6、私が幸せなのはお金を好きに遣うことじゃない。彼と生涯を共にすること
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彼の大きな家の前に着いた。
勝手に入っていいのかな?
不法侵入にはならないよね?
荷物を取りに戻ったということにして、私は玄関から入った。
入ってすぐに違和感に気付く。
誰もいない。
まだ昼過ぎなのに、使用人さんもいない。
どうして?
何の音もしない。
私は仕方なく彼の部屋へ向かう。
そこになら誰か居ると思うから。
彼の部屋のドアをノックする。
何の反応も無い。
ドアノブを回すと、ドアが開いた。
私はゆっくりと部屋の中へ入る。
部屋の中を見回したが誰もいない。
そんなはずはない。
私はベッドへ近付く。
やはり、ここにいた。
彼はベッド横の床に寝転び横を向いて膝を抱えていた。
お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんのような体勢だった。
私は彼の横に寝転び、彼の方を向き、彼と同じ体勢をする。
彼と私は向き合う形に寝転んでいる。
彼は私が来ていることに気付き驚きながらも、動かない。
私が戻ってきたことを喜ばないの?
「何をしてるのですか?」
「家の音を聴いているんだ」
「家の音?」
「うん。落ち着くんだ。家のきしむ音、電化製品の動く音、風に揺れるドアの音」
「本当だ、落ち着きますね」
二人で、しばらく家の音を楽しんだ。
「あなたは、これでいいのですか?」
「何を?」
「私達の関係が終わってもいいのですか?」
「それは仕方ないよ。君の自由のためには」
「それ、答えになっていないって分かってます?」
「えっ」
「私のせいにして、あなたは自分の気持ちを言っていません」
私の言葉を聞いて、彼は困った顔をしている。
彼はゆっくりと起き上がり、その場に座る。
私も彼の目の前に座り、向き合う。
「俺は君よりも年上で、君よりも世間を知っているし、自分自身よりも君を優先しなくてはいけないことを分かっているんだ」
「私は、あなたより年下で世間なんて知らないけど、何よりも優先しなくちゃいけないモノを知ってます!」
「君は子供だ。大人の事情なんて全く分かっていない」
「大人の事情? そんなの大人の言い訳です。逃げるための言い訳でしかない」
「君には何を言っても分からないみたいだな。だからガキは困るんだ」
彼は、そう言って私から視線を逸らした。
どうして私を見ないの?
「私の目を見て、もう一度言ってください」
「だからガキは困る」
「私の目を見てませんよ」
「そっ、そんなの俺には、、、」
「あなたは優しいです。でも自分自身には厳しすぎます。だから私が、あなたの本音を引き出させてみせます」
私は、そう言うと彼に抱き付いた。
彼は驚いて固まった。
「私は、あなたと生きていきたいです」
「君は若い。間違った選択だ。必ず後悔をする」
「それなら今、あなたが私を手離して後悔しませんか?」
「しない。君が幸せなら」
「私が幸せじゃなかったら後悔するのですか?」
「えっ」
「私は、あなたと生きていけないなら、幸せなんかじゃないです」
「ふふ。本当にガキだな」
彼は笑って柔らかく優しい声で言った。
「私はガキじゃありません。未成年じゃありません!」
私は抱き締めていた彼から離れて言った。
彼に私の姿を、ちゃんと見てほしかった。
ガキなんかじゃないところを見せたかった、、、のに。
「女子高生の姿で言われても納得はできないんだけど?」
忘れていた。
高校の制服姿のままだったことを。
彼が私から離れないように説得をしていたのに。
「あっ、あなただって高校生の姿ですよ?」
「あっ、本当だ。でも俺は誰が見ても高校生には見えないから、君とは違ってガキじゃないんだ」
「いいえ。あなたは、お子ちゃまです」
「お子ちゃま?」
「はい。自分の気持ちも言えない、お子ちゃまです」
「言えないんじゃなくて、言わないんだ」
「それなら言ってください」
私の言葉を聞いて、彼は目を大きく見開いた。
「分かったよ。君には負けた」
彼は立ち上がり、ベッドの端に座り、隣をトントンと叩いて私に“座って”と言った。
私が隣に座ると彼は全てを話し出す。
「簡単に話すから理解しろよ」
「はい。できるだけ頑張ります」
