45.気持ち
45話目です。
よろしくお願いします。
条件付きで協力を承諾する旨、王城より連絡を受けたスームは、さっそく準備に取り掛かる為、コープスのメンバーを集めて説明をする事にした。
ハニカムはノーティアもケヴトロも正式な回答を寄越していないためにまだ獄中におり、彼女が移送されるか処刑されるまで、とアールは自主的に謹慎しているため、不参加だ。アールについては別の懸念もあるため、クロックの指示で基地内の一室を使っている。
「それで、あちらさんが出した条件と言うのは?」
「戦闘も交渉も、全てアナトニエ王国主導で行うとさ。あとは、技術に関する事だな」
スームは、セマの使者から渡された書類を見ながら、クロックの質問に答えていく。
「技術を秘匿しろと言っているのか? それじゃあ、お前が言っている“競技”としてはアンフェアじゃないか」
ボルトが疑問を口にするが、スームは首を振って否定した。
「いや、そうじゃない」
回覧してくれ、とスームはボルトへと書類を渡す。
「技術の伝授は、各国が暴走してもコープスで押えられる程度で押えてくれ、と書いてある」
「なんだそりゃ」
ボルトは、書類をナットへと回しながら笑った。
「要するに、他の国も含めて、また戦争を起こそうって動きがあった時に、他の三国で袋叩きにできるうえ、最悪はコープスに頼って押えられるように、という狙い、かな?」
「随分と頼りにされているわね」
苦笑するテンプに、リューズは大きな胸を張ってスームだから当然、という顔をしている。
「いや、こいつは“言い出しっぺの責任を取れ”と言われているようなもんだ。んで、言い出しっぺとしては、みんなに俺の考えを改めて提示して、許可を取りたい」
「許可、ですか?」
「ああ、許可を取らないといけないんだ、ナット」
回覧されて戻ってきたセマの書類を人差し指でつついて、スームは全員を見回した。
「これを進めるとなると、もうコープスは普通の傭兵団とは言えなくなる……まあ、今の時点でもあまり“普通”とは言えないけどな」
おどけた笑いに対して全員が笑顔を見せた事に、スームは少し肩が軽くなった気がした。
「つまるところ、何かあったらコープスで対応しろって話だな。競技会をやるにあたっての運営から何から手伝う事になるだろうし、第三者として動くとしたら、まず俺たちに声がかかる事になる。それだけの実力があるからだ」
自画自賛ではあるが、スームは間違っているとは思っていない。確かに、コープスは今の時点で、この世界最強のチームなのだ。
「だが、発端は完全に俺の趣味だからな。面倒事も増えるだろうし、まず最初に、かなりキツイ戦いを乗り越える必要がある」
「キツイと言っても、スーム。お前の攻撃でかなりダメージを受けたノーティアとケヴトロと戦うわけだろ? それに、サポートはするにしても、前線はアナトニエが出張るって話だったじゃねぇか」
ボルトの疑問に、弟のナットも頷いている。
「……俺は、この計画が進めばソーマートースと本格的に対立して、最終的には潰す必要が出てくる、と予想している」
喧嘩別れしたとはいえ、元ソーマートース所属のクロックは、渋い顔をして腕を組み、黙ってスームの話を聞いている。
「どういう事?」
「戦争が減れば、傭兵の仕事は激減するからな。特に大きな所は構成員を喰わせて行けなくなる」
リューズの質問に、スームは紙の上に「ソーマートース」「ストラトー」という二つの大手傭兵団の名前を書いた。それぞれに構成員のおよそ人数である五百と百五十を書き入れる。
「傭兵団にとっては、仕事場所そのものが無くなるからな。地方領主やらに雇われて、小規模な反乱鎮圧の手伝いくらいはあるだろうが、大人数の所はその程度の稼ぎじゃ凌げない。尤も、大手を雇うだけの金額がまず払えないな」
