9-15 勇者攻略戦③
9-15 勇者攻略戦③
杖の先に開いた光の花。
そこから三本の棘のようなものが伸びて舞い踊る光の中に躍り込み、戻ったときには一つのポヤポヤした光の玉がその間に挟まっていた。
「ディアちゃん、何それ?」
戻ってきたルトナが聞いてくる。
ついでに壊れた戦車の部品も渡してくる。
はいはい、作り直せってことね。
「この光の玉が、たぶん本体?」
俺の言葉を肯定するように乱舞していた光の粒子が引き寄せられるように集まってくる。
このまままた再構築とかされると困るから無限獄の門を開けて粒子を吸い込んでしまう。
光が魔力の塊だからこういうこともできる。
魔力は世界の歪みの修復のためにいくらあっても足りないからね。
咎人をすりつぶすぐらいじゃ追いつかないんだよ。
『があっ、ががががががかっ』
お、ウリ坊たちにどつきまわされて平気だった大男がわめきだした。
以外と俊敏な動きでこちらに走ってくる。
なので光の玉を手に取ってちょっと強めに握ってみた。
感触は悪くない、感触はね。でも臭い、悪臭がひどい。
ということはこれは人の魂の何かだ。
「ぐっ、ががっ」
今度は苦しそうに胸を押さえてうずくまる大男。
やっぱりか。
俺はその光玉をポイッとゲートに放り込む。杖の先は地獄だよ。
「うぎゃーーーーーーーーーーーっ」
大男の絶叫が響き渡った。
◇・◇・◇・◇
大男の名前はトリスタンと言った。
「たぶん偽名だね」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
トリスタンとかアーサーとかミツヨシとか元ネタの知名度が皆無に等しいから話が続かない。
やはり勇者ちゃんたちは得難い人材だ。
《ギャグ要因でありますか》
その通りだよモース君。やっぱり掛け合いがないと場が盛り上がらないからね。
まあ、それはともかく、光の玉を無限獄に放り込んだからもうトリスタンは逃げられない。
しかもどうもあちらが本体だったみたいでこちにの大男からは悪臭がしないんだよね。悪臭がしないと不思議と対応が丁寧になる。
なので話を聞いたら素直に答えてくれた。
無限獄に取り込まれたときの苦痛が想像を絶したのか苦しみ方がすごかったからね。周囲で見た居た騎士たちがその絶叫の壮絶さに顔を蒼くしていたぐらいだ。
なんか俺の方が悪役のような気すらしたぐらい。
で、そのままだと話が聞けないのでいったん地獄からは拾い出しましたよ。現在はフラグメントに移動させて封印状態。
頑張って罪を償ってほしい。そうすれば減刑とかしてあげようじゃないか。
精霊たちの感覚って人間のそれと随分違うから、それが希望に沿っているかどうかは保証しないけどね。
さて、トリスタン氏の能力は召喚ではなく自分の影を魔獣の形で顕現させる能力だったようだ。
しかも魔獣に能力を設定できる。
あの隠密能力とか戦闘力とかは作り出した魔獣を少しずつ調整して長い時間をかけて安定させたものらしい。
そして自分と影に半分ずつ魂を分けて、どちらかが無事ならばもう片方も無事という細工がなされていたようだ。
片方がやられるともう片方に魂が避難するわけだ。
簡易不死身状態だな。
こいつの二つ名は『不死身のトリスタン』というらしい。
今回はコングがやられた時点で魂が人間体に避難していて、剣鹿が起動した段階でいったん合流して魂を分けておく。というのが本来の流れだったらしいんだけど、合流ができなくて、それでいて人間体の方が先にウリ坊たちの攻撃でぼこぼこ。瀕死。
今度は剣鹿の方に魂を避難させて人間体を不死身状態にするしか方法がなかったようだ。
「しかし自身から魂を切り離せるとは面妖な」
「面妖というか非常識?」
「さて、せっかくだから知っていることを話してもらおうかな?」
周りからの圧力に不死身のトリスタンは悄然と頷いた。
◇・◇・◇・◇ side 流歌
「地殻変動もかくやですね」
バリアで守られた遺跡は確かに無事だったけど、バリアごと掘り返されてひっくり返されればもうどうしようもない。
全長2kmもある巨大な岩が地面に突き刺さり、その隣で90度起き上がった遺跡が、地面に突き刺さったようにそびえていた。
「まだ動いてる?」
「いいえ、もう止まりました。もともと大地を流れる龍脈からエネルギーを吸い上げて稼働してたみたいです。
この周囲が荒野なのもその所為ですね。
大地の生命力を根こそぎ遺跡に持っていかれてたみたいです」
艶さんがそう解説してくれる。
でも大地の力を吸い上げて…って、どこかで見たことがあるみたいな?
