9-20 冥界の風
9-20 冥界の風
俺が近づくと二人ともうめき声を上げてさらに体制を崩した。
テレーザ嬢はそれでも持ち堪えているがアルフレイディアは完全に崩れている。
「厳しいのじゃありませんか?」
「うーん、確かに重圧だけで死にそうになっているんだけど…」
特にアルフレイディアが。
でもなあ…
俺は周りを見回した。
周囲はまるで二重写しの景色のように壮麗な城内と朽ちた廃墟が見えたり見えなかったり。
「私が結界を張りますから一度全力で魔力を放射してくれますか?」
「ああ、その方がいいですかね」
艶さんはそう言うと勇者ちゃんや爺ちゃん伯爵を集めて倒れた二人りの所に移動して収納から何か取り出してそれを起動させる。
「かはっ」
「はあっはあっ」
倒れていた二人が一度息を吐いて何とか持ち直したようだ。
「うん、これなら大丈夫でしょう」
「結界を張る道具ですか? すごい出力ですね」
「ええ、ずいぶん前に………どこかを旅している時に土地神に教わって手に入れた物なんですよ。
古代魔法具というやつですね。
かなり強力で重宝するんです」
艶さんの勇者能力は大御巫といって各地で神としてまつられている精霊だの何だのとお話ができるというものだ。
そんな中で手に入れた物なのだろう。覚えてないみたいだけど…まあ、よし…」
「なにか?」
「いえ、何でも?」
まあ、いいや、これでまた出力を上げられる。
敵対する者に圧をかけるつもりで魔力を放ったから、当然なんだけど…倒れている二人にはかなりきついみたいだ。
ぶっちゃけ影響を押さえるとかできるとは思うんだけど、この調子で出力を上げていくなら安全装置ぐらいはあった方がいいからね。
というわけでガンガン行こう。
「…う? うそ、この結界がきしんでる?」
出力の上昇とともに結界が揺らぎだしたので艶さんが動揺している。
「もうちょっと我慢してね~。すぐ終わらすから~」
周辺全体の魔力濃度をぎりぎりと上げているからどうしようもないんだよ、というか艶さんが結界貼ったから遠慮なしにやっているんだけどね。
この魔法はそれほど強固。
周辺を冥属性に染めて、あたりを冥府と同じ性質に変えないと揺るがなかった。
そしてその魔法が崩壊するときが来た。
霧が晴れるように宮殿が流れて消えていく。
そこに現れたのは廃墟。
かつて宮殿だったものの今の姿。
「信じられません、宮殿すべてが幻…」
「しかしそれがしたちは普通に歩いてきましたぞ。
いや、この配置では某たちは空を歩き壁をすり抜けてきたことに…」
現れた廃墟は確かにかつて王宮であった名残をとどめる壮大で荘厳なものだった。
だがそれは何らかの攻撃で破壊され、兵どもが夢の後。と言った風情でその屍をさらしている。
「たぶん委員会の連中、とうの昔にこの国を攻め落としてたんだ。
でその後を嘘で覆って、帝国をいいように動かしてた。
人間はもちろんまさか世界まで騙す幻影魔法とか…
ものすごい能力だね」
これが勇者能力だとしたらちょっと厄介すぎるよね。
俺も基本属性が冥属性じゃなかったらこれを暴くこともできず、精霊の所にたどり着くのは難しかったかもしれない。難しいだよ、出来ないとは思わないけど。
どちらにせよあきれてものが言えないレベルの幻影魔法だ。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ」
だからと言ってあっけにとられていたわけでもない。
アルフレイディアの悲鳴はその証明だった。
結界に阻まれて圧がなくなったせいだろう。アルフレイディアが艶さんを狙って飛び掛かった。もちろん剣はもっていなかった。というか最初の段階で取り上げられている。
でもナイフまでは手が回らなったみたいだ。
艶さんは結界の維持、勇者ちゃんは経験不足から状況に驚いていて、それは伯爵も同じ。
でもミツヨシさんは全く油断していなかった。
今まで何百年も委員会とバチバチやりあってきた人だ、こんな非常識なことはままあったのだと思う。
あるいはもともとそんな風に自分を鍛えていたのか。
アルフレイディアの腕はナイフをもった手ごと宙を舞っていた。
「あー、すまん」
ミツヨシさんの謝罪はアルフレイディアが俺の兄弟だからだろうか?
