9-27 戦闘準備する嫁たち
9-27 戦闘準備する嫁たち
「はあーーーーーーーーーーっ」
「ものすごいため息ですね、姉さま」
皆さんこんにちはサリアです。
ものすごいため息をついているのは当然ルトナ姉さまです。
姉さまはかなり強いです。登極したばかりとは言え獣王の一人ですから当然です。獣王というのは一軍に匹敵する個人なんですから。
ちなみにですけど私も強いですよ。武術なら獣王様方から『いい線行っている』といわれるぐらいですし、魔法なら『おそらく人間の中じゃ一番だな』とディア兄さまに言われるぐらいです。合わせれば獣王様にだって早々引けは取らないはずです。
ところで気が付きました?
ディア兄さま。ナチュラルに自分を人間枠から外しているんですよね。ディア兄さまが一番で私が二番という言い方が普通なんですけど、本当に自然に自分を人間扱いしてないんですよ。
冥王様の使徒であるというのは知ってますけどね、かなり人間離れはしてますけどね。
その私たちでも邪神と戦うというのはなかなかに無理な話。邪神が相手ではみんなで力を合わせて、相応の被害を覚悟して、それで何とか。というのが現実です。
つまりどんなに兄さまについていきたくても足手まといにしかならないということです。
兄さまだって邪神が相手ではきっと大変なはず。邪神というのはそれほどとんでもない存在なんです。なので。
「できるだけ早く戦力を整えて兄さまの援護に行かないといけません。それが私たちの仕事ですよ」
「うっ…わっ、わかってはいるのよ、いるの、でも感情が納得してくれないというか…心配というか…ディアちゃんが強いのは分かっているのよ。でもね、それでも心配なの」
「はいはい、それもわかりますよ。でも偵察なんだから兄さまが危ないというようなことはないですよ。
兄さまほど早く空を飛べる邪神なんか出たら、人類はもう打つ手なしです。今現在私たちが無事なんですからそんなとんでもないのは出ませんよ。
任せておけばいいんです。
兄さまなら必ずうまくやりますから」
それも愛なのですよね。
でもこれも愛なのです。
女心ですねえ。
「姫様、メイカサの町が見えてきました」
「はい、わかりました。今、降ります」
コクピットから補佐官が上がってきてそう告げていく。
早いですね。さすが古代の魔動車。
王家仕様のこの魔動車は見栄え優先で改装してあるので普段は全力で走ったりしないんだけど、今回は特別ということで、後ろに兵士を収容したカーゴを牽引して全力で走っています。
道なき道を走っているのにどういう理屈かほとんど揺れを感じないんですよね。
私たちはお茶を切り上げて客室(居間)から操縦席に移動します。
操縦席ではなぜかビアンカさまがすっごくノリノリで操縦してますね。
「ビアンカさまは魔道具マニアですね」
「うん、なんか古代魔道具とか大好きみたい」
「じゃあきっと…」
兄さまの腕とか大好物かもしれないですね。
「あら~、二人ともいらっしゃい。いいわねこの車。この車のためだけに亡命してもいいぐらいだわ」
「あまりぶっそうなことはいわないでくださいビアンカさま。
今の状況では洒落になりませんよ。
難民を受け入れるのが先ですし、それだって、どこまでやれるか…」
「あら、いっそのこと貴族の亡命を受け入れたらいいのよ、全財産と引き換えに。
それでその資産を難民の保護に使えばいいの。
場所はあるんですからね」
うーん、確かにこのメイカサの町は王国と帝国の交流のための町で、だからその周辺には何もないというのが現状ですね。
町の近くに何か作るというのは相手国に喧嘩を売るような者ですからどちらも自重していて、かなり広範囲の平地が広がっていますものね。両側に。
予算さえクリアできればこの平原にキャンプ地を作って…食料は…何とか生き届くぐらいは?
「それでことが落ち着けば難民は自分の町に帰っていくわ、彼らは生まれた土地を離れたがらないもの。
そうすればあとは無一文になった貴族が残るだけよ」
「ご自分のこと忘れてませんか?」
「大丈夫大丈夫。うちはみんな武闘派だから、冒険者でもなんでもやっていけるから。それにお店というのに興味があります」
あっ、はい、ナガン商会ですね。
下着に目を付けましたね。
まだ帝国には輸出していませんから。
「うん、それはいいですね、そういうので良ければいくらでも力になります」
ルトナ姉さまたちの得意分野ですものね。服飾も冒険者も。
と、そんな話をしているうちに町につきました。
町にはまだ異変は届いていないみたいです。
いつもと変わらない町の風景。
ここでいったんビアンカさまとは別行動です。
帝国側の町の行政システムを掌握してもらって有事に備えないといけません。
王国側は私がやります。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
ルトナ姉さまは単独。
わたしにはクレオ姉さまが護衛についていて、ビアンカさまにはキルール老師がどうこうしています。
わたしは少し前に使っていた行政府に入り、緊急事態を宣言しました。
「いかに王女殿下と言えども、陛下の許可なく緊急事態の権限など…」
とか言って一部行政官が抵抗しました。
平時ならそれでいいんですけど、今は有事ですからね、ここはかあさまに登場してもらいましょう。
「けいたいでんわー」
わたしはディア兄さまからいただいた古代の魔道具を取り出しましたよ。
なんかこう、掲げる感じで名前を読み上げて取り出すのがお作法なんだそうです。わかりません。
まあ、サクッと母様と連絡をつけて許可を取り、この町の行政権が私に移りました。
「くっ、そんな勝手なことが許されるぐえっ!」
「昔の人はいい子と言いますね、話し合いでケリがつかなかったらど付き合いでケリをつけろとか…」
「それ、どっかの獣王がいった言葉だと思うよ」
クレオ姉さまから突っ込みが。
うん、なかなか心地よい感覚です。
あっ、ちなみに最後まで抵抗した行政官の人は私に殴られて壁と熱い抱擁を交わしてます。
どうします?
あっ、指示に従ってくれますか?
助かります。
「よし、ここはこれでOKですね」
ごごごごごごごっ…どごーーーーん。
すごい音がしてちょっと外を見たら帝国の行政府が細切れになって崩れ落ちていきました。
多分キルール老師ですね。
あの方何でも叩き切っちゃいますから。
「よし、これで帝国も片付いた」
「順調だね」
「はい」
あとは…
『くるおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ』
その時、大気をふるわせる美しい声が聞こえました。
「へー、これが獣王咆哮ですか」
「はい、サリア姉さまですね。本当に美しい声です」
何でも獣王が使える〝檄〟なんだそうですよ。
獣王が獣人の戦士に対して行う聖戦の布告。
姉さまの咆哮に応えるように町のあちこちから小さな咆哮が起こりました。
これは獣人から獣人へとつながって、瞬く間に世界中に響き渡る存在になります。
なんか盛り上がってきましたね。
「さあ、みんな、忙しくなりますよ!」
「「「おーーーーーーーっっ」」」
もう、本当に人間ってノリが悪いんだから…
「いや、サリアちゃんも人間だよ」
あれ? そうでしたっけ?




