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4-2 TS娘とお気に入りの短剣

 ハジメと二人でその短剣を買ったときは、そりゃあ興奮したものだ。


 長く使いたいから、質が悪すぎるものは買いたくなくて。

 実際、言うほど上質では無いにせよ、少なくとも今日この日まで折れずに使えてきたくらいには良い買い物だったのだと思う。


 それまではずっと、手作りのこん棒みたいなものだけで害虫駆除なんかをやっていたものだから。そのピカピカの短剣を握っただけで、自分たちが一流のワーカーになったみたいな気分になれた。


 少ない貯金ではそんな短剣も一本しか買えなくて、ハジメと私、どっちが使うか延々と言い争っていた記憶がある。



 その後私が誘拐され無理やりにこの女の体へTSさせられた誘拐犯たちのアジトまで、その短剣も一緒に持ち去られていたらしい。

 高級ではないにせよ、多少なり価値はあったからだろう。

 

 私を誘拐した犯人たちは当時、薬でTSさせた私を薬物や洗脳みたいなことで大人しくさせて、他に誘拐した何人もの女たちとまとめてオオサカのエリアまで船で移動させていた。


 私はその船内で、無理やりに与えられる薬と性の快楽や、繰り返される暴力への恐怖、計画的にうわべだけ与えられる優しさの繰り返しに、もうすっかり頭がおかしくなっていた。

 なにせ認めたくはないが、誘拐犯の一人に私は恋愛感情みたいなものすら抱いてしまっていたのだ。


 ほんの少し前まで自分が男だったことすら、あのときの私は忘れかけていた。



 正気に戻れたのは、オオサカのどこかの建物に移されてからのことだ。

 私を誘拐した犯人が腰に付けていた短剣が、自分とハジメで買ったあの短剣だということに気がついたのだった。


 私は見た目のおかげでその誘拐犯にも気に入っていただけていたようで、とりあえずは適当な売り物にはされず、その誘拐犯の性欲処理に使われ続けていた。

 だから私は毎日そいつに媚を売り、毎日何度も抱かれながら、ずっと隙を伺い続けた。


 私をいつものように抱いてすっかり油断した素振りを見せていたその誘拐犯を、私はその短剣を奪い返して殺した。


 首を切り裂き、胸を貫き、何度も私を犯した一物をちぎりとった。

 どのタイミングでそいつが死んだのかも全くわからないくらい、ひたすらに刺した。全裸だった私の全身も、体液で汚れていた薄汚いベッドも、全てそいつの血液で赤黒く染まっていた。


 相手への憎しみがあったのはもちろんだが。

 薬物の力だろうが何だろうが、こんなやつに快感に溺れさせられ、好意みたいな感情まで抱いてしまっていた自分のことが何より許せなかった。


 何度も何度もそいつの体を突き刺して、硬い骨に繰り返し当たったその短剣はすっかり刃こぼれしてしまったけれど。

 私が人間としてかろうじて踏みとどまれたのは、きっとその短剣のおかげだったのだ。



 それ以来、もっと質の良い道具を手に入れられるようになり、別の高価な短剣を使うようになってからも、私はその古くなった短剣を肌身離さず身につけてきた。


 その短剣だけが唯一、TSする前からの自分の持ち物だった。

 そして故郷にいるはずのハジメとのつながりを、唯一示せるものでもあったのだ。


 いつかTSを治して元の男の姿に戻れたら。

 故郷のサセボに帰り、ハジメにこの短剣を見せて、カッコつけるようにただいまと言いたかった。



 だけど私の身体のこのTSは治療なんてできなくて。


 短剣も私の心と同じように磨り減ってしまい、今はもう見るかげもない。



◇-◇-◇-◇-◇



「で、なんでわざわざついてきたの。道くらいちゃんと覚えてるよ」


 数日後。


 にやけ顔になりそうなのを外套のフードで隠しながら、私は様々な店が並んだエリアを再び歩いていた。


 仕事を早めに終えて、預けていた短剣、今はナイフみたいに小さくなったそれを回収に行こうとしたのだが。

 たまたま仕事終わりの時間が重なったらしいハジメが、今日もまた私についてきてくれている。


「俺も自分の道具をメンテに出すついでだよ。いいじゃねえか別にそんなに冷たくしないでもよう」


 ハジメに微妙な表情でそう返されて、私も思わず焦ってしまう。

 さすがに私の言い方が悪かったかな。


「つ、冷たくしたつもりじゃないよ。……ごめん、私こんな嫌な言い方しかできないけど、別にハジメを悪く思ってるわけじゃないから」


 ちょっと早口になりながらも、私はそうなんとかフォローしてみる。

 ハジメが一緒に行動してくれるというのなら、こちらはいつでも大歓迎なのだけれど。


 ただ、わざわざ私なんかを気にかけてついてきてくれることの、理由がふと聞きたくなっただけなのだ。



 とはいえハジメはやっぱり気のいいやつだから、そんなコミュ障すぎる私の言い方にも、あまり気にしていないみたいに軽く笑って返してくれる。


「お、おう。そりゃありがてえ話だわ。まあ俺こんな顔だしよ、女に冷たくされるのは慣れてんだ」


 だけどその軽く口にされた言葉には、さすがに気持ちが揺れてしまった。


 そりゃあいきなりこんな傷顔のムキムキな大男を見たら、誰だって一瞬怖くなってはしまうだろう。

 だけどほんのちょっとでも会話したりとか、一緒に時間を過ごしたならば、こいつの良いところはすぐわかりそうじゃないか?

