48.傭兵
48話目です。
よろしくお願いします。
ヴォーリア連邦の首都はイエディスという名前の都市で、人口は四十万人程度。中央に広大な敷地を持つ王城がある。
城と言っても二階までしかない。季節によっては強い風が吹くうえ、地盤も弱いこの地域では、横に広げるしかなかったという事情もあった。
その首都上空に突然現れた飛行物体に、王都の警備兵たちは右往左往していた。それが魔動機である事に気付いた時点でかなり接近されており、砲撃しようにも指示すべき下士官たちですら対応に迷っていたからだ。
ひらひらと戦意がない事を示す白旗らしきものをぶら下げてはいたものの、兵士たちに徒に緊張させた事は間違いない。
「騒ぐな。あれの正体は大体想像がつく」
一人の偉丈夫が表と同様に騒がしい城内を鎮め、共を連れて城の正面。建物と門の間にある広い空間に立った。
「この世の中で、空を飛ぶ魔動機など多くは無い。まして、白旗を上げて来たのなら、応じるのが定めだろう」
「しかし、危険ではありませんか?」
「そのために、貴様ら護衛がいるのだろうが」
後ろから慌ててついて来た者たちからの苦言を鼻で笑ったのは、この国で軍のトップに君臨するハイアッゴという名の将軍だった。
彼は三十代の終盤と若いが、魔動機乗りとして大きな戦果を挙げ、旧態依然とした軍を改革する勢力の急先鋒として出世し、王の信頼も厚い。軍内部における男性優遇の雰囲気を作った人物でもある。
「あれはおそらくコープスの機体だ。つい先日届いた諜報からの報告にあった」
ハイアッゴは「そうですか」としか言わなかった部下たちに、苦い顔を見せた。情報に対する反応が鈍い。コープスという名前が何を表すのかすら、この連中は知らぬのだろう。
「見れば見る程不思議な機体だ」
ハイアッゴは上空からゆっくりと下降してくるノーマッドを見上げて呟いた。
「ああいう物を、我々も作れれば警備も随分楽になるのだがな。いや、軍事以外でも利用できる場は多いはずだ」
「あのような怪しい機体、あまり近くに行くのは危険ではありませんか? 空を飛ぶなど、どのような恐ろしい魔法を使っているのか、判った物ではありません」
これだ、とハイアッゴはため息を吐いた。
自分が理解できないからと言って危険だと断じて耳目を塞ぐような真似をする人間が大嫌いな彼は、もはや口を開く気も起きなかった。
巨大な魔動機だ、と見上げているハイアッゴの目の前で、ノーマッドは突然姿勢を変えて、横倒しになった。
「事故か!」
身構えた彼が逃げるべく足を一歩下げたところで、機体から持ち上がった脚部がしっかりと大地を踏みしめ、同じく収納されていた腕は、バランスを取るように伸びて、膝をついた姿勢になった機体を支えている。
「……形が、変わった……?」
呆然としているハイアッゴ他ヴォーリア連邦の一同は、砂埃が立ち上る中、機体中央部のハッチが開き、誰かが顔を出した事に気付いた。
「何者だ!」
「コープスの魔動機乗りスームだ。アナトニエ王国国王からの親書を持って来た。……おう、ハイアッゴじゃないか」
「スームか……」
ハイアッゴは名前を呼ばれて、奥歯を噛みしめて鼻を鳴らした。苦い顔をしたつもりだったが、そこには笑みも混じっている。
「久しぶりだな。いつ以来かな?」
軽い調子で声をかけながら、スームはコクピットから飛び降りた。その後から、文官カッシが恐る恐る機体を伝って降りてくる。
「お前がおれを殴って契約を破棄して以来だから、二年程だな」
「もうそんなになるのか」
コープスがヴォーリア連邦に雇われて仕事をしていた頃、ハイアッゴは既に盤石の地位を築いていた。
軍部の旧派閥に対する最終的な追い出しを行っていた時期で、一時的に軍部内の政治に集中するため、また派閥の入れ替わり時期をケヴトロ帝国から狙われないための補強としての国境防衛の依頼だった。
その時、偶々顔を合わせたスームとハイアッゴは魔動機の話で気が合った。一時期は忙しい合間に交流をしていたのだが、女性が戦場にいるべきでは無いと考えるハイアッゴに対して、スームは性別は関係無いうえ、ある部分では女性の方が優秀だ、と譲らなかった。
喧嘩は殴り合いに発展し、そこでコープスはヴォーリア連邦との契約を打ち切る事になった。
「お前がアナトニエの使者とは……やはり、コープスは全面的にアナトニエを支援する事になったのか」
「逆だ」
親書を手渡し、スームは短く答えた。
「逆?」
「俺がやろうと思った事に、アナトニエが協力する」
スームの言葉に疑問を抱えたまま、ハイアッゴは親書に視線を落とした。
「……良くわからんが、王へと伝える。中へ入ると良い」
「いや、俺の機体に触って欲しくないからな。ここで待っている。だが、その前に」
その場にどっかりと座り、スームは笑った。
「俺が考えている事を、ここでお前に話そう。王がここへ出てくるわけにもいかんだろう」
「はあ、仕方ない」
スームの向かいに腰を下ろしたハイアッゴは、部下に筆記具を持って来るように伝えると、スームを睨みつけた。
「わざわざお前が来たんだ。楽しい話が聞ける、と期待して良いんだな?」
「当然だ。それにしても、お前がいて良かった。魔動機についての知識がある相手だと、説明も楽で良い」
三十分程スームが話をした後、スームは「明日また来る」と言い残し、再びノーマッドで飛び去った。
ハイアッゴは親書を手に王の元へと向かいながら、笑みを堪えきれずにいた。
「ふん……ああも面白い機体を見せてから、技術供与の話を聞かされて、おれが我慢できる訳が無いだろうが」
この時点で、ハイアッゴは提案の受け入れを王に進言し、緊急の議会を開く事を勧める事を決めていた。
