5-1 TS娘と命の値段
「こいつがターゲットだよ。ごめん、もう一人は殺すしかなかった」
ある日の朝方。
私はハロワのいつもの受付嬢の前に、顔面血だらけで両腕がへし折れた薄汚い小男を突きだした。
一応は男のくせに、痛いだなんだと騒いでうるさかったので、逆にもう何も声を出したくなくなるくらいには痛めつけてある。
そいつは同じこのサセボのハロワの四等級ワーカーだったようだが、仕事にはあまり精を出さず盗みに手を染めてしまっていたらしい。
四日前に私はその身柄拘束の依頼を受け、わずか二日で少数名の犯行だと確証を持ち、準備を進め、今日の日の出前に襲撃してすんなりと始末をつけることができた。
あっさりしすぎて拍子抜けするくらいだが、わりの良い仕事だったと思えばありがたい話だ。
「早かったですね……。わかりました、尋問が終わり次第報酬をお渡しする形になります。数日お待ち頂くことになるかと」
受付嬢は驚きつつも冷静に、同僚たちに指示を出してその犯罪者の小男をどこか奥のほうへ連れていく。
ハロワの奥は、私たちワーカーでもどうなっているのかはよく知らない秘密のスペース。こうして捕らえた犯罪者たちへの尋問などにも使われている。
気分のいい仕事ではないけれど、こういう『人狩り』と言われる仕事が私の一番の得意分野だ。
女の細腕では硬い甲殻を持つ害虫よりよほど、人間の体のほうが壊しやすい。
ひたすらにターゲットをつけまわして殺す。
寝首をかいて殺す。
ときにはこの女としての姿さえ武器にして。
何人そうしてきたかわからないくらいに大勢殺してきたから、私は二等級に昇格もできたのだ。
もちろん嬉しく感じる仕事ではない。
殺さずにすむかぎりはそうするのだが、今日のように簡単に終わるケースは少ないものだ。
仕事を終えると、さすがに多少は気が緩んで眠くなってくる。
ステーションの屋根の外は、朝の日ざしで嫌になるくらい眩しい。
今日は夜中から張り込んでいたので眠いし、無理をする理由もないのだから、もう帰ってゆっくり休むことに決めた。
あたりを見回したが、ステーション内にハジメの姿はなさそうだったし。
つまらん。
外套のフードを深くかぶり直し、私はあくびを噛み殺した。
数日後。
ハロワの受付に顔を出したが、報酬はまだ出ておらず、その日は私に向いた仕事も特にないようだった。
何もせず帰ろうかとも思ったのだが、あまりだらだらと日々を過ごすのも得意ではない。適当に害虫駆除の仕事を引き受け、近くの狩場で軽く体を動かすことにした。
かつて暮らしていたオオサカやオカヤマのステーションよりも、このサセボステーションはだいぶ規模が小さい。
人狩りの仕事もそう多くはないから、貴重なはずの二等級のワーカーである私やハジメですら、害虫駆除くらいしか仕事がない日もたくさんあるわけだ。
「あ、あの! おねーさん!」
害虫駆除を引き受けたあと、ステーションを出て数メートル歩いたところで、急に女の子の高い声で呼び止められた。
「もしかしてソロで害虫駆除……ですか? 良かったらあの、サポート役は必要ありませんか?」
声をかけてきたのは、少し私よりも背の低い、若い女の子だった。顔立ちは平凡で、体はちょっと細すぎる。
掲げてきたワーカー証は……新人枠の五等級。仕事のサポート役をやるにしても、二等級の私とはさすがに釣り合いが取れそうにはない。
だけどその子のか細い身体が、オカヤマステーションにいたころに一緒に暮らしていたかつての恋人の姿にダブって見えて、極端に冷たくあしらうのは気が引けてしまった。
「ごめん、悪いけどそういうのは……」
言いかけて気づいた。
彼女は私を上目遣いに見ながら、少し震えている。
その首元には、首飾りか首輪のように見えてしまう、鮮やかな赤い布が巻き付けられていた。
それはワーカーの間ではよく知られた、そういうお役目も務めます、という証だ。
