67.詰めの任務
67話目です。
よろしくお願いします。
「変ですね」
「そうね。変ね」
引き続きノーティア王国との国境で待機していたユメカとミテーラは、天幕の中で顔を突き合わせていた。
お互いに、困った顔をしている。
というのも、ノーティア側の国境警備部隊に変化が見えたためだ。
敵が戦力を増強したという事であれば、いつ戦闘が始まっても良いように改めて兵士たちを叱咤するだけなのである意味分かりやすいのだが、今回は違う。
「まさか、戦力を減らすなんて、ね」
「何を考えているのかわかりません」
目に見えて警備部隊の戦力は削られていた。
もちろん、アナトニエ側から何かやったというわけではない。ノーティア側が突然魔動機をトレーラーに積んで移送してしまったのだ。
「念のために、国境を侵して上空からの偵察も行いましたが、周囲七十キロの範囲には待機している様子もありません」
それ以上離れれば、連絡も遅れ、有事に即応する事は難しくなる。
ユメカは、ノーティアの一部国境戦力は完全に撤退したと判断した。問題は、その目的だ。
「今この時点で国境から戦力を退く理由となると、中央で何か問題が発生したか、あるいはもう一方の国境で何かが起きたと見るべきでしょう」
ノーティアが国境を接するのは、残りはケヴトロ帝国のみだ。
「念のため、カタリオの部隊にも連絡を回していますが、あちらはケヴトロ帝国へ侵攻中なので、連絡がいつつながるかわかりません」
「不思議ね。帝国はアナトニエに対する対応で手いっぱい。もっと言えば、あちこちの基地を叩かれて戦力としては瓦解寸前のはずよ」
「という事は、逆の可能性もありますね」
ユメカは「あくまで想像ですが」と前置きをして続ける。
「ノーティアの方がケヴトロ帝国に対して攻勢に出たという可能性です」
「そんな可能性あるかしら? 確かにずっと国境で小競り合いはしていたけれど、ここ最近はアナトニエに対して共同歩調を取っていなかった?」
実際に、ケヴトロ帝国からの間諜であったハニカムはノーティアを通じて回収される動きがあった。
だが、ユメカはそう単純でも無いと見ている。
「我が国にいる一部の馬鹿共もそうでしたが、ノーティア内の一部の貴族などが帝国に協力していただけの可能性が高いと見ています」
国としてはケヴトロ帝国との戦争中であるというスタンスに変更が無い以上、アナトニエとの関係改善の為にケヴトロ帝国に対して戦力を割り振った可能性も考えられる。
「もっと穿った見方をするならば、弱っているケヴトロ帝国に対して攻勢に出る事で、低いリスクで領土を獲得しつつ、戦勝国としてアナトニエと肩を並べようというのではありませんか?」
虫のいい話ね、とミテーラは鼻で笑いつつも、その可能性を排除できなかった。
「仮にそういう状況であるとして、どうするの?」
「……王都の騒動が終わるまでは、変に動かない方が良いでしょう。その後に指示を仰いで……」
「失礼します!」
天幕の外から声がかかる。
「カタリオ指令からの伝令が到着いたしました!」
「どうやら入れ替わりになったようですね。入ってもらってください」
「はっ!」
「失礼します」
言いながら天幕へと入ってきた兵士は、どことなくユメカの部下たちとは顔付が違うようにミテーラには見えた。
今ノーティア国境にいる兵士達は、概ね厳しい顔つきで生真面目な雰囲気が漂うのだが、伝令はどちらかと言えば気楽な表情をしていて、カタリオに雰囲気が似ている。
上の空気は下に伝播するものなのか、とミテーラが感心していると、伝令は報告を始めた。
「カタリオ指令より連絡です。ノーティア王国軍がケヴトロ帝国への侵攻を開始! カタリオ指令率いる軍は帝国内でヴォーリア連邦と協力して鎮圧にあたるので、ユメカ指令にはご協力を賜りたい。以上です!」
同時に手渡された紙にも、汚い文字で同様の事が書かれ、見覚えのあるカタリオのサインが入っている。
「ご協力、とは?」
「そのようにユメカ指令にお伝えすればご理解いただけると言われておりました」
詳しい話は、伝令も聞いていないらしい。
「どういう意味?」
ミテーラの質問にユメカは腰に手を当てて嘆息する。
「要するに、ノーティアの戦力集中を邪魔しろという訳です。こういう事ばかり押し付けて……大体、なんでケヴトロに侵攻したノーティアと戦う話になるんですか。おまけにヴォーリアと協力? まずは陛下に連絡するのが筋でしょうに……」
止まらない不満を垂れ流しているユメカに伝令は困り果て、ミテーラは肩をすくめた。
「ユメカ。不満はわかるけれど、貴女が動かないと誰も動けないよ。どうするの?」
「あっ……」
顔を赤らめたユメカは、伝令に了解の連絡を返すように伝えると、ミテーラと共に天幕を出た。
「王都へ向けて伝令を出します。ですが、ノーティアがカタリオたちの方面に戦力を集中するのは急ぎ妨害する必要があるでしょう。返答を待たずに、国境で戦闘を開始します」
話しながら向かっているのは、コープスの団長であるクロックがいるはずのトレーラーだ。
「お、丁度いいところに」
そこには、いつの間に戻って来たのか、ボルトとナットの機体もあった。
クロックがユメカを見つけると、戻ってきたばかりらしい兄弟二人、そしてラチェットと共に立ち上がって迎えた。
「戻られていたのですか」
「ああ。それにお姫様からの伝達もある」
クロックはボルトからメモを受け取ると、読み上げた。
「王都に問題無し。ノーティアへの攻撃および部隊行動については、引き続きユメカに任せる……とさ」