☆★☆
「こんな物まで作っているとは……」
「ノーティアからの侵攻があった直後に、スームが提案して作った物です。アナトニエ王国軍機を中心とするのであれば、これは必須でしょう」
久しぶりにコープス基地のガレージを訪れていたセマは、クロックに案内され、特殊なトレーラーを見上げていた。
「架橋トレーラーです。移動先で十分程あれば、荷台から展開した端をかける事が出来ます」
「魔動機が乗っても大丈夫なのですか?」
「実証実験は必要でしょうが、スームが言うには向こう岸に充分な幅を乗せる事ができれば、同時に三機程が乗って移動しても充分耐えられる、と」
巨大なトレーラーの荷台には、五つ折にされたギミックが積載されていた。
橋を架ける方向に後部を向けて、運転席での操作でギミックを伸ばす構造になっている。架橋後は橋の部分を切り離す事が出来、トレーラーはそのまま魔動機積載用に流用する事も可能だ。
「操作自体は難しくありません。スイッチを入れるだけです。距離を見定めたり向きを調整するのに、コツが必要でしょうが」
「そこは人員を用意して訓練させましょう」
一人でも架橋できなくもないが、トレーラーを操作する人員と、後部を確認しながら指示を出す二人組でやると良い等、打ち合わせを進めていく。
「今度の作戦ですが」
セマは見上げていたトレーラーから視線を外し、倉庫内に並ぶコープスの機体へと目を向けた。
そこには、乗り手を失ったホッパー&ビーもある。
「直接侵攻される心配の無いヴォーリア連邦へは既にスームさんを派遣しましたが、ケヴトロ帝国とノーティア王国へ使者を送るのは、一ヶ月程の訓練の後とします。万一使者が殺害されたり、拒否の意思を示した時には、すぐさま攻撃を開始するつもりです」
ただ、とセマは心配な点を吐露する。
「ノーティアもケヴトロも、現在はハニカムさんの件について沈黙を保っています。ノーティアについては、コリエスさんの件でもそうでした」
国境で親書を渡す形にしても、再び無視される可能性は高い、とセマは考えていた。
「では、どうされるのですか?」
「脅しましょう」
セマらしからぬ言葉に、クロックは眉を引き上げて驚いた。
「穏やかではありませんな」
「アナトニエ王国からは攻めてこない、と思い込んでいるからこそ無視されるのです。多少は打撃を与えてやって、初めて目が覚める事もあるでしょう」
そこで、とセマはクロックへと向き直った。
「親書には日時の制限を記載します。二週間以内に返答が無ければ、攻撃を加える、と」
「……平和のための提案を行い、断れば攻撃する、というわけですか」
「多少の強引さはこの際目を瞑るべきでしょう。一応は議会制度を取っているヴォーリアには充分な時間があります。他は絶対王政なのです。決断するのはたった一人なのですから、時間が無いとは言わせません」
クロックは特に賛成も反対も口にしなかった。それはアナトニエという国が決めた事であり、今更口を挟むような事でも立場でも無い。
架橋トレーラーの視察を終えたセマは、速度に付いて質問し、適当な訓練場所を選定する事を決めて、クロックの勧めに応じて、事務所にてコーヒーを味わう。
恐縮しながらテンプが用意したコーヒーだが、セマはこの味に慣れてきており、城内でも紅茶よりコーヒーを好んで飲むようになっている。
「不躾な質問かもしれませんが……」
「なんでしょう?」
「スームさんは、一体どこであのような技術を身に着けられたのでしょうか?」
唐突な質問に、クロックは剃りあげた頭をぱちんと叩いた。
「あー……実のところ、わしも良くは存じませんで」
「そうなのですか。同僚……というより、私の目には親友のように見えましたが」
追及を続けるセマに、クロックは苦笑いで返した。
「そうですな。そう思ってくれているなら、嬉しい限りです。しかしながら、わしら傭兵と言うものは、過去の事はあまり気にしないものでしてな。まあ、お蔭でハニカムのような奴も紛れ込んでくるわけですが……」
コーヒーを一口啜り、クロックは熱い息を吐いた。
「要するに、正規の軍隊とわしらの違いは、そういう部分です。技術と経験。新兵なら読経ですな。それさえあれば、命を賭けて金を稼ぐ事が出来る。ろくでなしも多いですが、普通の社会で生きていくには、ちょいとヒネちまった連中の受け皿になっとるわけです」
「そのような良い方では、まるで傭兵として死ぬ事で、間引きをしているようではありませんか」
卑下するにも程がある、とセマは顔をしかめたが、クロックは笑っていた。
「そう、間引きですな。櫛の歯が抜けるように死んでいくのが傭兵の定めなんですよ。有り難い事に、コープスはそこまで損耗してはおりませんがね」
だから、とクロックは遠い目をする。
「傭兵の居場所が減れば、身の置き所が無くなる連中は沢山いる。社会に戻れるなら良いんですがね。少ない席を争って殺しあうのは必然です」
セマは息を飲んだ。クロックは笑顔だが、その目は冷たい。
「スームの奴は、平和の為にそういう“ろくでなし”を限りなく減らすつもりって事です。それを理解して、わしらは協力する事を決めた。ですがそれを悪く考える必要はありません。いつもやっている事です」
昨日同じ陣営にいた傭兵同士が、今日は殺し合いをする。まともな神経でやっていられる事じゃない。クロックはそう説明しながら、話題をスームの過去から遠ざけた。
沈黙は、セマが帰ると言い出すまで続いた。
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