59.ラチェットの情報
59話目です。
よろしくお願いします。
クロックとユメカが率いるノーティア王国側国境は、静かな物だった。
そこへボルトとナットを借りる、とクロックの元へ王都の状況を持って来たスームは、すぐにノーマッドへ駆けあがって再び乗り込み、飛び去って行った。
ボルトとナットも、その後を追う。
速度的にはボルトがすぐにスームを追い抜いて行くのだろう。
そう思いながら、クロックはスームから耳打ちされた内容について腕を組んで考えていた。
「ラチェットが、ヴォーリアの狗か。おまけにアナトニエに引き込むとは。ずいぶんと大胆な事を考えるものだな」
その当人はストラトーの女性兵たちと楽しそうに会話に興じている。
戦闘どころかその兆候すら見えない状況で、多少は気のゆるみが出はじめていたが、緊張状態が続いても消耗するだけだ、とクロックはユメカと相談したうえで、あまり厳しい事は言わずにいる。
ユメカへと状況の報告を終えたクロックは、王都への援軍は今の時点では不要だと結論を出し、ストラトー隊長のミテーラがいる天幕へと向かった。
「あら、わざわざここに来るなんて珍しいわね」
「報告がある。……それと、一つ手伝ってもらいたい」
すすめられた椅子に座り、クロックはすぐに本題を切り出した。まずは、スームが来てボルトとナットが王都へ向かった事を説明する。
「さしあたって、王族を保護してから、そのまま造反者を制圧するか、もし大きな反乱が起きていれば、一旦退いて体制を整えてからの奪還になるだろう」
「わたしたちはアナトニエの組織だから、指示があればそうするまでよ。……もちろん、セマ様の指示に従うわ」
「助かる。ストラトーとやりあうのは面倒だ」
「勝てない、とは言わないあたりが正直ね。腹が立つわ」
とは言いながらも、ミテーラは笑っていた。彼女もスームが狙っているものを知ったうえで賛同している。
「それで手伝いって、なに?」
カップに注いだお茶をクロックへ渡し、ミテーラも自分のカップを持って正面に座った。
「ウチのラチェットを知っているか?」
「ええ。ウチの子たちと随分仲良くやっているみたいね」
それを良いとも悪いとも、ミテーラは言わなかったし表情にも出さなかった。
「彼がどうかしたの?」
クロックの口から、ラチェットがヴォーリア連邦からの間諜である事を聞いて、ミテーラはカップを落としかけた。
「あちち……だとしたら、ウチの子たちから、結構な情報が出ちゃってる可能性もあるわね」
「城の使用人からも情報が出ているようだ。まったく、面目ない……」
頭を下げるクロックを宥めて、ミテーラは話を進めた。
「で、ラチェットの始末を手伝って欲しいって事?」
今、このノーティア国境側に残っているコープスのメンバーは、対象であるラチェット以外は、クロックだけだ。
「捕縛だ。アナトニエ王国はラチェットを活用する事を考えているらしい」
「で、そのためには生かして捕まえる必要がある、というわけね。協力するのははやぶさかじゃないけれど、どうするの?」
「美人局、だな」
「性格悪いわね」
「臨機応変な対応と言ってくれ」
☆★☆
王都で一通り造反側の魔動機を叩き潰したスームたちは、トレーラーで半日程進んだ場所にある“ファード”という町に魔動機が密集しているのを見つけ、着陸した。
監視に出ていた軍人から、セマの指示でこの町に投宿する事になった事を聞き、治療院へと向かう。そこでテンプの治療が行われているらしい。
「もうちょっと速けりゃ……」
歯噛みをして唸っているのはボルトだ。
速度が自慢の機体に乗っていながら、間に合わなかった事を悔いているらしい。
「今さらグダグダ言うな。タイミングの問題だ。どう考えても物理的に間に合わなかった。それとも、俺が作った機体は遅かったか?」
スームに睨みつけられて、ボルトは「悪い」とこぼした。
「あれ以上速くなったら死んじまう」
「そういう事だ。反省は充分だ。まずはテンプさんをいたわるなり、良くやったと褒めるなりするべきだろうな」
スームの言葉に、ボルトは苦笑して同意し、その後ろでナットもにっこりと笑って頷いていた。
「なんだ、こりゃ?」
「あ、いらっしゃい。お疲れ様」
治療院の病室を訪ねた三人は、入口で立ち尽くしていた。
