カダの年齢①
「ヒネ! こっち、こっち」
ガルシャの家で、“ジンナのもう一つの人生”を視た数日後の昼時である。
聞き馴染みのある声にヒネが顔を上げると、右手を上げ、大きく左右に振るヨヲセの姿が目に入る。
「申し訳ありません、お待たせしましたか?」
ヒネが駆け寄ると、ヨヲセは笑って答える。
「いや、私も今来たところだ」
ごった返す人波をすり抜けるようにして、配膳口へと二人で向かう。
長い例の先が、どの配膳口に繋がるかは、色分けされた床の印が頼りだ。今日の昼は、5種類の献立から選べるようになっていることはわかったが、ヒネは考えるのが面倒だったので、ヨヲセと同じ色の印に並んだ。
ヒネの脳内の思考は今、それどころではないのだ。
「どうかしたのか?」
さっきからずっと考え込んでいる様子のヒネに、ヨヲセが尋ねる。はっとしてヒネはヨヲセを見上げた。
「失礼しました、考え事をしていたもので」
そう言ってヒネは一拍置いたのち、唐突にヨヲセに尋ねた。
「あの、ヨヲセがスベラギの塔にいらっしゃったのは、いつのことでございますか?」
「16のときだから、今から7年前だな」
ヨヲセが答えると、ヒネは重ねて質問する。
「そのときからカダ様はすでにミコトでいらっしゃったのですか?」
だがヨヲセは考え込むように空を見つめながら答える。
「それがよくわからないんだ。ほら、カムイクジナのミコトって一般的に顔が公開されないだろ? だからカムイクジナの人間以外はカダ様の顔なんて知らないのが普通なんじゃないかな……」
ならば、とヒネが質問を変えて問う。
「ではヨヲセがカムイクジナに入ったのはいつごろですか?」
「今から3年ほど前、私が二十歳のときだ」
ヨヲセが答えると、すかさずヒネは続ける。
「ではカダ様は、そのころにはもうミコトでございましたか?」
「だな、うん。すでにミコトであられた」
ヒネは考え込むように顎に指を置いた。
「いったいどうしたのだ?」
ヨヲセがヒネの顔をのぞき込んで聞いた。ヒネは思案顔のまま答える。
「階段の壁に飾られている、歴代のミコトの肖像をご覧になったことはありますか?」
ミコトとは、各部署を束ねる長である。スベラギには全部で20の部署があり、その部署すべてに尊と呼ばれる部署頭がいる。さらに、その20人のミコトを束ねているのが誼尊である。
いずれのミコト・スベラミコトもパムゥの住人から選挙で直接選ばれることになっており、その選挙に出るには非常に厳しい条件が課せられる。
「ああ……うん。まあ、横目に眺める程度には」
ヨヲセが思い出すように斜め上を見ながら答える。
スベラギの塔では、階をまたいで移動するときは昇降機を使うことが一般的である。しかし、緊急時やその他必要に応じて使えるように、内階段も備えられている。
その階段の壁には、歴代のミコトたちの、就任した当時の肖像が掲げられているのだ。
興味本位で肖像画を眺めるうちに疑問がわいたヒネは、何回かに分けて歴代のミコト全員の顔を見てきた。
「歴代のミコト、皆さま一様に年配でいらっしゃいました」
神妙な顔でヒネが言うと、ヨヲセは噴き出した。
「そりゃまあ、そうでしょうな」
ようやく配膳口にたどり着いた二人は順番に膳を受け取っていく。配膳口の中に立つ係りの者に何か尋ねられたので、ヒネは適当に「同じでお願いいたします」とヨヲセを見やりながら答えた。
「カダ様は今、おいくつなのでございましょう。
通常、ほかの部署のミコトは選挙で選ばれます。ミコトの選挙に出るためには、20ある部署のうち最低4部署を各5年以上所属した実績が必要なのですよね。
しかしそうなると、選挙に出る時点でスベラギに所属してから最低20年はかかってしまうことになります。
そして、スベラギの塔で組織人となれるのは、例外を除き16歳からですので、通常であればミコトになれるのは早くても36歳以上になってしまうはずです」
「だな。歴代のミコトをみても、最年少記録は、オウガ様の38歳だったはずだ」
オウガとは、パムゥの大陸におけるスベラミコトのうち歴代最長の任期を誇り、また歴代最高とうたわれた名君である。くわえてオウガはミコトとしてもスベラミコトとしても、史上最年少でその座に就任しており、その記録はいまだ誰にも破られていない。
「でしたらカダ様は38歳以上。ヨヲセがカムイクジナに入ったのが3年前で、すでにそのときミコトであられたなら、現在は41歳以上ということになりませんか? それより年下ならば、最年少記録が更新されているはずです。」
ヒネが眉根を寄せながら言うと、ヨヲセは苦笑交じりに答えた。
「知ってるだろ? カムイクジナだけは例外なんだ。
カムイクジナのミコトは選挙で選ばれないし、年齢も関係ない、顔も公開されない。階段の肖像もカムイクジナのミコトだけ無かったろ?
最年少記録というのは、選挙で選ばれたという意味だよ。現に、スベラギ創設時には、創設にあたった者がそのままミコトになって、一番若くて30代前半の者もいたと聞くぞ?」
さようですか、とヒネは再び考え込み、席を探してくれているヨヲセのあとを追って歩く。
「ですがやはり、いくら例外的に選挙で選ばれず、また年齢が関係ないとされるカムイクジナであっても、やはりミコトの年齢は、ほかのミコトが就任できる最低年齢に合わせるのが普通ではございませんか? それともカダ様はお若く見えて、実はそれなりのお歳なのでしょうか」
ようやく向かい合って座れる席をヨヲセが見つけてくれた。ヨヲセは腰を掛けながら答える。
「カダ様の年齢は私も知らないんだ。禁忌だからな」
「どういう意味でございますか?」
ヒネは目を見開き、ヨヲセに問う。
「カムイクジナに来たばかりのころ、カダ様の年齢について、ほかの審神者様や神呼様に聞いたんだ。『若く見えるけど、いくつくらいなんだろうなあ』くらいの、ほんの軽い気持ちで。そしたら、皆一様に『それには触れるな』って感じで取り合ってくれなくて。そんなことはいいから修行しろとか言ってごまかすんだよ。ああ、なんか聞いちゃいけないんだなって思って、それからは気にしないようにしてる」
なぜ年齢を聞いてはいけないのだろう。その理由があるとすれば、何が考えられるか……、ヒネは眉根を寄せ、黙考する。
「ババ様……あ、師匠にも聞いてみたんだけど」
ヒネはヨヲセに目を戻し、うなずいて先を促す。
「あたしくらいの年齢になると、みんなガキと同じさ。カダがいくつだろうが知ったこっちゃない。気になるなら本人に聞いてみな! ってさ」
ヒネは苦笑する。ガルシャなら言いそうである。
「でも私と歳の近い審神者の先輩が言うには……」
ヨヲセはそう言って声を潜める。
「おそらくカダ様の年齢を知ると、カムイクジナの重大な秘密が露呈しかねないから、皆が口を噤んでいるんじゃないかって」
ヒネは訝しげに返す。
「カムイクジナの重大な秘密?」
するとヨヲセは神妙な顔でうなずいた。
「重大な秘密が何かはわからない。けど、カムイクジナって知れば知るほど謎なんだよ。そもそもカダ様の名前だって、本当の名かどうかすら怪しい」
「とおっしゃいますと?」
ヒネが、箸を手にしたヨヲセに詰め寄った。