気にすることないのに。記憶がないから思うところもないよ。
というかさっきの敵さん独り占めの時の借りがあるからお相子ということで。
「なあ、ディアストラ。俺が悪かった。もう二度と邪魔はしない、なんでも償う、だから助けてくれ…この通りだ…」
「え? ほんと? そりゃ助かる」
アルフレイディア君の見事なてのひら返し。
しかしいいのだ、それこそが俺の望んだ結末だ。
いや、他にもやらないといけないことはいろいろあるんだけどさ…
「大丈夫だよ、すべてのものに救いをもたらすのが僕たちの仕事だからね。君だってちゃんと救うさ」
俺は優し気に語り掛ける。
周りのみんなはちょっとびっくりしているみたいだ。まさか俺が許すなんて思わなかったんだろう。
一番驚いているのがテレーザ嬢で、一番驚いていないのが艶さんだ。
つまり一番理解しているのが彼女ということだね。
ちょっとおもしろい。
「心配はいらないよ、僕たちはみんなに平等だ。すべてのものを見守り、すべてのものに正しく贖罪の機会と救いをもたらす」
アルフレイディア君の顔が喜びに彩られた。
「それが俺たち冥府に属する冥精霊のあり様だから」
?
何を言われたかわからない顔。
『生きとし生ける者にとって死は平等だ。
傷付いた魂には癒しを与えよう。
死は幸いなり、我は幸いをもたらすもの。
世界をゆがめたものは歪みを修復することに従事させることで贖罪とする。
心配はいらない、そのために存在するのだ……地獄は』
バチン。
と音を立てて俺が立てた無間獄の杖頭が開いた。
光で出来た枝葉が伸び、幹からは根が広がり、地面にではなく空間に広がっていく。
それは光の玉を中心に抱いた輝く大樹だった。
轟と風が吹いた。
服も神も揺らさない冥界の風。吹き飛ばされるのは咎人の魂。
「勿論見えないだろう、だが聞こえるだろう」
俺には見える。
先に死んだフェリペの影武者たち。魂がぐるぐると振り回されて中心の玉に吸い込まれ…
『ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあああああぁぁぁぁぁあぁっ!!!』
一つの悲鳴が空間を満たす。二つ三つ、そして前に吸い込まれたフェリペ氏の声も。
『ぐがががあぁぁがあっっっかかが』
意味のない叫びだがそれが誰かははっきり認識できるのだ。
いくつもいくつも、何人もの終わりなき苦鳴。何の物理的な力を持たいな暴風が吹き荒れ、そして…
パチリ。
唐突に終わった。
地獄の釜の蓋が閉じた。
「な…何…いまの」
勇者ちゃんたちが自分たちの姿をチェックしている。
気分的に暴風にもてあそばれているような気になっていたんだろう。だがチェックしても乱れたところなんてないのだ。
そして…
「うっ…」
「おや、生きてた」
声に反応して下を見るとテレーザ嬢がもそもそと起きだすところだった。
「な…何が…」
彼女の身体はがくがくと震えている。
無理もない。彼女の魂はあの暴風をまともに受けていたんだから。
もし、何かが狂っていれば…隣に倒れている人みたいになっていただろう。
「あ…アルフ様?」
そこには暴風に魂を吹き飛ばされ、地獄に取り込まれてしまったアルフレイディアが…まるで糸の切れた人形のように転がっていた。
「まあ、こんなものでしょ」
「何ということでしょう…この機会に邪魔な教導騎士団のリーダーをつぶそうと考えただけなのに…とんでもないのがついてきてしまった…」
「イムヘテプ…」
ミツヨシ君によるとこいつがイムヘテプらしい。
褐色の肌のイケメンや。超イケメン。なんかびっくりだ。
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今年の花粉はきついです。思うように動けません。筆も進みません。
仕事以外は倒れているようなもんですよ。
でもこればかりは仕方ないですからね。
花粉症の皆さん。五月に入るまで、何とか生き延びましょう。




