9-14 勇者攻略戦➁
9-14 勇者攻略戦➁
「離脱!」
高速で飛行…というか移動していたものが急停止するとその運動エネルギーは莫大になる。つまり衝撃がすさまじいことになるわけだ。
例えば時速100kmでコンクリートのビルに体当たりしたらどうなるのか? みたいな話だよね。
でもそれで平気なのが獣人という種族。
ぶつかっても平気というのではなくてそのぐらい躱せるのだ。
ルトナは即座に戦車から離脱して、同時に戦車にグリンブルスティを繋いでいた器具を剣で切り裂いて、そのままグリンブルスティにまたがって脱出してみせた。
「おー、見事じゃな」
「まあ、あの位できんとな」
「「お前はあれができんから獣王になれんのだぞ」」
いや、俺が獣王になれないのは人間だからだと思う。
あと魔法使いだから。
やっぱり向き不向きってあってさ、武人を目指してもどうしても魔法使いの戦い方になってしまうのは、流れというか、必然というか。
「いやいや、ディアストラよ、あれができないのは普通だと思うぞ。ワシはかなりの武人のつもりだが、あれで平気とはいかんだろう」
「そうですよ、気にしないの」
ジジイ伯爵とビアンカ母さんが慰めてくれるが、俺にあれができないのはあんな状況でも全然問題ないからなんだよ。
重力を操る俺には慣性とかそれゆえの運動エネルギーとか関係ないし、ぶっちゃけ時速数百キロから瞬時に時速ゼロにする逆加速だってできます。
まあ、関係ないから言わないけどね。
さて、戦場の方はというとコングは頭部が大規模に破損していた。
戦車を加えたまま後ろに倒れ込み、光の粒子になってしまう。
「あっ、早い」
「召喚…とは違うものなのかな?」
コングを倒したばかりなのに次の獣が出現しようとしていた。
召喚とは違うものらしい。
コングがほどけた光の粒子、その流れが集まって別の形に再編成されていく。
ルトナが剣をふるって斬撃を飛ばすが、それは光の乱舞する其処を素通りしただけだった。
「あの状態だと攻撃はきかないのかな?」
「魔法はどうでしょう?」
「いや、魔法が効くのならあんなところで堂々と再構築とかしないだろ」
やられた後の無敵時間とかあるのかもしれない。
そして次に出て来たのもまた変な獣だった。
まず本体は鹿に似ている。毛皮の代わりに硬質な鱗を持った鹿だ。
頭の角はまっすぐ上に伸びていてその形は細身の剣である。
そして四肢も凶器だ同じような状態。
肘というか膝というか、そこから先が剣のようになっていてその剣を地面に突き刺しながら歩いている。
体高は頭まで3m、角を入れれば4mか。
その獣はまず最初に自分の主人である大男に向かった。
大男の方もその獣の方に走り寄って…ミョルニルの体当たりで弾き飛ばされた。
その後グングニルに体当たり食らっている。
油断してたのかな?
助けに入るためか剣鹿(仮名)がそちらに動くがルトナがそれをさせなかった。
走り寄って足に一撃。
ルトナの双剣はサリアと同じもので、よくきれる。硬いものほどよく切れる。
ギャリギャリと金属音がして剣鹿の右前足をがルトナの剣と互いを削り合う。
だけど刃物には切れる方向と切れない方向があって、そういう刃筋を通すこともルトナは得意なのだ。
ルトナの剣は間違いなく剣鹿の足(剣の形をした)に食い込んだ。
『びぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃ』
剣鹿の泣き声が響いた。
「痛いんだ」
「やっぱし痛いんだ」
観客は暢気である。
ただそこからの両者の戦いは見事だった。
剣鹿は軽くジャンプするような動作で前足をまっすぐにつきこんでくる。どうやら前足は刺突武器らしい。
そのままトントンと前に進むと後ろ足を跳ね上げて真下からの切り上げが来る。
どうやらかなり器用に戦う動物のようだ。
ルトナはそのすべての攻撃を躱しながらくるくると舞うように動き、剣鹿の足を切りつけ、すり抜けざまに胴にケリを入れ、前転や後転で切り払いを躱す。
「舞獣王とはよく言ったものですね」
「本当に踊っているみたい。あれって私だったら切れるかしら…」
はい、クレオさんアウトだよその思考は。
ただ時間経過とともに剣鹿のダメージは積み重なっていくようだった。
◇・◇・◇・◇
一方。剣鹿から切り離された大男の方は…うちのイノシシたちにどつきまわされていた。
はっきり言って個人の戦闘力はあまり高くないのかもしれない。というか明らかに低いな。
あまりに弱すぎるからかグリンブルスティは見向きもしない。
襲い掛かっているのはグングニルとミョルニルの二匹、つまり瓜ぼうだ。
もう付き合いも結構長いんだが、全然大人にならないんだよなこいつら。
まあそれはさておき、大男が立ち上がろうとするところをグングニルが鋭く突撃する。まるで光弾のように残像の軌道を残して走り抜ける。
大男は鋭い一撃にくるくると回って倒れた。
しかし立つ。立たなきゃいいのに。
立ち上がったところにミョルニルの突進。
跳ね飛ばされる男。ミョルニルの一撃は男を吹き飛ばし、周囲の地面を打ち砕いた。
何度も何度も。
「これはあれだな、親猫がよく子猫にやらせる狩りの練習、それに間違いねえぜ」
「うむ、そうじゃな、野生というのは厳しいものじゃ」
ジジイ二人が納得している。
しかしやはり元勇者だな、普通人ならもうとっくに死んでるよ。
全速バイクの連続体当たりみたいなもんだから。
不死身か?
ってレベルで丈夫だ。
その時に剣鹿の悲鳴が響いた。
『びいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!』
そして宙を飛ぶ剣鹿の頭部。
結局ルトナの圧勝だったようだ。
その頭部も宙を飛びながら光の粒子にほどけていく。
これで勝ち。というわけにはいかないな。
俺は無間獄を顕現させて構える。そしてゲートを開いた。
「ディアちゃん何やってるの?」
「にいさま?」
みんなびっくりしているけど急ぐからちょっと待って。




