ガルシャの教え①
「そんな……だってあのお方は……」
魂の泉から戻ってきたヒネは、いつの間にか自分が寝床に横たわっていたと気がつく。
そして、今しがた見た『ジンナの別の記憶』に言葉を失い、しばらく身を起こせずにいた。
以前視たジンナの記憶は、間違いなくもっと幸せなものだった。そして最後まで見たわけではないが「かなりお年を召すまで若々しく元気だったはず……」ヒネは困惑する。
ガルシャは言う。
「人はもちろん、この世界はすべて、その意思の有無に関わらず大きな流れ、謂わば『潮流』の中を生きている。
それは個と個、あるいは全体が完璧な状態で調和をとりながら流れているものだ。だからその流れを変えることは、誰にも不可能なのさ。ましてや自分一人がどれだけあがいてみたところで無力に等しい。
だが流れは一つではない、無限に存在しており、したがって行き着く先である『結果』も無限にある。あたしら個人にできるのは、その『流れ』もしくは『結果』を選ぶことだけだ。
そこで最初の話に戻る、なぜヨヲセには簡単でヒネには難しいか? その答えにつながる道筋がようやく見えてくるのさ」
ヒネはガルシャをしっかり見据える。若干集中力が切れかかっていたヨヲセもガルシャに再び注目した。
「ヨヲセの言う『焦点を絞った結果』とは、魂の泉の記憶というよりは、自分が望む結果を『想像』したに過ぎない、ヒネがさっき言った通りさ。だけど想像といえども明確に思い描けるなら、それは実現の可能性を帯びた、言うなれば『魂の泉の仮記憶』となる。
ヨヲセが秘策だと言った望む未来に焦点を絞る行為は、すなわち結果を先に選ぶ行為と同じだ。その『結果』が本当に魂の泉に記憶されている『いつかの今』として存在しており、焦点をうまく絞ることに成功したなら、そこに向かう流れにたちまち乗ることができる。
そしてこの『流れ』に一度乗れたなら、あとは流されるままに、ただ自分のすべきことをしていればいい、それだけのことさ。
ところがこの『流されるままに』というのが大概の者には難しいんだよ」
ガルシャがそこまで言ったとき、ヨヲセは思わず口を挟んだ。
「え、なんでですか? 流されるままほど簡単なことはないじゃないですか」
ガルシャが鼻を鳴らす。
「ふん、簡単だからこそ難しいのさ。『流されるままに』というのは楽をしようとして横着をしたり、何もせずぼや~っと過ごすことじゃないよ? 結果にたどり着く過程で当然必要となる『やるべきこと』をしっかりこなさなきゃいけない。まあ、こんなことはわざわざ言わなくたって誰にでもわかることだろう」
「まさにバクタの衣干しだな」
ヨヲセが納得した様子で声を挟む。「バクタの衣干し」とはパムゥのことわざで「先のことはわからなくても、やるべきことを信じてやれ」という意味である。バクタとは百年ほど前に実在した審神者であり、昔カムイクジナのミコトだったとされる人物で、ヒネたちにとってはもはや「歴史上の人物」である。
「バクタ様か、懐かしいな。たいそう変わりもんの爺さんだった……」
ガルシャが懐かしそうに言うので、ヨヲセはぎょっとして思わず言葉をこぼす。
「知りあいかよ……」
ガルシャは続ける。
「流されるままにやるべきことをやっていても、人は流れの中でさまざまな出来事にぶつかる。それはときに、立ちはだかる壁のように感じたり、まるでそこから『降りろ』と囁かれているかのように感じたりするものもある。
そうなれば当然、人はもがいて苦しむであろう。もちろん苦しい場合ばかりではない。
それは簡単には抜け出せない快楽であったり、ときには別の流れへと誘う誘惑だったりするかもしれない。
もはや最初に目指した目的が何であったかすら思い出せなくなるほど強烈な出来事の場合もあるだろう。
だけど選択肢はいつだって二つしかない。その流れに乗り続けるか、あるいはその流れを降りて別の流れに乗るか、ただそれだけだ。つまり、いかに最終目的地を見失わないかが必要なのさ。
ヨヲセ、あんたが『望む未来に焦点を絞っていれば、だいたいそれでうまくいく』なんていえるのは、あんたが単純で、かつ途中の些末なことには目もくれない、いわば真っすぐにしか進めないバカだからだ。そしてこれが最初の問い『なぜヨヲセには簡単でヒネには難しいか』の答えだ。」
ヨヲセは目を輝かせる。
「私は今、ババ様に褒められているのか……?」
「褒めとらんわ、バカもん! ババ様じゃなくてお師匠様と呼べ」
ガルシャが一喝する。
「でもなぜ流れ自体を変えることはできないのでしょう。
私たちは自分の意志で動き、人生はいつだって変えられると信じている節がございます。
ですが、そのお話に添って考えるなら、人生を変えるのは不可能ということになりましょう。あらかじめ定められたいくつかの結果があり、その結果を選択することは可能であっても、そこに行き着くまでの過程は逃れられぬ運命と同じで、それには抗えぬと考えてよろしいですか?」
ガルシャが言う。
「なぜ流れ自体を変えられぬのか。
それはこの世界が、そして宇宙がすべて完璧な調和の元に動いているからさ。あたしたちは皆、魂の泉から命を分け与えられた存在。すなわちそれは、あたしたちが魂の泉という全体の一部であり、魂の泉の大いなる意思の一片でしかないということだ。
あんたが転んだ先で、巡り巡ってあんたの知らないうちに誰かが助かっているかもしれない。あたしが笑った先で、言葉を交わしたことすらない誰かが泣いたかもしれない。それは個人には図りしれない壮大な、いわば物語の一部であり、完全な調和をもって一つの大義へと続いていくんだ」
ヒネは目を見張る。
「一つの大義?」
ガルシャは静かにヒネを見つめ返して答えたーー。