 見る目のない女が多すぎるってことは、考えてしまうとこっちまで気分が悪くなる。


「何それ。……いいじゃんそんな、顔の傷くらいで冷たくする女なんて、ろくなやつじゃないよきっと。それはハジメが頑張ってきた証みたいなもんでしょ。卑屈になっちゃだめだよ。私はカッコいいと思ってるよ」


 横に並んで歩く背の高いハジメの顔をじっと見上げながらそう言うと、私の視線に気づいたハジメは少し恥ずかしそうに目を反らした。


「……何? もしかして照れてるの?」


 こっちは真面目に言っていたのに、あまりうぶな反応をされても困ってしまう。


 なんだか私がハジメを口説いているみたいで、妙な気分になってしまうじゃないか。




「なんだいあんたたち。やっぱり付き合ってるんだろう?」


 例の思い出の短剣、今はナイフみたいに短くなったそれを預けていた店に着くと、いきなり店主にそうからかわれてしまった。


 たぶんハジメが変に照れたようなそぶりでいるから、そんなふうに見えてしまうのだ。

 私は元は男なのだから、実態としてはむさ苦しい男同士の慰めあいみたいなものでしかないというのに。


「い、いえ。……それより私の短剣、じゃなくてナイフを早く見せて下さい」


 さすがに客観的に言われてしまうと私まで恥ずかしくなってしまって、私は急かすようにそう言った。


 仕事は仕事ということで、店主もすぐにその例の短剣を奥の戸棚から取り出し、私たちの前に出してくれる。



「はいはい。いやあ、ハジメちゃんもやっぱりすみにおけないねえ」


「ははは、んなわけないだろ」


 そうばっさりハジメから否定されるのも、なんだかモヤっとするけれど。


 ハジメたちのそんな呑気な会話を聞きながら、私は今回のメンテの結果を丁寧に確認していった。


 お願いしていた持ち手はすっかり新しいものに取り替えられ、隙間もなく完璧に取り付けられている。

 ごくわずかに変わってしまった木製の持ち手の形状や手触りも、むしろ前よりしっくりくるほどだ。

 刃もついでに研ぎ直してくれたようで、指紋一つなく磨かれたその刀身からも、丁寧な仕事ぶりが伺える。


「……いいですね。……うん、いい仕上がりです。お代はこれくらいでしょうか」


 そう言って私が手元の袋からお金をごっそりと取り出すと、店主さんは愛想のいい笑顔でその一部を受け取り、あとをこちらに返してくる。


「景気のいいお嬢さんだねえ。ハジメちゃんの紹介なんだから、その半分で充分だよ」


 いい仕事には充分なお金で応えるのが当然ではあるのだが。

 そう言われては私としても、感謝を述べて引き下がるしかなかった。

 



「……ありがとね、ハジメのお陰でいい節約になった」


 店を出て、また先日と同じように近場の店が並ぶあたりをぶらぶらと歩く。

 もうすぐ日も暮れる時間だ。沈みかけた夕焼けで、雲がオレンジに染まってきていた。


「ん。気にすんな」


 ハジメはそう軽く返してくるが、私はこの二人で過ごす適当な時間や雰囲気に、すっかり嬉しくなってしまっている。


 それにハジメときたら、今日は自分も仕事道具をメンテに出すついでだ、なんて言っていたくせに。

 そんなのやっぱり嘘だった。

 なーんの用事もなかったくせに、わざわざ私にこうやってついてきてくれたわけだ。


 もしかしたらだけど、こいつもなんだかんだ、私と一緒にいたいって思ってるんじゃないの?


 こんな愛想のない女のどこがいいんだか。

 いやさすがに、私に惚れるなよ、なんて自惚れたことまでは言わないけどさ。



「ね、お腹空かない? 夕飯奢るよ、せっかく安くついたしさ」


 私はハジメのほうを振り返って、今日のお礼にそう誘ってやった。


 まあ一応、女日照りだというハジメにも、たまには気分良く過ごさせてやってもいいだろうし。


 こっちは元男。

 もちろんこれをデートだなんて考えているわけではないけれど。


 私のように見た目のいい女と一緒にする食事は、ハジメにとってもたぶん悪いものではないだろうから。

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