随分と広い部屋に一台だけ、やたらと立派なベッドが置かれている。そこに寝かされ、上半身を起こしたテンプは、スーム達の顔を見てはにかんだ。
彼女の周囲には五人程の女性がつき、それぞれにテンプの汗を拭ったり、タオルを清潔な物に代えたり、食事や飲み物を世話したりしている。
「あー……いつから貴族様の仲間入りをしたのかな? テンプ様?」
「やめてよ。王様がどうしてもって言うから」
スームの言葉に、テンプは顔をしかめた。
どうやら、王の依頼でこの治療院の一室を占有し、最高の治療をするようにと医師が命じられたうえ、急遽人を雇ってテンプの身の回りの世話をするように、となったらしい。
「おお、特別扱いもここに極まれり、だな」
「逆に落ち着かないわ。でも、王様からのお話だから、断るわけにもいかなくて……」
怪我そのものは、ふくらはぎに銃弾を受けたのみで、止血や縫合は終わっているらしい。
「だいぶ血を失っちゃったから、まだ立てないんだけどね」
「俺たちが不在の間、負担をかけて申し訳ない」
「気にしないで。私だってコープスの一因だもの。私のお蔭で王様からの印象は随分よくなったんだから、感謝してね」
コリエスは引き続きセマの護衛として張り付いているらしい。
「労うなら、コリエスをお願い。彼女がいたから助かった部分も大きいんだから。……これから、どうするの?」
「決まってる」
ボルトはナットの肩を力強く掴んで、歯を剥いて凶暴な笑顔をテンプに見せた。
「ふざけた真似をした連中は殲滅だ」
コリエスと合流したスーム達は、王及びセマの依頼により、王都奪還の命を正式に受ける事になった。
といっても、大概の戦力は潰した後であり、未だに城に籠っているであろう首謀者たちのあぶり出しと捕縛が主任務となる。
「私も行きます」
と、セマが宣言してしまい、スームは頭を抱えた。
「少数で城に籠っている王子やその周辺を捕縛ないし殺害する事になる。危険だ。それに最悪の場合、身内が死ぬのを目の前で見る事になるぞ」
「承知の上です。それでも、私が行かねばなりません」
セマは、最小限の首謀者を押えた後、自らが王城内での騒動が終息した事を宣言し、改めて城内の者たちに恭順の意を示させる事を考えていた。
「……コリエスと離れるな。俺とボルト、ナットで先行する」
「おい、スーム!」
ボルトがスームの腕を引いて離れると、声を押えて確認した。
「大丈夫か? コリエスがいてもどうなるかわからねぇぞ。一旦制圧してから迎え入れる形でもいいだろ」
「依頼者はセマだ。それに頭を押さえるのに肩書がある奴がいるのは都合が良い」
「作戦の為に女を危険な目にあわせるのか!」
ボルトの腕がスームの胸を押す。壁に背中を押しつけられたまま、スームは表情を崩すことなくボルトを真正面から見た。
「俺たちが先に行くんだ。危険な中に踏み込ませるわけじゃないだろう。それに、だ」
スームの腕が、今度はボルトの肩を掴んだ。
そのままぐるりとセマとコリエスの方へ、ボルトの身体を向ける。
「あいつももうルーキーじゃない。戦場を経験して、生きて潜り抜けた。……認めてやれ。仲間だろう?」
「……わかったよ!」
スームの腕を振りほどいたボルトは、コリエスに近づいて人差し指を突き付けた。
「いいか。わかってるだろうが、お前はもう守られる側じゃなくて、守る側に立ってんだ。その事を忘れるなよ?」
「当然ですわ」
指差しは失礼です、とボルトの手を払ったコリエスは、薄い胸を張ってみせた。
「わたくしは立派な傭兵であり、ゆくゆくはスームさんが考えた競技会で世界に名を広めるのです。こんな所で失敗なんてしていられませんわ!」
「へっ、そんな大それた希望があるなら、大丈夫か」
踵を返してスームの前に戻ってきたボルトは、笑っていた。
「やり方は任せる。一眠りしてくるわ」
「ああ、しっかり休んでくれ」
「休むのも仕事、って事だな。ずいぶん前にお前に教えて貰った事だ。コリエスにも教えてやってくれ。今からあんなに力が入ってちゃあ、本番で疲れちまうぞ」
☆★☆
「……参った。クロックがこういう搦め手を使うとは思わなかった。筋肉モリモリの肉体派なのに、やるじゃないか」
「馬鹿にするな。それに、今回はお前が自分で勝手に網に入り込んだようなもんだ」