「おそらくあの魔法陣はこれを参考にしたもの」
「ですよねー」
いろいろ納得。もともとこの聖国は人間の住める土地じゃなかったんだ。
つまり聖国というのもでっち上げなのかもしれない。
国があるふりをしていたとか…
まあ、なんでかは分からないけど。
「でもこれでこの辺りも元の緑を取り戻したりして」
「たぶん何百年がかかりますよ」
ああ、やっぱりですか。
「艶さま」
「ミツヨシ、どうし…」
「落ちてました」
ミツヨシさんは泥んこの女の子を持ってました。手提げバッグみたいに。
あの岩を放り投げてきた女の子ですね。
近くで見るとふわふわで可愛い感じなのにあの怪力って…
「まあ、二つ名が怪力アリスですからね。
ねえ、アリス、起きているのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・起きてる」
艶さんの問いかけにアリスと呼ばれた少女は力なく答えた。
なんか本当にもう、気力がないというか、覇気がないというか。
「また、戦うことになるとは思いませんでしたよ。
前回の戦いの時に戦う意義を失ったように見えましたから」
「うん、もう、なんかどうでもいい感じ。
私たちを召喚したバカを、こんな世界に引き込んだバカを皆叩き潰してやるつもりだったけど、極悪犯だと思っていたやつらはただの詐欺師、小悪党だったのよね…。
しかも帝国はもう完全に乗っ取っちゃったし…
リーダーが帰る方法を研究しているって言ってたけど…それもなんか眉唾だし…」
私たち勇者と呼ばれる人間がこちらに渡って来るのはただの偶然。
それを見つけた奴らが助けてやったとか、世界のためだとか口八丁手八丁で勇者を取り込んで、都合のいい戦力にしていた。
世界救済委員会の目的は復讐として為政者とかの偉い人たちをねじ伏せること。
言ってみれば『世界征服』だったと聞いたよ。
「そんでね、帝国はもうほとんど委員会の傀儡状態なのよ。
それってつまり、あいつらが召喚したりする力がないって、わかっていたってことでしょ?
委員会って…何をやっているの?」
「あらー、そういうことですか…
うーん、本当に、彼らの目的って何なんでしょうね…
それはさておき、なんでアリスはここを守っていたんです?」
「いや、だって他に行くと来ないし、それに自分の出て来たこの遺跡がなくなったら帰れなくなるし?
帰ったって知り合いはもう誰もいないんだけど…
帰れる保証もないんだけど…
それでもなんか…」
アリスさんはへたり込んだままそんなことを言った。
多分帰れないこともわかっていたんだと思う。
それでも他に縋れるものがないんだ…
「それにどうするの?
私たちとしとらないし…
それゃ死ねば死ねるけど、自殺とか違うし…
でも死ねないし…
どうするの?」
きっと数十年とかではきかない時間を生きてきたんだと思う。
生きていくのには疲れた。でも死ぬのも怖い。
多分、私たちの可能性の一つなんだよね…
地球に帰れる私たちには何を言っていいのかわからないわね…
そしたら艶さんがアリスさんの肩をポンとたたいた。
「もう私たちは地球に帰ることはできません。
でも、普通に年を取って、普通に生きて、そして死んでいくことはできるようになったんですよ。
この世界にあしゃすとでしたっけ?
できるようになったんです。
そう言うのでしたら何とかご紹介できるんですけど…」
アリスさんがガバッと顔を上げた。
何言ってんの? みたいな顔だよね、それって。