信頼されていますな、とクロックは笑った。
肩の力を抜いたユメカは、結局そうなるかと苦笑いした後、すぐに顔を引き締める。
「コープスの協力をお願いしたい事があります」
ユメカは、用意した架橋トレーラーを使用するに当たり、援護をお願いしたいと切り出した。
☆★☆
「また派手に壊したな……」
コープス基地へと移動したトレーラー。そこに載せられているハードパンチャーとその横に置かれたホッパー&ビーを見比べて、スームは呟いた。
「ごめんなさい……」
しょんぼりしているリューズの頭を撫でて、スームは嘆息する。
「戦闘の結果だから仕方ない。それに、俺が抜けた戦場で孤軍奮闘した証拠だからな。怒る訳がないだろう」
ボルトとナットはセマの使いとしてすでに出発しており、王都では戒厳令が解かれて民衆は騒然とした状況から素早く回復しつつあり、城内では多くの兵士が残党の確認や死体の回収に当たっている。
セマの依頼により、スームもケヴトロ帝国内での戦闘に参加する事になっていたが、そこにリューズとコリエスが「参加する」と言い出したのだ。
「コリエスのイーヴィルキャリアは良いんだが、リューズの機体がな……」
大破状態のハードパンチャーは、すぐに修理ができるような状態では無い。というより、一から作り直した方が早いくらいだ。
「かと言って、ホッパー&ビーは修理したところでお前の戦闘スタイルには耐えられないだろうな」
だから留守番を、と言おうとしたスームは、リューズの視線にたじろいだ。
「コリエスだけ連れて行くって言うんじゃないでしょうね?」
「あー……でもな、実際問題として戦闘に参加する手段が無いだろう」
目を逸らしてむくれた表情をしているリューズの肩を抱いて、スームは呟いた。
「戦争はこれで終わる。ケヴトロを叩いてノーティアが動かなければ……動いても、俺ならすぐに抑えられるのはわかるだろう?」
リューズにはちゃんと話が聞こえているらしく、小さく頷くのが見えた。
「それに、コリエスも置いていく」
「えっ?」
思わず顔を上げたリューズに、スームはキスを落とした。
「トレーラーで行っても間に合わないし、ノーマッドじゃ機体を抱えて飛ぶのは無理だ。二人でセマと王様を守っててくれないか。帰ってきたら、しばらく二人でどこかに行こう」
「……わかった。その代わり、早く終わらせてきてよね」
「ああ。分かってる」
照れくさいのか、機体整備をしているコリエスを手伝ってくると言って、リューズはガレージに向かって駆けて行った。
「仲が宜しくて結構ですね」
「見てたのか。王族の趣味としては、覗きは似合わないと思うぞ」
「失礼ですね。外で堂々とやっている方がいけないのです」
コープスの基地へやってきたセマは、頬を赤らめていた。幼い頃に母を亡くした彼女は、初めて目の前で恋人同士の仕草を見たらしい。
「初心だなぁ。王女となれば、求婚あらアプローチはいくらでもあったろうに」
「そういうものではありません。下級貴族の娘ならまだしも、王族にうかつに近づくような貴族はおりませんよ」
「不自由な事だな」
貴族というのが如何に窮屈なものかを、スームはこの世界に来てから改めて知ったのだが、うかつにお抱えになるのは面倒だと思ったのもその辺りがある。
「相手位は、自分で選びたいとは思うからな」
「あら、相手を選べたとしても、その相手が振り向いてくれるとは限りませんよ。貴方とリューズさんは幸運だったと思うべきでしょう」
そんな事よりも、とセマは話を切り替えた。
「カタリオから連絡がありました。ノーティア王国がケヴトロ帝国へ侵攻し、カタリオはヴォーリア連邦と協力してこれを退けるつもりの様です」
セマの報告に、肩をすくめたスームは笑っている。
「ケヴトロを守るのか。まあ、漁夫の利をやられるのは腹も立つし、後の処理が面倒だからな」
アナトニエ王国としては、ノーティアが“戦勝国側”に入るのは避けたい。かの国はアナトニエの提案に対して明確な返答をしておらず、戦後の整理に支障をきたす恐れがあるからだ。
もちろん、これはアナトニエとヴォーリアの勝手な意見なのだが、その勝手な方向性をぶつけ合って舵取りの権利を奪うのが戦争なのだ。
正義や平等を議論するような段階でも無い。
「それで、わざわざそれを伝えに来たわけでもないだろう?」
「当然です」
セマは二つ折りにした書類をスームに手渡すと、少し背の高い彼の目を見て言う。
「依頼書です。すぐにカタリオのサポートに向かってください」
この言葉に、スームは首を傾げた。
「そりゃあ元々行くつもりだったからいいんだが……なんだこりゃ?」
開いた書類には、セマが口に出したものとは別に、もう一つの依頼が書かれていた。
「……皇帝との交渉?」
「本来なら私が行くべき案件ですが、危険度を勘案して、スームさんとカタリオの二人を全権大使として派遣することにいたしました」
「いたしました……って、いやいや、勝手に決めるなよ。それにカタリオはこの事を知っているのか?」
慌てるスームを見て、セマは思わず笑みをこぼした。
「ふふ……彼に直接伝えたら、あれこれ理由を付けて断ってくるのは明白ですから。任務として、ノーティアを追い払い、カタリオと共にケヴトロ帝国の首都に乗り込み、話を付けて来てください」
手段は問いません、とハッキリ伝えたセマの表情は、何か吹っ切れたような爽やかなものだった。
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