68.帝国の落日
68話目です。
よろしくお願いします。
ノーティア軍のアナトニエ方面国境警備にあたっている兵士たちの不安は如何ばかりか。
目の前で敵が待機しているというのに、中央からの伝令によって国境に集まっていた戦力をごっそりとケヴトロ帝国方面に持って行かれた状態は、兵士達にとって士気云々以前の問題だった。
今の状態で侵攻を受けたら戦線を支えられない、というのは一平卒に至るまで共通して感じている認識だった。
いつか来るだろう、と思っている間、何故か「まだ大丈夫」と思ってしまったのは、アナトニエ側から侵攻される可能性は低いという認識のなせるわざだろうか。
だが、ノーティアの認識とアナトニエの事情は必ずしも合致しない。
日中。通常なら戦闘を仕掛けるには明るすぎる時間に、アナトニエからの攻撃は始まった。
『爆撃を開始する』
「こちらも準備は完了している。やってくれ」
ボルトからの通信にクロックが答えると、次の瞬間には頭上高くを通り過ぎたミョルニルとドラウプニルが、国境の先にあるノーティア側基地に向かって激しい爆撃を加えた。
「よし。こっちも架橋開始だ」
クロックが乗るトリガーハッピーのアームが上がると、待機していた架橋トレーラーが動き出し、国境を隔てる深い谷へと後部を向ける。
樹海に近い、かなり狭くなっている部分ではあるが、それでもトレーラーが橋を架けられるギリギリの距離だ。二台のトレーラーが同時に折り畳みの橋を展開し始めると、爆撃を逃れた数機の敵機が妨害するためか砲を構えて近づいてくるのが見えた。
「甘い」
クロックはトリガーハッピーを操り、背面のカーゴからミサイルランチャーを取り出すと、流れるような動きで射出する。
空になったランチャーをカーゴに戻し、レールガンを取り出し始めたところで着弾。多くの破片を着散らしたミサイルは、敵機を残らず叩き潰した。
「もう終わりか。早いな」
『こっちも終わりだ』
『先の方にも敵の影はありません。このまま制空権を確保します』
ボルトとナットから連続して通信が入る。
「敵の伝令はどうだ?」
『トレーラーを二台。魔動車を一台逃した。あれが中央に伝えるだろう』
「上出来だ」
もちろん、三台の逃走は敢えて許した。ケヴトロ方面へ戦力を集中させないための陽動である以上、ここでの戦闘を近くの基地なり王都なりに伝えて、増援をこちらに回させる必要があるのだ。
クロックは作戦の成功を伝えるため、後方へ向かって機体の手を振った。
遠く見えるストラトーの人型魔動機の一体が、了解の意思を伝えるためのハンドサインを送ってくる。
機体の向きを変えると、架橋トレーラーは順調に稼働していた。
「ふぅ……後はアナトニエの連中の仕事だな」
橋が架かると、一台のグランドランナーが渡って対岸の守備に就き、グランドランナーなど新型や、ストラトーの人型魔動機が次々と渡って行く。
仮の橋ながら頑丈で、同時に三機の魔動機が乗り込んでも小揺るぎもしない。
通常の渡河作戦等、他の状況でも使える、とクロックが改めて驚嘆していると、一機のアナトニエ機が近づいて来た。
ハッチを開き、身を乗り出して見せたのはユメカだ。
「クロック殿。あのトレーラーは素晴らしいですね」
応えるようにハッチを開けたクロックは、機体の上に身を乗り出した。
「あれもスームが作った奴ですよ。本来なら、もっと派手な戦闘を予想していましたからな。多少の攻撃を受けても大丈夫、と奴は言っておりました」
「やはり、大した人物です。……彼を、我が軍に譲っていただく事は考えられないでしょうか?」
そら来た、とクロックは内心で笑った。やはりスームは随分とモテるらしい。
「残念ですが、わしの一存ではなくアイツ本人の問題ですな。少なくとも、今は説得もできんでしょう」
「そうですか。不躾な事を言って申し訳ありません」
「気持ちはわかりますんでね。気にしないでいただきたい」
しかし、とクロックが改めて見ると、ユメカは人型魔動機のコクピットが良く似合う。というより、かなり馴染んで見えた。
「自ら魔動機に乗って指揮をなさるのですな」
「小官は本来魔動機乗りです。正直な所、指揮官というのは性に合いません……できる事なら、このままノーティア中枢まで侵攻したいものですが……いえ、これは軍人としては間違いでした」
聞かなかった事にしますよ、とクロックは苦笑いで答えた。
「そうですな。であれば今後はアナトニエ代表として魔動機競技に参加されてはいかがですか」
「競技会に……そうですね。戦争がない間は、それも悪くないかも知れません」