手足を拘束され、夜の冷たい大地に転がされたラチェットは、それでも軽口をたたいた。
ミテーラが部下を使ってラチェットに誘われた者を特定し、夜の資材用テントにラチェットを呼び出させたのだ。
テントに入って、薄暗い魔力ランプに照らされるクロックの黄色いモヒカンを見た時、ラチェットは本気で驚いていた。その顔を見たことで、クロックは少し笑ってしまったほどだ。
「状況はわかるよ。俺の素性がバレたんだろう?」
最近はアナトニエの動きが激しかったから、少しやりすぎかとは思ってたんだ、とラチェットは自省の言葉を吐いた。
「それで、俺はどうなるのかな。コープスの規定に従って処分されるって事なら、なるべく痛くないようにお願いしたいね」
遅れてテントに入って来たミテーラとユメカは、ラチェットの言葉を聞いて顔を見合わせた。とてもじゃないが、捕まった間諜の態度ではない。
「……その性格は元からか。とりあえず、お前の処分はわしらの仕事じゃない。後の事は王国がやる。生き残りたかったら、王女様の慈悲にすがって、大人しくいう事を聞くんだな」
「ああ、助かる。ボルトあたりにやられたら、何十発も殴られそうだからね。ユメカ殿、どうかよろしく頼むよ。何なら、君が気になっている男性へのアプローチの仕方を教えてあげ……ぶへぇ!」
滑らかな舌で語るラチェットは、ユメカから固い軍靴のつま先を鳩尾に叩きこまれて、たまらず反吐を吐いた。
「くぅ~……さすが、女の子でも立派な軍人だ。痛ぇ」
「こんなのを我が軍に迎え入れるのは反対ですが……セマ様がそうお望みなら仕方がありません。無駄口を叩かず、大人しくしていなさい」
女の子の蹴りというのも悪くない、と気持ち悪い事を呟いていたラチェットは、ようやく痛みが治まって来たのか、顔を上げてクロックを見た。
「分かってるよ。俺の持っている諜報の技術を伝授しろってんでしょ。ヴォーリアから暗殺されないようにしてくれるなら、乗るよ」
ラチェットの言い草に、クロックも他の二人も驚いた。
「お前……知ってたのか」
「定期報告をするフライングアーモンドのパイロットに、情に厚い良い人がいてね。俺へのラブレターも俺からのラブレターも、ちゃんと届けてくれるのさ」
ユメカは乱暴にテントの幕を跳ね上げて、足早に出て行った。ラチェットの言うパイロットを探すためだろう。
「言っちゃなんだが……大したもんだ。男まで口説くか」
「その言い方は誤解を招くからやめてくれないか。でも、仲良くなるコツは男も女も変わらないよ。人間は心さ。真心があれば気持ちは通じる」
白々しい言葉を、目を閉じて役者のように朗々と語るラチェットを見て、ミテーラの方が舌打ちした。
「こいつ、わたしも蹴って良いかしら」
「わあ、待って待って! 流石にストラトー団長の蹴りはマズイ。クロック、助けて! 殺されちゃうよ!」
ミテーラを宥めて、クロックは暴れるラチェットを踏みつけた。
「ぐえっ」
「助かりたいならしばらくは大人しくしてくれ。わしまで恥ずかしくなってくる」
「頼んだよ。女の子たちからも狙われるかも知れないから、護衛をよろしく。報酬はちゃんとあるから」
「報酬?」
「アナトニエの王城で投獄されたままのハニカムの件さ」
どうしてその名前が出てくるのか、とクロックは続きを待った。
「今回の王城での騒動に乗じて、ケヴトロの工作員がアールと一緒に回収する予定になってる。今頃は王都を出てる頃だろうね」
「お前、どうしてそれを知っているんだ」
「たまたま、城に出入りする連中が話しているのを聞いた子がいたんだよ。巻き込まれないようにと口止めしたから、他に知っている者はいないだろうね」
そして、ラチェットはクロックとミテーラを驚かせる情報を吐いた。
「ハニカムの回収計画にノーティアも協力しているみたいだ。あっちはドンパチの最中だからね。こっちの国境からこっそり通すつもりだろうね」
さて、とラチェットは縛られた手を突きだした。
「せめてこいつを少し緩めて、あとは歩けるようにしてくれないか? 俺が想定した脱出ルートを説明するからさ」
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