集まってからずっと沈黙していたコリエスが、初めて口を開いた。
「ストラトーとも、戦うのですか?」
「いや、ストラトーに限って言えば、今回はこっち側になる」
そう言いながら、スームはストラトーに×をつけた。
ラチェットが城勤めの女性から得た情報だが、ストラトーはアナトニエ王国軍再編時からの協力体制を継続し、このまま王国の教導部隊としての位置に収まりそうな状況だと言う。
非公式な事情として、女性ばかりのストラトーが男性中心の王国軍と穏やかな交流を続けているうちに、ぽろぽろと伴侶を見つけた構成員が退職して行ったという理由もあった。男尊女卑の気風が強い他国の軍人と違い、セマをトップだと認識しているアナトニエの軍人には、女性に対する物腰が柔らかい人物も多いようだ。
実に三十人以上の兵員を失ったストラトーの団長であるミテーラは、スームの提案をセマから伝え聞いた時点で、傭兵団としての維持に拘る気を無くしつつあるらしい。
「だが、あくまで傭兵団として戦場に拘る者も多いだろうし、ソーマートース程の規模になると、受け入れられる所もほとんど無いだろう」
だから、とソーマートースの文字に下線を引いた。
「ケヴトロかノーティア、あるいはヴォーリア連邦に協力する形で、ソーマートースを始めとした不満を抱えた傭兵連中は、俺たちを潰しに来るだろう」
スームはペンを放って、全員に笑いかけた。
「戦争を終わらせる為の、傭兵大戦争だ。大舞台だから、俺としてはここで存分に俺の作った機体が大活躍する事を望んでいるわけだが……まさか、俺の趣味だけでみんなをこんな戦いに巻き込むわけにはいかない」
スームは肩を竦めた。
「だから、聞いておきたいんだ。みんながどうしたいのか、をな」
☆★☆
スームは即決を求めるような事はしなかった二日程おいてまた集まり、最終的にどうするかを決める、と言い、クロックもそれを認めた。
「その間は、機体整備をしてるからな。城にも呼ばれているし」
と、選択を突き付けた本人は、さっさと城へ行ってしまった。
「私は事務員だし、クロックの指示にしたがうだけよ。危険は今さらだし、いざとなれば私だって自分の身くらい守れるから」
スームがいなくなった事務所の中、ボルトの質問にテンプは答えた。団長であるクロックの意見を待つ事にしたらしい。ギアもテンプの言葉に無言で頷いた。彼らは、特に戦闘が仕事であることに拘らないようだ。
「私はスームについていくよ。計画も結構前から聞いてたし」
リューズは当然という顔で言ったが、それは他の誰もが分かっている事だったので、同意も反対も無かった。
次に、ボルトはラチェットへ質問を向けた。
「俺はまあ、ここ以外に居場所もないしね。トレーラーのドライバーとして言えば、本当に戦争が減るなら、危ない所を走る必要もなくなるし、女の子たちを心配させずに済むからね。消極的だけど、賛成さ」
それだけ答えると、ラチェットさっさと出て行った。
どうやら、ストラトーの誰かと親しくなったらしい。
ボルトは、あえてコリエスには聞かなかった。
表情からして迷っている所があったのと、訓練に付き合いはしても、まだ砕けた関係とも言えない。
だが、逆にコリエスの方から口を開いた。
「戦争になる事、それに参加して戦う事は覚悟しておりましたから、スームさんの話に乗るのは構いませんわ」
残っていた者たちは、その言葉に目を丸くしていた。訓練してた事を考えれば、それだけの覚悟は有って当然ではあるのだが、想像以上にあっさりと同意した事に驚いたのだ。
唯一、クロックだけが「そうだろうな」と小さく呟いた。
「でもちょっと気になりますわ」
「何が?」
むむむ、と唸るコリエスに、テンプが声をかけた。
「その戦争の後に行われる“競技会”ですわ。国の代表だけが参加できるのでしょうか? わたくしもスームさんの機体で参加すれば、大活躍間違いなしですのに」