つまり彼女は、私に自分の体を好きにさせる……抱かせる代わりに、多めの分け前に加え、ワーカーとしての実績も積ませて欲しいと交渉してきているわけだ。
改めて、彼女の体を見てみると。
細い体も、ほどほどのサイズ感の胸も、まあそう悪いものでは……。
「次いくよ。……大丈夫? ちょっと休もうか?」
断れなかった。
というより、性欲に負けた。
体を売るようなワーカーは本来ろくなやつじゃない。かつての自分もそうだったからわかる。
怪しさも感じている。
私が女を抱きたがっているかもしれないと、私の性癖のような部分の情報をどうやって知ったのか。
隠しているわけでもないのだが、おおっぴらにそんな話をするほど仲がいい相手はハジメくらいしかいない。
なのにわざわざ私に声をかけてくるとは、いったいどういうわけなのか。
だけどもしこの子にも涙無しでは語れないような事情があって、さらには脱いだら案外いい体をしているとするならば。
もしかしたらこの子は筋金入りの同性愛者で、私の見た目が超タイプだったのだとすれば。
これが運命の出会いではないと、どうして言いきれるだろうか。
久々に女の子と組んでの仕事ということもあり、私は自分で思っていたよりも少し張り切っていたようで。
害虫のハチを始末した証明に持ち帰る針などは、すでにけっこうな重量になってしまっていた。
ちょっと体を動かしたい、と考えていただけなのに結局はこれだ。
女の子と行動するとカッコつけたくなるのは、元男としてのサガである。
「だ、大丈夫です。わたしはまだやれます」
必死に食らいついてきてくれるこの子は、まあ害虫駆除に必要かどうかで言えば全く必要はないものの、荷物持ちとしては使えないこともないようだ。
私ほど効率よく害虫駆除を行うワーカーと組める機会はなかなか無いだろうから、彼女からすればなるべく稼いでおきたいところだろうし。
とはいえ彼女の動きを見た感じ、さすがにそろそろ限界のようだ。
日頃から鍛えている私基準で行動していれば、彼女の体力もそりゃあ底をついてしまうだろう。
今日行動しているエリアは、過去の人類が作った硬い地面がある程度は残っていて、わりと歩きやすいほうではあるのだが。
最低限、走ってその場から逃げ出せる程度の体力は残していなければ、無理に行動を続けさせることは気が引けた。
ましてこのあとは私とのイチャイチャの時間も必要なわけだし。無駄に体力を使いきらせるわけにはいかない。
「……一旦休憩しよう。向こうの建物が身を隠しやすそうだから、そこまで頑張ってついてきて」
そう指示を出すと、彼女も明らかにほっとした表情になっていた。
「あなたはどうしてこんな……体を売るような真似を?」
崩壊しかけて植物の蔦に覆われた何かの建物の影で、私は彼女の痩せた腰に腕を回しながら尋ねた。
赤い首輪のような例の布を巻いて、自分からそういうこともできるとアピールしていたくせに。
私に触れられるとびくりと不安げに目を反らしてくるから、こちらも少し罪悪感を覚えてしまう。
「んっ……わたしは……っ、その、お金が必要で……っ」
だからその理由を聞いてるんだけど……と少しイラつきそうになったが、なまめかしい彼女の息遣いに全て許した。
さすがに安全でないこんな場所でアレなことに及ぶつもりはないのだが、やっぱり私はかなり性的な意味で溜まっていたんだろう。
だんだんとそういう気分にもなってきてしまう。
彼女の太もものあたりはとても柔らかくて、なかなか触る手を止めるのが難しい。
邪魔な服を引き上げてお腹のあたりを触ると、やせっぽちなその体は少し心配になるが、汗で軽く湿った感触がたまらなく気持ちいい。
やっぱり、女の子の体を触るのはいいものだ。
きっとこれが、私にとっての幸せの形なんだ。
最近はハジメと仲良くしすぎて、少し私は迷走気味だったんだろう。
