47.復讐戦へ
47話目です。
よろしくお願いします。
「本当に二人だけとは……」
セマからの親書を預かったスームは、彼女が用意した記録の為の文官一名を随行員として、ケヴトロ帝国上空を飛行していた。
ヴォーリア連邦はアナトニエ王国から見てケヴトロ帝国を挟んで西側にある国家で、国土は寒冷な土地が広く、離島も多い。人口は四か国の中で最も多いが、所属があいまいな自治区や小さな集落も割合多かった。
「さっさと用事を済ませて、危なかったらすぐ離脱する。その為には、人数は少ない方が良い。どうせ、ノーマッドを動かせるのは俺だけだし、場合によっては単独で打撃を与えるには、このくらいフットワークが軽い方が良いのさ」
「よ、よろしくお願いしますね……」
「本当にそう思うなら、俺から離れない事だな。脱出のタイミングで近くにいなかったらおいていくぞ」
そう言いながら、スームは微妙に飛行コースを調整しつつ、頭の中に叩きこんだケヴトロ帝国の軍事施設の位置を確認する。
「大体の場所は変更がされていないな……おっと、魔動機だか兵装用の倉庫を増築してやがる。ったく、国民に金を使わず、こんな所にばっかり使いやがって」
コープスの予算の九割を使う男、スームの言葉に釘を刺すような人物は、ここにはいない。
「もうすぐ帝都プルテヴの上空を通過する。ひょっとしたら対空攻撃があるかも知れないから、ベルトをしっかり締めておけよ」
「べ、別にそこまでしなくても……」
カッシという名のアナトニエの文官は、平然と敵国の首都上空を通ると宣言したスームに、控えめながら反対を呟く。
だが、スームの中ではもう決定事項だ。
「お前も公僕なら、こういう情報の重要性をよく考えろ。賛同しなかった国とやりあう事になるのは確定していて、ケヴトロとは間違い無くそうなる。その為に、セマは俺に任せたんだから」
しっかり見ていろ、とスームは真正面を指差した。
「これはひどい」
カッシが思わず口にしたほど、ケヴトロ帝国でスームがやらかした爆発の後は酷い状況だった。
さしあたって立ち入りだけを制限しているらしく、簡素な柵で囲われた軍事倉庫跡は、屈強な兵士たちが多く巡回している。
「首都にあった魔動機の大部分がダメージを受けたようだな」
敷地内では数台の魔動機や軍人たちが駆けまわり、がれきを片付けたり、無事なパーツを選り分けている。
倉庫の建物自体、屋根が無くなり、壁も一部を残して倒壊してしまっているので、上空からでもその被害の大きさが良く見えた。
「製造拠点も破壊できている。これでケヴトロ帝国は魔動機開発のトップから転落。しばらくは生産力を取り戻すだけでも結構な負担だ」
いずれ他の生産拠点から運び込むか、展開している部隊を呼び戻すなどして首都防衛は形だけでも整えるだろうが、全体の戦力低下は否めない、とスームは語る。
「一般の民衆にはひた隠しにするだろうけどな。おそらくは事故か……あるいは実験の一環の爆発だったとでも言って誤魔化すだろう」
「やはり、首都に攻め込まれたというのは隠すべきなのですね。士気の低下や民衆の不安を考えると……」
カッシは、アナトニエの王都信仰の際には情報統制を訴えたのだろうか、何やら真剣な顔をしてブツブツと独り言を言っている。だが、スームは彼の言葉をばっさりと否定した。
「アナトニエの時とは状況が違う。あれは攻め込まれた事が民衆の目にさらされていた。撃退に成功した部分まで見せる事ができたから、士気は上がったし、情報の統制なんざもとより不可能な状況だった」
「ですが、もし甚大な被害を受けていたり、占領されでもしたら……」
「そん時は、士気なんて心配する必要は無くなってるよ」
一通りの確認を終え、スームは再びノーマッドの進路をヴォーリア連邦へと向けた。
