魂の泉と肉の夢
……ヨハベレ…… ワレニハベレ……
居心地のよい長椅子でうつらうつらとしていたヒネは、いつもの唄とともに目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたようだ……。
体には暖かい毛織物がかけられ、机の上には食事が用意されていた。うたた寝をしていたヒネを起こさぬよう、誰かが気を遣ってくれたのだとわかる。
ヒネは、先ほどまで夢を見ていた。時間を確認したところ、あまり長いあいだ寝ていたわけではないようだが、とても長い夢だったように思う。かつてシュバウル人がこの星に降り立つために、長い時間をかけて遺伝子を改良すべく宇宙船で囲われていた者の夢だった。彼らは、自分たちが何のために生まれ、なぜ生きているのかもわからず、ただ生まれて・生きて・死んでいったのだ。
ヒネは幼いころより、こういった夢をよく見る。通常の夢とは違い、まるで自分が体験したかのような現実感のある鮮明な夢だ。ヒネはこれを「肉の夢」と呼んでいる。
これは、魂の泉に刻まれた誰かの記憶なのだ。神呼の多くは、自ら意図して魂の泉へ向かい、誰かの記憶をたどることができる。しかし、ヒネの場合はそれに加え、意図せずとも寝ている間に勝手にたどってしまうことが頻繁にあった。
「魂の泉」とは、この宇宙におけるすべての命の源だ。人は生まれるとき、魂の泉から魂を分け与えてもらい自我をもって肉体へと宿る。そして、その生を終わらせたのちは、少しずつ自我が薄れ、やがて「魂の泉」へと還っていくのだ。肉体を失ったあと、しばらくは自我を保っていられるが、ある程度の時を経たのちには誰一人例外なく魂の泉へ帰る運命である。「ある程度」がどのくらいかは、人によるだろう。
では人は死してしまえば、すべて無になるのかと問われれば、そうではないといえよう。膨大な数の魂がそれぞれ手にした経験と記憶は、すべて余すことなく魂の泉へと刻まれ、永遠に失われることのない記録となる。これも、シュバウル人から受け継いだ叡智であり、この星の中で知らぬ者は皆無の知識である。