彼からの説明は、本当に簡単だった。
彼のおじいさんの長年の願いだった、私と彼の結婚を叶えて、おじいさんが亡くなったら元の生活に戻るという計画だった。
「それなのに、計画通りにはいかなかった」
「えっ」
彼の話は簡単に説明をして終わりだと思っていたのに、彼は続きを話し出した。
「俺は初めて君を見た時、思ってしまった」
「何をですか?」
「これが偽物の結婚式じゃなければいいのにって」
「それって、、、」
「俺は初めて君を見た時、思ったんだ。君と結婚したいって」
「そんなこと言わないでください。そんなこと言われたら私、、、」
私は嬉しすぎて涙が止まらない。
「君が“言え”って言ったんだろう?」
彼はクスクスと笑いながら私の涙を親指で拭った。
今日の彼の指先は冷たくない。
「今日の、あなたの手は温かいです」
「なんでだろう? 今日は緊張をしていないからかな?」
「緊張?」
「君に触れて良いのか分からなかったから、いつも緊張をして手が冷たかったんだ」
「触れていいのか分からないなら、触れないのがいいのでは?」
「それが君が可愛すぎて、触れたくなったんだ」
彼は申し訳なさそうに言った。
反省しているなら許してあげる。
私は嫌じゃなかったけどね。
「これからは、いつでも触れていいですよ」
「えっ、それはダメだ」
「どうしてですか?」
「だって、結婚もしていないのに君のお母さんに申し訳ないからな」
「えっと、触れるくらい良いのでは?」
「ダメだ。君のお母さんが大切に育てた娘さんなんだからな」
「頭、かたっ。いつの時代の人よ」
「君は何も分かっていない」
彼は私の頬に優しく触れる。
壊れ物に触れるように。
温かい手で。
「こんなに愛しい人に容易く触れられる訳がないんだ」
「それなら今、温かい手で触れているのは何故?」
「覚悟を決めたからだ」
「覚悟?」
「君と生涯を共に過ごすことだ」
「えっ」
「俺と結婚をしてくれるか?」
「はい!」
彼は私の言葉を聞いて満足そうな顔をした。
「俺との結婚の条件は好きにお金を遣うことだ。誓うか?」
「はい! 誓います」
そして私達は誓いのキスをし、、、なかった。
彼が“お母さんに結婚の報告をするまではできない”と言ったから。
「愛が足りない」
私は机で仕事をしている彼の横に立ち、耳元で言う。
それなのに彼は私の声なんか聞こえていないようで、パソコンとにらめっこをしている。
私達はすぐに婚約をした。
お母さんにも伝えて、おじいさんにもお墓の前で伝えた。
それなのに彼は私の頬にしか触れない。
本当に私のことが好きなの?
もしかして、私に女の色気がないってこと?
「今日は塾は休みなのか?」
「うん。だから暇なの」
私は塾に通い出した。
結婚の条件のお金を塾代に遣っている。
そして来年は大学受験をするつもり。
「愛が足りない」
「暇ならお母さんに会いに行ったらいいだろう?」
「お母さんは仕事で忙しいの」
「俺も仕事で忙しいんだけど?」
「愛が足りない」
「、、、」
「ねぇ、聞いてるの?」
「分かったよ」
彼は私の腕を掴み、ソファに座らせた。
そしてその隣に彼は座る。
「君は来年、合格すれば大学生になる。君は学生なんだ」
「だから?」
「俺は君よりも年上で社会人なんだ」
「だから?」
「君に触れることは控えたいんだ」
「何それ? また大人の言い訳?」
「違う。これは君にも分かっていてほしい」
「分かんない」
「もし、君に赤ちゃんができてしまったら大学はどうする?」
「えっ、そんなことある訳が、、、」
「ないとは言えないだろう?」
彼は真剣な眼差しで私を見てくる。
「でも、私は、、、」
「君が不安になるのも分かる。だから今はこれで我慢をしてくれ」
彼は私の頬にキスをした。
頬が熱くなるのを感じた。
私の顔は真っ赤になっていると思う。
「大好き」
私は、そう言って彼に抱き付いた。
彼は、そんな私を優しく抱き締めてくれた。
「俺も好きだ」
彼は私の耳元で柔らかく優しい声で言った。
私は、これが幸せなんだと十八歳、いいえ、もうすぐ十九歳で知りました。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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