「さて、しばらくは直進だ。のんびりした空の旅って奴さ。飯でも食って、一休みしようや」
進路を固定したスームは、ごそごそと弁当を取り出し、燻製肉とレタス、それに分厚く切ったトマトが挟まったサンドイッチを取り出し、齧りついた。
それに倣い、カッシも城の食堂で貰ってきた弁当を取り出した。パンとリンゴ、それにちょっとした肉と野菜の包み焼が入った、この世界の弁当としては結構豪華な内容だ。
「アナトニエの王城は、随分サービスが良いな」
「食料に関しては、安く手に入りますから。城詰めの職員は、食堂が無料で使えます。こういう弁当も、先に伝えておけば用意してくれるんです」
「そりゃ、羨ましいことだね」
人数的には零細企業であるコープスには、当然そういった福利厚生は存在しない。皆結構な高給取りなのだが、何故か外食よりテンプが厚意で作ってくれる食事の方を好む。
「……まあ、うちも食事に関しては結構良い待遇なんだよ」
「そうなのですか。流石はトップ傭兵団ですね」
カッシの想像は、きっとスームの言う内容とはずれているだろう。だが、訂正はしなかった。テンプやリューズが手ずから作ってくれる食事や弁当は、王城の食堂よりも美味いと確信していたから。
☆★☆
そのケヴトロ帝国において、皇帝を含めた主戦論者の発言権は以前より増していた。
『国防の為にも失った戦力の補充は当然として、再度の被害を防ぐためにも、攻防に優れた機体の開発は必須である』
との意見が大勢であり、対アナトニエ戦での被害を含め、新型を失った事による甚大な損害について語る者たちは無視された。
緊急措置として、都市防衛の為に各地に分散していた戦力を割って、王都へと終結させている途中ではあるが、輸送が完了するにはまだ数日かかるうえ、不慣れな異動先での行動に慣れるまでは、さらに日数が必要だろう。
「そして、新型を開発しようにも、金も設計図も無い。多くの研究者が近くの町にある研究施設へ異動になるようだが、物資が無ければ兵器の開発もままならん。製造施設も大きな打撃を受けた」
軍人向けの共同墓地にある、真新しいカーグリートの墓へと地味な花束を置いたマイコスは、「墓に愚痴っても仕方が無いな」と自虐的な笑みを浮かべた。
マイコスも乗った新型機『ホワイト・ホエール』に乗って、示威行動を兼ねた対ノーティアの作戦地へと向かう途中、何者かの襲撃を受けてホワイト・ホエールは墜落、大破した。
カーグリートをはじめとした多くの搭乗員が死に、生き残った者たちも酷い怪我を負った。回収された後、亡くなった者もいる。
「墜落自体は、機体の操作ミスという事だったが……」
調査結果に引っかかりを覚えていたマイコスは、ただ名前と没年が刻まれただけの墓標を見つめたまま、沈黙していた。
考えていたのは、あの夜に出会った傭兵の青年の事だ。
「もし、彼がやったとしたら……」
マイコスは、立ち並ぶ墓の間を早足で歩き、王城近くにある診療所へ向かった。
「確かに、攻撃を受けて墜落したわけではありません」
身体のあちこちを固定されて包帯だらけの身体で、エイジフはマイコスの質問に答えた。
ホワイト・ホエールの搭乗員で、数少ない彼は今、治療の為にベッドの上から少しも動けなかった。
「ですが、カーグリート閣下の失態とするのは、間違いだと思います」
骨折は免れたが、酷いむち打ち症のために首が固定されているので、目だけをぎょろりと動かして、マイコスへと視線を向ける。
その相貌は、怪我のせいもあるが、憎悪に歪んでいる。
マイコスは、彼のように復讐心に憑りつかれた人物を何人か知っていた。特に目の前で同僚を殺された時に、狂ってしまう事が多いのだ。