「なんでそんなに自信満々なのよ」
「あら、リューズさんだって考えた事はありませんか? わたくし以上に、コープスの皆さんはスームさんの作った“特別な”機体に慣れ親しんでいるではありませんか。いくら技術供与があったとしても、機体との親和性といった部分は、そうそう追いつかれるものではありませんわ」
コリエスの言葉に、テンプやギアなどの魔動機に乗らない者以外は納得していた。
「楽しそうね。自由参加も認められるなら、私もハードパンチャーで参加したいな。ううん、もっと遠距離攻撃武装も付けて、強くしてもらわなくちゃ」
「あら、リューズさんは砲が有っても当てられないじゃありませんか。わたくしが乗っているイーヴィルキャリアも、スームさんに頼んで調整中ですから、それこそオールマイティに対応できますわ」
「なによ」
「なんですか?」
睨み合いを始めた女性陣を見て、テンプは止めに入り、ギアは退散して行った。クロックも家族に話をするために退室し、残ったボルトとナットは、顔を見合わせる。
「ナット。ちょっと場所を変えて話そうや」
「そうだね」
「で、どう思う?」
町へ出て、昼から開いている酒場を見つけたボルトは、テーブル席につくなり、ナットに質問を投げた。
「そうだね……僕は、賛成かな」
「驚いた。お前は反対すると思ったぜ」
ナットはボルトが知る限り、物心ついた頃から引っ込み思案で争い事を好まなかった。大柄で膂力もあるが、だからといって自ら進んで暴力に使った事は無い。
二人の兄弟は、元々軍人では無かった。土木工事を専門とする技術者であり、工事現場で魔動機を操っていた一般人だ。
工事現場が立て続けに戦争に巻き込まれ、仕事仲間を失って怒りに震えていた時に、スームに出会った。怒りに任せて、ボルトは「直接ぶちのめしたい」という希望もあってコープスに参加したが、ナットは彼にただついて来ただけのような印象だったが。
「いつの間にか、お前もスームに感化されたか?」
「いやだなぁ。兄さん程じゃないよ」
全く似ていない兄弟だが、酒の好みは合う。蒸留酒を水で半分に割った物をなみなみと注いだカップを上げて、同時に一口だけ飲み込む。
熱さを感じさせる液体が、食道を滑り落ちて行く感覚と同時に、こみ上げる熱を吐き出した。
「スームさんが言っていた魔動機の競技会、兄さんは興味無い?」
「……無いと言えば嘘になる。だが、お前もそうだとは思わなかった。嫌いじゃないのか、そういう暴力的な事は」
「命の奪い合いをしているよりも、ずっと良いと思うよ。苦労して、そういう事がスタンダードな世の中になるなら、僕は命がけでスームさんを手伝っても良いと思った」
ナットの強い意志を感じる目を見て、ボルトは内心舌を巻いていた。弟が、ここまでやる気を見せているのは、初めてかも知れない。
「それに、競技をやるにあたって、僕たちのような飛行型を操れる魔動機乗りは貴重だよ。会場を見て回ったり、審判として上からジャッジもできる。そういう活躍って、良いと思う。……うぅん、是非やりたい」
「なるほどなぁ、リューズやコリエスみたいに、敵を殴る以外の参加もあるわけか」
ボルトは、素直にそういう大会ができるなら、見てみたいと思い始めていた。それに、弟がやりたいとハッキリ言った事を、後押しできるなら、兄としてやりがいも感じる。
「良し。スームが言った規模の大きな提案に、一口噛んでみるか」
ぐい、と酒を呷る。
「大会でデカい顔ができるように、大規模戦闘で俺たちの腕を世界に見せつけてやろうや」
どうせやるなら精一杯目立ってやろう、とボルトは高笑いでナットと共に協力を決めた。
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