休みと弟
それからというもの、私は突然消えたこともあり体の検査も兼ねて1週間を先生の屋敷で過ごした。
その間に先生は私にたくさんの魔法の基礎を教えてくれた。魔法がどうやって作られているのかが謎なこと。人が使える魔法は全て本に記されていること。もちろん使えたとして、使ってはいけない禁忌も本に記されていることも載っている。流石に同じ本には載っていないらしいけど。
妖精に関しては見える人と見えない人がいることから、幽霊のような存在になっているらしい。式で表せるという科学者もいれば、実際に存在している生物という者もいたり。思想は様々だけれど、感心がない訳ではないらしい。
「私、先生に1つ言い忘れていましたわ。妖精のことで」
「ん?ああ、結局妖精はいたのですか?」
「えと…いたにはいたのですが、ようせいおうに、あってしまいましたわ」
「……はい?」
デジャブを感じた。先生は笑顔のまま表情が固まっている。目の前で手を振ったが反応が来なかった。
「はんのうがない。しかばねの……」
「どうしてそんな大変なこと忘れてたんですか!!」
「……」
せめて最後まで言わせて欲しかった。私の考えていることを知ってか知らずか、先生は興奮気味に私に質問攻めをする。
「伝説上の物語にしか出てこない王が本当にいるとは!妖精王はどんな方ですか!?見た目は!性格は!匂いとか…!!」
「待ってください!ちょっと、おちつきましょう?」
ハッとした様子で渋々先生は私から離れる。そして、一息ついて私に向き直った。
「ええと…見た目はふつうの、おとこのひとでした。でも、すごくびけいですね」
「なんと!して、その妖精王はなんの王でしたか?」
「…つちとおっしゃってました。まわりに、くさばなも、はえていたので、ほんとうかと」
「ほうほう…」
「そして、せいかくは…ええと、おおらしいというか…じゆう?なかたでした」
「要約すると偉そう…と」
仮にも王の性格を要約して偉そうって…。とは思ったが、口には出さないでおいた。
「こほん。さいごに、においなんですが…おぼえてないのでわかりません。でも、なぜか、しゅくふくされました」
「え……王に、祝福……?」
「えっ……?」
何かいけないのだろうか。私が不思議そうな顔をしていると先生が口を開いた。
「本来、王とは人に姿を見せることもなければ世界の均衡を保つために誰かに祝福をもたらすこともないはずです。そのため、今ある6つの大国の建設当時の王から今まで誰一人として祝福を受けていない…まあ、伝説上の話ですが」
伝説上の話、と続けたのには暗に確実性がないだけなのだろうと私は特に聞き返すことはなかった。
それよりも思っていた言葉が声に出ていた。
「…もしかして、わたくし、たいへんなことをされてしまったのでは」
「祝福されたことは見ても調べても分かりません。言わなければ大丈夫でしょう」
その言葉に一瞬安堵した。けれど、先生は真剣な顔で言葉を続ける。
「ですが、祝福された者の死が近づくとそれぞれの属性の力で守ろうとすると物語にはあります。よほどのことがない限り貴女に死の危険はないと思いますが…」
「……」
詰んでしまった。これから理由もわからず死ぬかもしれないというのに、死の危険が迫ると守られるとは。しかも、あの偉そうな王でも一応は王だから力はあるはずだ。私一人を守るために、なにか犠牲になったら困る。
「…ちなみに、しゅくふくのへんじょうなどは、ありますか?」
「ないですよ。あったとしても、1度しかなかった、しかも物語での祝福でそんなの分かりませんよ」
たしかにその通りだ。けれど、今の私ではまともに魔法は使えないし声の主や先生に助けてもらっている状態だ。きっと先生に殺されそうになっていなければ、記憶も戻ってはいなかっただろう。
「先生…」
「なんですか?」
「そういえば、先生のなまえってなんですか?」
「……」
睨まれた。先生は深くため息をつくと、名前を教えてくれた。
「ユズリですよ。忘れないでください…といっても、その年じゃ無理がありますよね…」
「ごめんなさい」
素直に謝るとユズリは静かに頭を撫でてきた。
こんなことをしてる人が、私に攻撃して来たなんて信じられない。あの時どうしてユズリ先生を生かしたいと思ったのかも、謎のままだ。
「わたくし、とうぶんはおとなしくしますわ」
「それが一番です。そうです、弟君に会ってはいかがですか?体の調子もそろそろ平気な頃でしょう」
「あえる、の…?」
「ええ。そろそろ彼に課した課題も終わる頃だと思いますから」
そんな昼過ぎ日が傾く数時間前のこと。
ユズリは私を連れて屋敷の図書室へと向かった。
「あの…先生…」
「なんですか?」
「前にもこんなことありませんでしたっけ」
「そうですね。私が貴女を連れてどこかに行こうとしていることならつい数週間前にありましたね。違うところと言えば貴女を殺す気がない事ですかね」
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。悪びれもなく言い切ったユズリを、私は呆れと疲れで文句も言えない。
「着きましたよ。この中に弟君、ノア様がいらっしゃいます」
「え、ええ…」
「きっと大丈夫ですよ。普段は大人しいので貴女にいきなり襲いかかるようなことはないかと」
どの口が言っているのか。普段は大人しく勉強を教えていたどこぞの誰かさんは研究心のために突然襲ってきた。
「あなたみたいな、とくれいがあるから、しんようできないわ」
「あはは、ですよね」
彼は一体どんな人物なのか私には想像出来ない。とりあえず、私は早く弟に会いたくて扉に手をかける。
「はぁ…いってまいりますわ」
「はい、いってらっしゃいませ……」
ユズリが頭を下げようとした刹那、私が手にかけなかったもう一方の扉が勢いよく開いた。
内開きなので一切の衝撃も来なかったが、そこから飛び出してきた何者かが私の肩を強く打った。
「きゃっ…!」
「お嬢様!」
ユズリは私を抱きとめ、立ち直らせる。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……」
「……」
体勢を整えた私は改めてぶつかった相手を見る。
「っ……あなたは」
目の前にいる彼は、窓から差し込む光が深い紫色を銀へと変色させている。それがしつこくなくむしろ美しいと思えるのは、彼の顔立ちにもあるのだろう。髪と同じ色の、宝石のようにきらびやかな瞳に、5歳というに胸が締め付けられるような儚さを備えている。
きっと、こういう人を好きになる女の子は多いのだろう。
たとえ彼が病むことになるとしても…。
「…どなた、ですか」
「えっ…」
知らされていないのか、単に顔がわからないのか。どちらにせよ、私が姉と認識されなかったことに驚愕した。
「ノア様。こちらは、あなたの姉君のノルンお嬢様ですよ」
「……っ!も、もうしわけっ…」
「おまちになって!」
謝りながらも後ずさるノアを私は引き止めた。ノアは涙目で驚き、引き止めた私は何をすればいいのかわからず固まってしまう。
「あの…ごめんなさい。けがはなかったかしら?」
「っ……!」
ノアは、憎々しげに。悲しげに。子供とは思えないような顔をしては逸らし、手を掴む力を緩ませた私から逃げるように去った。
当の私は、その顔の意図を察しては何も言えずたちすくしていた。