兵士というのは、敵兵を心底憎んで戦うような者は少ない。国を守る為や、その国に命令されて仕方なくやっている者が大半なのだ。作戦を遂行するために敵と言えど人を殺さずにすめば、それに越した事は無い、と誰もが考える。
だが、時折酷い戦場から戻った物の中には、復讐に憑りつかれ、敵兵を殺すことに固執し、勝利では無く殺戮を目的とする。
得てして、そうなった者が戦場から帰って来ることは無い。
「君は、ホワイトホエールが落ちたのは、敵の攻撃に因る物だと言いたいわけだな?」
「その通り証言をしましたが、戦場を知らない連中からすれば、追い詰められて焦った結果、地面に激突したという事にしたようです」
「つまり、事実としては撃墜されたというわけか?」
マイコスの疑問に、エイジフは感情が抜けたような視線を向けてきた。
「撃墜とは考えたくありません。バランスは失いましたが、飛行能力は健在の状態でした。ただ、少しだけ我々の技量が足りなかった。という事です」
だが、だからと言って相手を許せるわけでは無い、とエイジフは奥歯を噛みしめる。
「奇襲そのものを否定するつもりは有りませんが、軍人として、あのような不正規戦闘に対して怒りを覚えるのは当然でしょう」
エイジフの目を見ていたマイコスは、答えなかった。
「私は、友人に代筆を頼み、軍上層部にある作戦の提案をしました」
「作戦?」
その身体でか、と言いかけたが、口には出さなかった。復讐は理屈では無い。おそらく、その作戦に参加できるなら、目の前でベッドに縛り付けられている男は無様に這ってでも、命を捨てるような真似でも、平気でするだろう。
「わ、私は作戦に参加するにあたって、ホワイト・ホエールの資料を可能な限り持ち込みました。その中には、書き写した機体の設計図があるのです……」
「まさか……。だがあれの建造にはかなりの量の部材が必要になるだろう」
マイコスの指摘に、エイジフはニヤリと笑った。
口の端を片方だけ引き上げたその笑い方は、彼に植え付けられた狂気をありありと見せつける。
「先日、閣下が結果を持ち帰られた後、改造や実験の為にあと二機程の建造計画がありました。そして、すでにそのための材料は大部分集まっています」
対ノーティア。そして対ヴォーリア連邦に対しては有効な機体であると判断し、一機を予備機及び実験機として、二機を実戦投入する計画が進行していたと言う。
そして、部材はすでに郊外の専用工場予定地に集積され、作業のための施設建造が始まっている、とエイジフは語った。
「そこで製造される二機を、対アナトニエに投入する事。そして……」
痛みが走ったのか、顔を歪めて額に汗を浮かべる。だが、それでもエイジフは話すのを止めない。
「とある人物を使って、アナトニエの協力者であるコープス諸共、後方から攪乱するのです。さらに、私の作戦通りに行けば……」
ふとマイコスが見ると、エイジフは右手の拳を血が出る程強く握りしめている。
「コープスの連中を、始末できます。その為に、お願いがあるのです」
「……一応、聞いておこう」
「ふふ……私の案が通れば、上層部から命令が下るでしょうが……新たに作られるホワイト・ホエールに乗って、私の作戦を遂行していただきたい。あの機体の特性を知っていて、尚且つ作戦指揮が執る事ができるのは、閣下だけです……」
それだけ言うと、エイジフは気を失った。痛みの限界が来たのだろう。
マイコスは看護師を呼び、入れ替わりに部屋を後にした。
「復讐戦か……」
嫌な言葉だとは思ったが、少なくとも、皇帝の思いつきで死地へ向かうよりは何倍もマシな気がした。
「カーグリート。おれはどうするべきなんだろうな」
三日後、マイコスは新たな作戦の指揮を執る様、命令を受けた。
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