地獄の入り口に立つ赤い実の木③
「こんなところで何をしているの?」
突然かけられた声にオルセはびくりと肩を震わせる。振り返ると、そこには見たこともない美しい男性が立っていた。
鎖骨の辺りまで真っすぐ伸びた銀色の髪に、青白く透き通ったなめらかな肌。瞳は、吸い込まれるような澄んだ緑色をしていた。
「迷い込んでしまったのかい?ここは君の来るところじゃないよ。」
男性は静かな声でそう告げた。
「あの……僕はその……壁の外が見たくって……。壁の外はどうなっているのか、何があるのかどうしても知りたくて。でも、これって、いったい…」
男性は小さく嘆息し、憐れみのこもったような優しい眼差しをオルセに向けた。
「それはまだ知らない方がいい。いずれ時が来れば、そうだな……君の孫の、そのまた孫くらいになれば、すべてわかる日が来るだろう」
「それじゃあ僕は永遠に答えを知ることができないじゃないか」オルセはそう思ったが、男性の優しく、だがきっぱりとした強い瞳の色に言葉をのみこんだ。
「きっと壁の外には危険があると教わったんじゃないかな?それは正しいんだよ。ここに悪魔がいるわけじゃない、だけど君たちの命を奪ってしまうかもしれないのは本当なんだ。ここは危険なんだよ。」
銀髪の男性は澄んだ声で諭すようにオルセに語りかける。男性の目をじっと見つめていたオルセだったが、やがて視線を落とした。自分は今、この世界の秘密を前に立っているのだ。それなのに言葉一つ発せられないでいることが、もどかしくて悔しい。男性は続ける。
「君と君の子孫のために、今日見たことは秘密にしておいてくれるかい?そしてできるなら、この場所のことはもう忘れてほしい」
オルセはしばらくうつむいて黙っていたが、やがて諦めたように小さくうなずいた。聞きたいことは山ほどあった。だがオルセは、直感的に聞いてはいけないのだという気がして、ついに何も聞けなかったのだ。それに何より、先ほどからひどく頭が痛い。呼吸はどんどん浅くなっているし息も苦しい。身体も重く、もはや何かを考えるのが苦痛になりつつあった。
「帰る道はわかるね?」
男性は再び静かな声で優しく言った。ここに下りてきてからいくらも歩いていない、振り返ればすぐに元来た階段がある。オルセは再び小さくうなずく。
そのまま黙って踵を返し、重い体を引きずるように、振り返ることなく必死で階段をのぼった。やっとの思いで扉から出たあとは、元あった通りに扉を閉めておくのが精一杯だった。
その日の夜、家に帰ったあとでオルセは高熱を出した。三日三晩、熱に浮かされたオルセは、なんとか回復して以降はもう二度と壁の外を見ようとは思わなかった。
そしてあの日見たことは、銀髪の男性と約束した通り、オルセが大人になったあとも、さらには寿命が尽きるその日まで誰にも語られることはなかった。
ザクロの大きな木の下で遭った美しい男性は「この場所のことは忘れてほしい」と言っていた。しかしその言葉も含めて、あの「世にも美しい地獄」の光景をオルセが生涯忘れることはなかった。




