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南海市!

 店の勝手口から外に出る。今日も快晴で、絡みつくような暑さだ。


 ランチメニューの書かれた看板を店の入り口に置く。本日の日替わり定食は地元で釣れた塩サバ定食だ。


「しかし、暑い」

 独り言を言いながら、汗を拭う。


 アスファルトの道路からはゆらゆらと陽炎が上がっている。視線を空に向けると、西の空には大きな入道雲が、地上にいる人々を見張るように浮かんでいた。





 3年前の同じような暑い日に、私は出向していた南海市役所から東京に帰ることになった。航空会社に復帰して、飛行機に乗って空を飛ぶいつもの日常に戻った。


 しかし、そんな日常も長くは続かなかった。


 既存のワクチンや治療薬が効きにくい新型コロナウィルスが発生したのだ。現在も新たなワクチンや治療薬の開発が進んでいるが、大きな成果には至っていない。


 日本を含む世界の経済活動も再び停滞することになり、人々は更なる困難に直面した。


 私の勤めていた航空会社も人の動きが再び途絶えたために売上が大幅に減り、財務が悪化した。会社自体の存続のためには、公的資金の注入しか方策がなく、事実上の破綻となった。その代償として、航空事業は大幅に縮減し、大規模なリストラが行われた。


 リストラの対象者に、私やあかり、ちなみは含まれていなかった。しかし、私は会社を辞める決心をして、生まれ育った東京を離れることにした。





「里琴、そっちにいるなら早く玄関を開けて」


 お母さんの声が店内から聞こえる。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

 足元に気を付けながら、鍵を取り出して玄関を開ける。


 私とお母さんは、いま南海市で居酒屋を営んでいる。このご時世、地方で飲食業なんてハイリスクだと反対する人が多かったが、東京での感染リスクやお母さんと一緒にできる仕事を考えて、私が経営者となってお店を開く決断をした。


 幸いにして、南海市は新型コロナウィルスの影響がほとんどなく、飲食業に対する休業要請は一度も出ていなかった。これも県境移動に強い規制がかかり、人々が県をまたぐ移動ができていない結果だろう。





 小鉢の仕込みを終える。あとは、汁物を沸かすだけだ。


 玄関の扉が開く。


「いらっしゃいませ」


 今日一番のお客さまに、元気よく挨拶する。


「うい~っす」


 客は清家だった。

 ふてぶてしい態度は相変わらずだ。


「今日は早いのね」


「12時から打ち合わせがあるけん、早昼にしたんよ」


 清家が席に着くと、再び玄関の扉が開いた。


「里琴さん、こんにちは~」


「お疲れ様です、里琴さん」


 亜利紗と毛利くんが一緒に入ってくる。


「亜利紗、毛利くんいらっしゃい。みんな今日は早いね」


「清家さんに誘われて、少し早いですが来ちゃいました。今日は何にしようかな~」


 亜利紗が足取り軽く、テーブルに向かう。


 ふと、毛利くんの後ろに人影が見える。

 よく見ると、大きな背中に隠れるようにして、越智くんがいた。


「ちょっと、越智くん。食べに来るんだったら、先に行ってよ」

 越智くんに文句を言う。


「ご、ごめん。みんなに誘われて断れなかった」


「朝早くからお弁当を作った意味がないじゃない」


「ご、ごめん。ここで食べる」


 私は大きくため息をつく。越智くんは覚束ない足取りでテーブルに向かう。


 昨年、私と越智くんは結婚していた。

 馴れ初めは割愛するが、みんなの前では恥ずかしいので苗字で呼んでおり、普段は「忠」という名前から、チュウくんと呼んでいる。


「夫婦喧嘩は他所でやってや。犬も牛鬼も食わんけん」


 清家が茶化してくる。

 思わず睨み返すが、清家には恩義があって今までのように強く言えないところが悔しい。


 私がお店を出す資金などを工面できたのは、清家のおかげだ。

 彼は南海市に本社がある食品販売会社の息子だった。清家の両親が経営する会社は四国県でも有数の企業だったため、当然に金融機関や不動産事業者にも顔が利く。そんな清家一族の助けにより、銀行からは難なく融資を受けることができ、店舗も非常に良い条件で借りることができた。