男同士でイチャイチャなんて、やっぱり良くない。僕が好きなのは、やっぱり女の子で間違いない。
だけど、今日はちょっと運に見放されたようだ。
嫌な感じがピリピリと背中を差した。
人の気配がした。おそらく。
私はすぐに彼女から手を離し、腰につけた短剣を抜いた。
目を瞑り集中する。
ごく小さな物音がした。
害虫ではない。
誰か、人間がこちらに近づいてきている。
誰にもつけられていないと思っていたのに、少し警戒が甘かったのだろう。
もしかするとタイミング的に、先日人狩りのターゲットにした小男の仲間かもしれない。
復讐というわけか。
他に仲間なんていないと思っていたのだが、まあ仕方ない。これもよくあることだ。
草をかきわけて歩く足音は一つ。気配も一つ。
大丈夫だ。なんとでもなる。
相手が一人であれば、殺せる。
その足音は少しずつこちらに近づいてきた。
間違いなく、こちらに気づいた上で向かってきている。
足音のペースからも、多少はこちらを警戒しながら動いているのがわかった。少なくとも、相手は素人ではない。
私は相手が出てくるはずのルートから死角になる物陰へ音をたてずに移動し、息を止めた。
悪くない位置取りだ。
あえて廃墟のど真ん中に置き去りにしたあの女の子の姿は、きっとうまく相手の注意を引いてくれるだろう。
右手に軽く握った短剣の手触りに、自分の心がすうっと落ち着いていくのがわかる。
むやみに人を殺したいわけじゃあないのだが。
これはさすがに仕方がない。
生きなければならないのだから。
私だけは。
だから仕方ないんだ。
向かってくる相手は全て殺さなければ、私はきっと幸せにはなれない。
「……誰かいるのか?」
男の声。
半ば服が着崩れた女の子の姿を罠に、私は低い姿勢で飛び出した。
建物の脇から顔を覗かせたそいつの脇腹に短剣を突き差そうとして……ギリギリのところで止める。
なぜなら、その声の主が。
「うおっ!? ……おいおいハルさん、こんなところで何を……あ、いや、害虫駆除だよな? いや、いや見てない。何も見てないぜ」
ハジメだったからである。
危ない。
大事な大事なハジメを、あと一歩で殺してしまうところだった。
ハジメも警戒していつもの大きな剣を構えていたようだが、あのままいけば間違いなく私の短剣がハジメを貫くほうが早かったはずだ。
ムキムキのマッチョのくせに、情けないやつめ。私みたいな細い女に負けそうになってどうする。
誤ってハジメを殺してしまうくらいなら、僕は自分がその長剣で真っ二つにされるほうがよっぽどマシなのに。
しかもハジメは明らかに、こちらがさっきまで何をしようとしていたのか、雰囲気を察してくれているご様子。
向こうまで照れたような反応をしてくるせいで、めちゃくちゃな恥ずかしさに襲われる。
よりにもよってこんなときに、まさかこいつに出くわすなんて。
縁がありすぎるんだよ、悪い意味で。
「っ……何も見てないなら、まあ、いいけど」
私が短剣を鞘に納めながらそう言うと、ハジメは私の後ろに隠れたままの女の子にちらりと目を向けたあと、ふぅっと小さく息を吐いて自分も剣を収めてくれた。
なんとなく、この女の子に対してハジメが向けている視線が怖い気がするのだが。
殺気を感じるというか、威圧的というか。
かわいそうだからやめてあげて欲しいのだけど。
しかしそれよりもこの状況、どう言い訳したものか。
こんな屋外でコトに及ぼうとしていたなんて、二等級にはあるまじきお馬鹿ぶり。
これでハジメに愛想をつかされてしまったら最悪だ。
例えばこの女の子が例の小男の仲間だったということにして、サクッと今ここで殺してしまえばどうだろう。
私のえっちなテクで油断させようとしてました、なんてね。
さすがに無理のある言い訳しか思い付かなくて、私はその場にしゃがみこみため息をついた。




