3.どうか届きますように
それからというもの、私たちはお忍びで会い続けた。
外に出るのには私の身体の症状的にも、公爵の立場的にも細心の注意を払う必要があったので、デートらしいデートはできなかった。せいぜい車で十分圏内の公園に行くぐらいだ。それも、公爵の送迎車で行くことはさすがにできないので、二人でゆっくり歩いて向かった。散歩にも向いているその公園は広々としていて、周りの目もあまり気にならなかった。
公爵は私服を着ていると、良い意味で普通の国民らしく見える。だから、外を歩いていても周囲に気づかれないことの方が多かった。
公爵は二人で外に出る時、「なんだかゲームみたいだね」と笑いながら言う。
「何がですか?」
「僕が公爵だって気づかれたら負け、のゲーム」
「それ、笑い事じゃありませんよ」
「はは、そうですね。バレたらまずいんだった」
公爵は子供みたいにいたずらっ子っぽい笑みを浮かべて、私を見た。私も、そんな彼につられて笑ってしまう。公爵は常日頃忙しくて外でのデートは本当に僅かな時間しか取れなかったけれど、公爵の隣で笑っていられることが、あまりにも幸せだった。
十二月二十五日、クリスマスの日に公爵はケーキを買って来てくれた。イブの夜は、ハンナと過ごしたんだろう。でもそんなことはどうでもよかった。彼は身体に悪くないように、特注で作ってもらったケーキだと言う。食べてみるとほんのり甘くて、やさしい味がした。公爵の優しさに涙が滲んできて、幸せな夜だと言うのに泣いてしまって少し申し訳なかった。でも、そんな私を彼は大きな心で包んでくれた。
「ルミの写真、撮ってもいいですか?」
「写真? はい。恥ずかしいけどぜひ——」
久しぶりに、彼がカメラを構えるのを見て、心臓がどくんと跳ねる。部屋の中での写真なんて、一ミリも映えないのに、公爵は真剣にファインダーを覗いていた。私が緊張して固い顔をしていると、彼は「もっと可愛らしく」なんて冗談を言って私を笑かす。こんな撮影会なら何度被写体になっても構わないと思えた。
撮った写真を見せてもらうと、ブロンズの髪のルミエールがこちらを恥ずかしそうに見つめている。自分じゃない人の写真を見ているみたいだ。「家宝にしますね」と宣言する公爵に、「まだお父様に認められてないでしょう?」と冗談で返した。
その後も自宅でのデートを繰り返し、私たちはお互いにかけがえのない存在になっていた。
私は、公爵と会う傍ら、ある人物への手紙を書いて、送り続けた。返事はまだ一度も来ていない。そもそも手紙が届いているかも分からない。それでも、今公爵のために自分にできることだと信じてやめなかった。
厳しい冬の寒さは年が明けて春が来ても、まだまだおさまらない。日本とは違い、イーギス国は一年を通して気温が低かった。
時が経つにつれて、私の身体の症状は少しずつ、けれど確実に悪化していった。
胸が痛くなる頻度が増え、その度にエクシア医師に診てもらった。公爵と会う予定だった日だったが、彼と会うのをやめて家で休むように指示を受ける。致し方ないことだ。公爵にも電話をして、理解してもらった。彼はただ、私のことを心配して「ゆっくり休んでください」と優しい言葉をかけてくれる。その頻度が増えても、もちろん文句ひとつ言わない。彼のさりげない気遣いが、今の私にはありがたく、同時に痛くもあった。
痛む心臓を抑えて、私はなんとか手を動かして、手紙を書き続けた。
どうかこの想いが、あの人に届きますように。
強い願いを込めて、ペンを握りしめていた。