 出向していたときは知らなかったが、清家が御曹司だと分かって、彼のどこか余裕ぶった性格に納得した。


「清家さん、里琴さんを困らせたらいけんからね」


 亜利紗が清家をたしなめる。亜利紗はいつでも私の味方だ。


「さすが、亜利紗は正義の魔法少女やけんな」


「もう、その話題はやめてください」

 心底うんざりしたように、亜利紗はため息をつく。


 私が東京に戻ってからも、亜利紗の魔法少女フィーバーはネット上で続いていた。

 新型コロナウィルスが落ち着いていた時期には、わざわざ遠方から亜利紗を見るために、南海市役所に押しかけてくる人までいたようだ。


 清家はこのことを南海市のPRにどうにかして利用しようと企んでいたようで、アニメの制作会社と定期的にコンタクトをとっていたらしい。


 そんな中でたまたまではあるが、原作者の両親が南海市出身ということが分かり、先方も何かの縁を感じてくれたらしく、ふるさと納税の返礼品として魔法少女の限定グッズやポスターなどが使用されることになった。


 魔法少女限定グッズの影響力はすさまじく、ふるさと納税の寄付額が大幅に増えることになり、毎年新記録を更新していた。


 ブーム当初、亜利紗は髪型を変えるぐらい思い悩んでいた。

 しかし、最近になってようやく沈静化しつつあるようで、調子は戻ってきた。ただ、今まで以上に牛乳瓶眼鏡へのガードは固くなっている。


「清家さんのせいでまた思い出したけん、美味しいものを食べて気分を切り替えんと。里琴さん、今日は奮発して、鯛めし定食にします」


 亜利紗に続いて、毛利くんが待ちきれなかったのか注文を言ってくる。


「里琴さん、僕は日替わり定食でお願いします。あと、卵もお願いします」


 毛利くんはいつも卵を追加で注文する。飲食業をしていると、その人の好みが分かって面白い。


 毛利くんも結婚しており、今では一児の父親だ。

 南海市PR作戦の時には、すでに彼女がいたらしく長い付き合いのようだった。市内に一戸建ても購入しており、住宅ローンが大変だと愚痴をこぼしていたが、表情はとても幸せそうだった。


 みんなからの注文を受けて、手早く調理する。


 焼きあがった魚と小鉢を配膳して、テーブルに料理を運ぶ。


「ところで、白いチョココロリンは製造中止になりそうなの?」


 少し前に、越智くんから白いチョココロリンが危ういと聞いていたので、残りのメンバーに質問する。


 亜利紗が苦笑いしながら答える。


「残念ですが、売上がかなり減って利益にならないので、製造中止とのことです。景品の真珠も、最近は全く話題にあがらなくなりました」


 ブームはいつか落ち着くのが定めだ。

 南海市PR作戦で企画した白いチョココロリンも発売から2年ほどは話題になったが、いつしか下火になっていった。


 下火になった原因は、もちろんネットで飽きられたためだ。

 また、フリマサイトやオークションサイトに景品で当たったと偽った真珠が多く出回った。製菓会社や市役所も完全には取り締まることができず、事実上放置するものも多かったために、一部のネットユーザーから非難を浴びる結果となった。そのことも真珠を集める人々にとって必死になるのが馬鹿らしくなり、冷めてしまったのだろう。