肯定的な言葉を言いながらも、ユメカの視線は自分の愛機に向けられて、どこか寂しそうに見えた。
ユメカは知っている。その競技会がスームが開発した機体を中心に開催される見通しである事を。
参加するとなれば、今まで任務を共に潜り抜けてきた愛機ともお別れになる。もちろん、旧式の機体である以上は、軍人としてももう下りる時期が近付いているのだが。
「その期待に愛着があるんですな。わかります。わしもこの機体に慣れてしまって、どうも他の機体を上手く扱える気がしませんわ」
豪快に笑うクロックに、ユメカもつられて笑みを浮かべた。
「それに、無理に愛機を離れる必要もありませんよ」
「えっ?」
「スームなら、そいつを上手く改良してくれるでしょう。それこそ、ユメカ指令に合わせてオーダーメイドで」
「そうですか……!」
ぱあっと明るい表情になったユメカは、いそいそとコクピットへ戻りながら、クロックに手を振った。
「では、作戦を続けます」
「ええ。わしはこちら側でミテーラと一緒に警備を続けます」
アナトニエ主力は国境の向こうで布陣しなおして、敵の国境警備隊の生き残りを捕虜にし、援軍が来ればこれと戦う事になっている。
重量の問題で愛機クォキノが谷を渡れないミテーラと、遠距離からの支援火力を持つクロックのトリガーハッピーは、アナトニエ側で待機する事になっていた。
ノーティアが多少の援軍を送った所で、アナトニエが並べた新型機グランドランナーの砲撃と上空からの監視網を突破できるとは思えない。
接敵後、ほどなく叩き潰されるのがオチだろう。
☆★☆
「どういう事だ!」
玉座から皇帝が吠えると、周囲の者たちはすっかり萎縮してしまっていた。
情報を持ち込んだ兵にしても同様で、自分が報告をした途端に不機嫌に怒鳴り散らし始めた皇帝に対して、ただただ膝をついて震えている。
「ノーティアが攻めてきたと言ったな?」
「は、ははっ……!」
「そして、ヴォーリアとアナトニエの軍勢がこれを迎え撃っていると」
皇帝の威圧感をたっぷりと含んだ睨みに、兵士は答えを口にする事すらできない。
「どういう事か! いつから帝国は他国の遊び場になったのだ!」
この場に居合わせている者たち誰もが、正確な情報など持っていない。あまりに電撃的なアナトニエの侵攻は、各基地からの連絡すら途絶えさせていた。
もはや、帝都は孤島のようになってしまっている。その中でも、さらに王城内は砂上の楼閣そのものであった。
中にいる者たちには、気付けなかったが。
「とにかく状況を確認せよ! 新型の巨大魔動機がアナトニエを叩いて戻れば、まとめて追い出す事も出来よう」
事ここに及んで、皇帝はホワイト・ホエールの勝利を疑っていなかった。
国内に敵国の兵が入り込んでいる理由も、何かの手違いによる誤報か、人的な見落としだと考えたのだ。
実際に、皇帝がこう考えたのも理由がある。
死亡したカーグリート将軍も懸念していた事だが、人的資源を戦争でいたずらに消耗してきた帝国は社会的な構造に支障をきたしており、原因となっている軍ですら、人為的なミスを繰り返し始めていた。
問題は、その根本的な原因に対して皇帝が何らの対策も取らなかった事だろう。
「失礼します!」
一人の騎士が入室し、皇帝へ近づき声を押えて報告を上げた。
「マイコス将軍が戻り、陛下へ謁見を求めておりますが……」
「ようやく戻ったか……良い、通せ」
遅い、と苦々しい表情を浮かべた皇帝だったが、新型で出撃したマイコスが無事に戻ったと言う事は戦勝の報告であろうと踏んで入室を許可した。
さらに国内で蠢動する他国の軍勢を叩く事を大々的に命じる事で、萎縮している周囲の腰巾着共に喝を入れてやろうという腹もあった。
だが、入ってきたマイコスの表情は厳しい。堅く引き結んだ口が開かれたのは、跪いた状態でしばらく待ち、皇帝が直言を許可してもしばらく間をおいての事だった。
「……ご報告いたします。新型機ホワイト・ホエールは撃墜されました。さらに、アナトニエの地上軍は我が方の軍と傭兵団ソーマートースを破り、国内へ侵入。今は我が方の軍事基地が次々と破壊されているようです」
抑揚のない声で淡々と告げられた報告に、聞いていた者たちは激しく狼狽していた。
国内の基地が攻撃されているとすれば、最終的に帝都へと敵が押し寄せてくるのは想像に難くない。
誰もが脳裏に“逃亡”かそれに類する言葉を浮かべている。
「……どういう事か! 貴様には莫大な金額を掛けた機体を与えていたはずだ! それが敗北しただと? ならば何故貴様はここにいる! 何故死んでおらぬのだ!」
激高する王に対し、マイコスは黙ったまま膝をついていた。
