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カダの年齢②

 飛び交う雑多な会話に紛れまいと、ヨヲセは声を大きくしながら言った。

「バクタ様って知ってるだろ? 昔カムイクジナのミコトだったお方で「バクタの衣干し」で有名な」

 ヒネはこくりとうなずく。

「バクタの衣干し」とはパムゥの諺(ことわざ)の一つで、「先のことはわからずとも今はやるべきことを信じてやれ」という意味だ。今よりだいぶ昔、100年近くも前の逸話で「バクタというミコトが衣を干すと必ず雨が降るので皆が洗濯物を取り込んだ」というのが始まりと聞くが、ヒネはその成り立ちをあまり深くは知らない。

「そのバクタ様の、次の次の代のミコトから、カムイクジナのミコトの名前はずっと「カダ」様なんだ」

 ヒネは目を丸くした。


挿絵(By みてみん)


「たまたま同じ名前が続いた……なんてことも無くはないだろうけど、ミコトの籍と同時にその名前も継がれていると考えるのが普通じゃないか?

 いくらカムイクジナのミコトに期限がないといったって、50年近くまったく交代しないなんて通常ではあり得ない話だろ。どこかで必ず代わっているはずだ。仮にカダ様が現在50歳だったとしても、赤ん坊のころからミコトなわけないし。

 でもカムイクジナのミコトは顔が公表されないから名前しかわからない。ところが、その名前までずっと“カダ様”なわけだから、いつ代替わりしたのかすら不明なんだよ」

 通常、ほかの部署のミコトは選挙で選ばれる。4年の任期が終われば、また選挙が行われ、次のミコトが選ばれる。再選は何度でも可能だ。

 そして選挙のときから、もれなく顔は公表されているので、スベラギの塔のみならずパムゥの大陸すべてにその顔は知られることとなる。

 ところがカムイクジナだけは、あらゆる面で例外なのだ。


 これはヒネがカムイクジナに所属を許された最初のころ、ヨヲセから教わった話だ。

 ヒネは、ヨヲセから聞いた当時の様子を、頭の中で確認するように思い返していた。

 「まず、なんでカムイクジナのミコトだけは選挙で選ばれないのか。

 これはどの審神者、あるいは神呼が最も優れていて、ミコトにふさわしい人物であるか、というのを一般の者が判断できないからだ。だから、カムイクジナのミコトを選ぶときは、カムイクジナの審神者と神呼の全員、また各部署のミコトとスベラミコトによって選出されることになっている。とはいっても、まだ私もそれに立ち会ったことはないのだが。なぜなら、カムイクジナのミコトには明確な任期というものが、ないからだ」

「なぜ、任期がないのですか?」

ヒネが尋ねると、ヨヲセは鼻を膨らませて答えてくれた。

「どうせまた同じ人が選ばれるからだよ。審神者も神呼も、もともと数が少ない上、優秀なお方は、そうそう入れ替わらない。そうだろ?」

確かに……ヒネは頷いた。

「では顔が公表されないというのはなぜです?」

「ああ、それな。それは、カムイクジナのミコトがさっき話した理由から、長期にわたって同じ人物が、その座に就き続けることが可能だからだ。同じ人物がひとつの座に着くなら、時間をかけてその者を傀儡(かいらい)すれば、よからぬ策謀を図りやすいだろ? しかも、その場合は長期にわたっての不正が可能になる。そのため、不当な目的でミコトに近づく者を極力排除する目的で、顔は公表しないとされてるんだ」

「なるほど……」

ヒネは、一応納得したものの、何か引っかかるような気がする。うまく説明はできないのだが。

「くわえてカムイクジナのミコトには、議会での発言権が認められていない。あくまで議会から意見を求められたときにのみ、その発言は正式なものとして認められるんだ。これは、知らなかっただろ」

 とっておきの隠し玉を見せびらかすように、ヨヲセが言った。ヒネは目を上げる。

「え、なぜですか?」

「カムイクジナに「精霊の声を聴く」といった特殊な職務が与えられてるからだよ。それを悪用すれば、「精霊の声」などと言って不正を働いたり、議会の流れを自分たちに有利な方向へ導いたりできるだろ?」

あのとき得意げに話してくれたヨヲセは、今は目の前の膳に夢中で食らいついている。


「そもそも、その『顔を公表しない』といった政策や、『発言権がない』といったことも、不自然と言えば不自然な気もいたします」

 ヒネは、大きめの煮込まれた根菜を、それより大きな口を開けて頬張ろうとするヨヲセに向かって言った。口を開けたまま、ヨヲセがヒネのほうに目をやる。

「その政策のほとんどが、かの名君「オウガ様」が就任早々に策定したものらしいよ?」

 ヨヲセは、一泊おあずけになった根菜類を口に放り込んだあと、もぐもぐ咀嚼しながら、訳知り顔で語りはじめた。

「なんでも初代のカダ様とオウガ様は相当仲が悪かったらしい。知ってるか? 実はオウガ様もかつては審神者で、初代カダ様とはバクタ様を師に、元は同い年の兄弟弟子だったらしい。

 だから就任早々、目障りなカダ様……あ、初代の方ね? それを新しい政策でもって、政(まつりごと)から遠ざけた、なんていう逸話も語られてる。

 そもそもカムイクジナの部署は、昔は7階に入っていたらしいんだ。でも、やっぱりオウガ様が就任早々、なんでも当時の審神者の一人が犯した失態の責任をとらせるっていう名目で、今の18階に追いやったらしい」

 スベラギの塔では重要な部署ほど低層階にあり、議会が行われる会場や主要な部署はほぼ例外なく地下階にある。くわえて塔の形が円錐台の形をしているため、上階に上がるほど専有面積も狭くなるのだ。そのため、上層階にあがるほど待遇が劣るという暗黙の了解がある。


 ヒネはまじまじとヨヲセを見て言った。

「なぜそこまで仲がこじれてしまったのでしょう」

 するとヨヲセは、にやりとして答える。

「なんでも初代カダ様は相当な色男だったそうだ――」。



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