 清家が塩サバをつまみながら、話しかけてくる。


「まあ、期間限定の発売やったのに2年もブームが続いたんやから、よしとせんといけんやろ」


「そうだよね」

 少し寂しかったが、私も同じ感想だ。


 玄関口の扉が開いて、他のお客さんがやってくる。私は4人との会話を切り上げて、接客に向かった。





「ごちそうさまでした」


 食べ終えた4人が席を立つ。

 今日はお客さんが少なくて暇だったので、私は4人を店先まで見送る。


「越智くん、食べ終わったお弁当箱は置いていってよ」


「ごめん、忘れていた」


「越智は完全に里琴の尻にしかれとるな」


「僕も妻には頭が上がりませんよ。尻に敷かれるのが夫婦円満の秘訣だと思います」


「そんなの俺には無理やけん」


「まず、清家さんはその性格を直さんと結婚できんてや」


「亜利紗が貰ってくれるんなら考えるか」


「え~、無理やけん」


 みんなで笑う。


「またきてね」


 4人が去っていく姿を見届けて、店の中に入る。

 厨房に近づくと、皿洗いをしていたお母さんが小言を言ってくる。


「あんまり無理するんじゃないよ」


「うん、大丈夫」


 お母さんのおかげで、立ち仕事はかなり減らされていた。


 ゆっくりとお腹をさする。新しい命を授かって、もうすぐ4か月になる。


「安定期まで仕事を我慢できないものかね」


「だって、お店の稼ぎがないと暮らしていけないじゃない。お母さんだけだと、たくさんの人はさばけないし」


 つわりもあったが、働いている方が気は紛れる。やはり、私の性格からして動いていたほうがよいのだろう。


 何人かのお客さんを見送り、ランチの営業を終える。お母さんは夜の営業に向けて、仕込みを始めていた。


 ランチ用の看板を片付けるために玄関口へ向かう。


 扉を開けると、一気に夏が入り込んできた。

 蝉の泣き声、潮のにおい、照り付ける太陽を感じて、空を見上げる。


「あっ、虹だ」


 薄っすらとだが、七色のアーチが空の片隅にかかっている。

 虹を見るなんて、何年ぶりだろうか。


 視線をさらに上空に向けると、飛行機雲もたなびいている。

 少しだけ、昔のことを思い出しそうになる。


 これから私たちにはどんなことが待ち受けているのか。

 きっと、辛いことや悲しいこともあるだろう。

 でもそれ以上に、楽しいことや嬉しいこともたくさんあるはずだ。

 どんな場所にいても、私は私らしく前向きでいたいと思う。


 少しだけ大きくなったお腹に触れる。


「生まれてくるころには、コロナが落ち着いていたらいいね」


 この子が生まれてくる世界は、もっと平穏な世界であってほしい。

 そう願いながら、私は青空に向かってほほ笑んだ。





あとがき


 最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。


 まず、新型コロナウィルスで奮闘いただいている医療関係者の皆さまに感謝申し上げます。


 この小説の構成上、新型コロナウィルスの経済的な損失部分を主に取り上げていますが、当然に一番大切なものは、命を救う医療だと思っています。


 また新型コロナウィルスだけでなく、日々の暮らしの中で、私たちは医療関係者の方々に支えられていると実感する出来事がいくつもありました。


 本当にありがとうございます。



 次に小説について、少しお話します。


 舞台の南海市ですが、とある実在する市を用いています。小説内にある単語をネット検索に打ち込めばすぐに出てきますが、そうせずとも気付いていただいたのであれば、ちょっと嬉しいです。


 今は新型コロナウィルスが蔓延して、なかなか県外移動できませんが、新型コロナウィルスが落ち着いて四国に旅行する機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。新鮮なお魚を始め美味しい料理がたくさんあります。

 個人的には、卵かけごはんに鯛の刺身が入った「鯛めし」が特におすすめです。また、歴史好きの方はお城や博物館などが面白いかもしれません。小さな街なので、移動も徒歩で大丈夫です。



 これを書いている時点では、新型コロナウィルスは収束期に入っているようです。

 物語の最後のような状況にならず、このまま新型コロナウィルスが終息して、いつもの日常が戻り、気兼ねなく誰かと会える日が来ることを切に祈っています。


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