、天翼族って飛べるんだよ、すごいでしょ?
みたいなことがやりたかったんだな。
こうなるとある程度の選民思想はデフォなのかもしれない。
多分この村の人は天翼族の中では差別意識が少ない人たちだと思うんだけど、それでも空は俺のもの。みたいな意識は持っているのだと思う。
それが彼らのアイデンティティなんだろうな。
「ああ、気にしないでくれ、エルフ直伝の飛行魔法だ。かなりすごいぞ」
ということにしておく。
同じ魔法なのでばれないと思う。
黙って飛び行くマーブロウバソス氏に俺はついていった。結構膨れている。まあ、それを押さえるあたり良識のある人なんだろうな。とは思う。
◇・◇・◇・◇
「これはちょっと変だよね」
「ん? 何がだね」
俺はそこを見て首を傾げた。
確かにそこはがけ崩れがあった様子で、谷間が一つ、奇麗に岩で埋まっている。
にもかかわらず、谷は切り立ったまま依然として存在し、崩れたような様子がない。
そもそもこの規模の谷であれば、埋まるほどに崖が崩れたら、崖自体がなくなっているように思えるのだ。
つまりこの谷を埋める岩はどこからともなく現れたということになる。
「おかしいと…言われればそうなのだろうが…現にこうして埋まっているからな…まさか帝国が岩を運んできて埋め立てたのか?」
谷を埋める岩の上に腰を下ろしてマーブロウバソスは首をひねる。
「まあ、収納のスキルがある世界だ、やろうと思えばやれないことはないだろう」
「ああ、収納の魔道具か? そりゃ効率の悪い話だな」
どうやら彼は勇者が空間収納を持っているのを知らないらしい。
「まあ、どうやったかはともかく、なんのためにというのも気になるよな、ここはもともとどういう場所なんだ?」
「あー、それな」
マーブロウバソスによれば、ここは『聖地』として立入禁止になっていた場所らしい。
これがこの場所の真実。
「見た目はただの洞窟なんだが、どういうわけか常に風が吹き込んでいてな、何度か調査に入った記録はあるのだが、風の行き先はようとして知れぬ。
ただこの奥に、ごくまれにわずかな水の塊が見いだされることがある」
それは見た目ただの水なのだがどんな傷も癒し、どんな病も直したという。
天翼族は『霊薬』とか呼んでいたらしい。
ここが聖地と呼ばれるようになった理由のそれが一つ。
「もう一つは洞窟の奥が楽園につながっているといわれるからだ」
「楽園?」
俺は思わず眉に唾をつけたくなった。
「これも観る者、見ないものが分かれるのだがな。
見てきたものによるとこの世のものとは思えないほどの美しく、荘厳な都で、そこに迷い込んだものはこの上ない美食、美酒、美女でもてなされるという」
「夢でも見てたのでは?」
「うむ、我も入っては見たがそんなものは見なかったな。
ただ、ただの夢とも言い切れんのだ」
マーブロウバソスによると、楽園に行ったと主張する者の中には数か月帰ってこなかった者もいるという。勿論食料など持つはずもない。
にもかかわらずその証言者は帰って来た時も元気でつやつや。どこも衰えたところはなかったらしい。
それどころか楽園から帰ってきた者はその後、なぜか魔法の才能が大きく花開き、格段に魔法技能が上達したのだとか。
となればもちろんそんなところに行ってみたい人間は殺到するわけで、しかしそのまま行方不明になるものや、中で争って命を落とすものが後を絶たなかったことからここは閉鎖されて『聖地』として封印されることになった。
結構前のことらしい。
今の若いものはそんな伝説すら知らんのではないか? とマーブロウバソスは言う。
「あんたさっきは行ってみたようなこと言ってなかったか?」
「うむ、世の中ルールを守る行儀のいい人間ばかりではないということだ」
こいつはあれだな、ちょい悪親父。
悪びれもせずにカラカラと笑っていやがる。
あくまでもマイペースで勝手に動き回る。
こんなところを一人でうろちょろしているのもそういった性格のせいなんじゃないかな?
何か目的があるのかわからんけど。
さて、ではそろそろこの状況の調査を始めないとな。
ここの感じ、あそこに似ているんだよね。
帝国の宮城。
あるはずのない岩が大量にあってしかも埋まり方に不自然さがない。
となるとあれじゃね?
という気がしてくる。
俺はフラグメントを開放して魔力の放出を開始した。