「……答えよ! 今は生かしておいてやる!」
話せば極刑に処される事を恐れていると考えた皇帝は、まず命を安堵する事で口を割らせようとした。
だが、マイコスはまだ迷っていた。
自らが死ぬ事より、王を如何にして止めるかを考えていた。説得が通じれば、これほど楽な事は無いのだが、と淡い希望を抱く自らに冷笑すら浮かぶ。
「……畏れながら、皇帝陛下。私が生き残る事ができましたのも、敵の慈悲によるものです。それだけ、彼我の能力差は明らかであると言えます」
ざわめく周囲をマイコスは忌々しく思う。
安穏とした環境に浸り、周囲の国がどのように動いているか、それどころか足元に住む民衆たちがどれほど喘いでいるのか知ろうともせず、喉元に剣を突き付けられてようやく狼狽える連中が、心底醜く見えた。
「陛下。敵の将は我が帝国を潰すつもりは無い事を明言いたしました。……軍人として、あの新型兵器ですら難なく撃墜するアナトニエの戦力には、もはや対抗の手段は無いと考えます。私の首を差しだしてでも陛下に手出しはさせませんから、どうか……」
マイコスの懸命な説得は、皇帝が受け入れられるような内容では無かった。
帝国の軍は弱い。帝国は勝てない。頭を垂れてアナトニエに恭順せよ。
間違っていないが、目下の者からそれを提案されてすんなり受け入れられる程、皇帝は寛容でも無ければ、現状に納得している訳でも無い。
「ふざけるな! 軍人として必勝の矜持すら捨てたか、この売国奴め!」
皇帝の中では、ケヴトロ帝国は“魔動機戦闘を世に定着させた盟主”であり、“強大で並ぶもののない軍事国家”であった。それは幼少から大人たちに繰り返し教わった事であり、事実玉座に付いてからも耳に届くのは勝利の報告だけだったのだ。
その事に疑問を持つべきだったが、疑問は生まれる前に周囲の者にかき消されていた。敗北は別の勝利にて糊塗され、耳良い言葉以外が届かない環境に置かれた不幸が、今まとめて皇帝を襲っていた。
彼の事をマイコスは皇帝に対して使う言葉では無いかと感じつつも“不幸な人だ”と評していた。
マイコスの言葉があまりにもストレート過ぎた事もあったが、迂遠な言葉で伝えても皇帝の意思を曲げる程の力を持たないと考えたマイコスの成功でも失敗でもある。
結果として、皇帝はマイコスがもたらした話の全てから目を逸らした。
「もうよい! 貴様の戯言をこれ以上聞くつもりは無い!」
「お待ちください。今ここで決断していただかなければ、無駄な戦闘が続き、兵士たちが……」
「無駄だと!?」
玉座の肘掛けを殴りつけ、皇帝は立ち上がった。
「貴様は、帝国の兵が国の為に戦うのが無駄だと言うか!」
「帝国の為を思われますならば、すぐに矛を収めてアナトニエと和解なさいませ。それが帝国の命を長らえる最善の策です」
でなければ、とマイコスは懐にある金属の塊を握りしめた。
「できぬ。ありえぬ! 帝国は常勝である。アナトニエなどという田舎国家に膝をついて良いはずが無い!」
「アナトニエは既に田舎国家ではございません。強力な新型魔動機を揃えた、この世界最強の軍を有する国家です。どうか……どうか勇気あるご決断を……!」
だが、マイコスの祈りは通じることは無かった。
彼の言葉は皇帝にとってアイデンティティの崩壊をもたらす危険な響きにしか聞こえない。いよいよ不快感に耐えられなくなった皇帝は、傍らにいた護衛が腰に提げていた剣を奪い取った。
「そこへなおれ、貴様のような反逆者は余が直々に成敗してくれる!」
抜き身の剣を握って近づいてくる皇帝に、マイコスは「残念です」と小さく呟いて立ち上がった。
「この件については、あの世でいくらでも謝罪させていただきます……御無礼を」
「なにっ!?」
マイコスが握った拳銃から放たれた弾丸は正確に皇帝の心臓を叩き、至尊の人物を絶命させた。
「突入!」
同時に、マイコスの掛け声によって雪崩れ込んできた兵士たちにより、謁見の間に居合わせた者たちは瞬時に制圧、捕縛された。
護衛も剣を皇帝に渡していた事も有り、ろくな抵抗もできずに取り押さえられた。
「……はあ」
マイコスは拳銃を自分の頭に向けたい衝動を抑えて、次の指示を出す。
「皇太子殿下に伝えろ。皇帝陛下はたった今崩御なされた、と」
皇帝を失い、クーデターによって首脳部が一掃された帝国は、マイコスらに擁立された皇太子が命じた形をとって、急ぎアナトニエ王国との協議へと準備を始める事になった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




