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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
8:お気楽異世界異種族会議編
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第七十一話:土産の指定席と、長い腕の影

ガルドとセナは、門まで見送りに来た。

ナギを受け入れる寄宿舎の場所を記した紙と、途中の詰所で使う書付を、テトライルが受け取る。

ナギは僕と向かい合う席へよじ登り、包みを両膝に置いた。


「カイの鞄で僕の席が半分になってる」


「失礼。荷物にも席を取ってやりたくて」


「荷物は文句言わないよ」


僕は鞄を足元に戻した。


帰りの御車で、僕は塩の包みの置き場所を三度考え直した。


一度目は足元。

二度目は座席の脇。

三度目でテトライルに見られた。


「そちらは私の鞄へ入れましょうか」


「いや、自分で持って帰りたい」


彼女は頷いた。代わりに空いた布を渡してくれる。

包みを巻き、鞄の内側へ入れた。

塩を大事に運ぶ男。

神様代理の帰還風景としては、かなり地味である。


イツモアの器の覆いとシェリルの紐も入っている。

軽い物ばかりだ。

それでも無事に渡したいと思うと、どこへ置くか悩む。


テトライルは資料の袋を確かめていた。

セキラハの会議の写し。

地図。

連絡先。


「そっちの方が大事だよね」


思わず言うと、彼女は袋から顔を上げた。


「どちらも戻ってからお渡しする物です」


順位をつけなかった。

僕は少し嬉しくなり、鞄を閉じた。

この人は僕を運ぶだけでなく、僕が持ち帰りたい物まで守ろうとしてくれる。


御車が街道の角を曲がる。

セキラハの屋根が見えなくなった。

僕は窓から顔を離し、手元の紙を開いた。


帰ったら伝える事。

食べた物。

会った人。

引き受けた条件。


最後の行だけ、何度見ても重かった。


連絡で内容は送ってある。

でも文字が届いた事と、納得してもらった事は違う。

イツモアからの短い返事を思い出した。

帰ってから話を伺います、と。


怒られるだろう。

それは分かる。

ただ、叱られる為に帰るのではない。

一緒に何をするか話す為に帰るのだ。


御車が止まった。先行の警戒役が、剣を抜くより先に笛を吹いた。


街道脇の斜面から、人型が三体、段を違えて降りてくる。その後ろから、道幅いっぱいに腕を広げた拘束型。道の下では、獣の爪が石を蹴った。


「ナギを石積みの裏へ。私の声が聞こえる所まで」


御者がナギを抱き下ろした。ナギはパンを席に置いていった。

手を空けておけという約束は、僕よりよく守っている。


石積みの端から獣が跳んだ。テトライルはナギと獣の間に入った。赤い刀身が前脚を払う。その横を、拘束型の腕が地を這って回り込んだ。


「カイ様、こちらへ!」


僕は返事をして走りかけた。先頭の人型が肩を回す。その顔が向いた先にいるのは、僕じゃなかった。御者に抱かれたナギの足が、石の向こうへ消えかけている。


人型がそちらへ駆けた。


「僕が止める。テトライルはナギを!」


振り返った彼女と目が合った。来てくれる、と思った。だが拘束型の腕が石積みを越えて落ちる。彼女が一歩でもこちらへ寄れば、あの腕がナギに届く。


僕は人型の脇へ踏み込んだ。


青い筋が肩から腕へ走った。薄い膜が張る。

前にあれを受けた御者は膝をつき、手が動かなくなった。

僕の袖を光が通り抜ける。足は止まらなかった。


次の瞬間、腕そのものに打たれた。


脇腹で鈍い音がした。息を吸っても胸の途中で引っ掛かる。

膜は通れた。腕は通り抜けてくれなかった。

それでも、道の真ん中へ一歩戻った。僕の背中側にナギがいる。


右の袖が裂けた。肘から伸びた赤が、四十センチほどで止まる。右だけでは、左から抜ける奴に届かない。


左の肘にも血を集めた。


肘の奥から引きちぎられるように痛んだ。

何度やっても形にならなかった側に、右とほとんど同じ長さの刃が出ていた。

どちらかを見ていると、もう片方が揺れる。揺れた先は、自分の身体だった。


加減を考える暇はなかった。


一体目の脇へ右を振る。硬い板に当たって、刃先が欠けた。

腕を引く途中、残った先が肩の継ぎ目へかかる。

そこへ血が滲んだ途端、青い筋が肩から先だけ消えた。


力の抜けた腕が垂れ、その内側に薄い板がもう一枚見えた。

僕は肩からぶつかり、外れかけた板を押し開けた。

左の刃がその奥の硬い塊に触れる。割れる音がして、人型が膝から落ちた。


二体目は、倒れた仲間を踏んで来た。


頭を守ろうとした左腕を掴まれた。肘が外へねじれる。

声を出したつもりだったが、息しか出なかった。

掴んでいる指の間に血が入ると、一本ずつ力が抜けた。

僕は身体を落としながら右肘を押し上げた。首の下で刃が止まる。

前のめりになった相手の重さで、そこから少しだけ入った。


青い光がまた消えた。手をついても身体を支えられず、そいつは僕の横へ倒れた。


三体目は僕を飛び越えようとした。


片足を掴む。引きずられて石に背中を打った。

ナギが僕を呼んだ。あの声がした方へ行かせたら駄目だ。

それしか頭になかった。


足首の隙間へ左を入れた。青が消え、膝が落ちる。

そいつは身体をひねって僕を見下ろした。

胸の下で、着地の衝撃を受けた板がずれている。


右の刃はもう短くなっていた。

それでも届く距離まで、向こうが来ていた。


僕は肘を突き出した。


胸の奥で何かが割れた。人型の全身が一度震え、そのまま僕の上へ崩れてきた。


重さが来る前に、赤いマントが視界を横切った。

テトライルが人型を押し退ける。彼女の剣には拘束型の帯が絡んでいた。

ナギの方を見ると、石積みの上に切り落とされた腕が二本あった。


「ナギは」


「無事です。喋らないで」


彼女が僕の脇腹を押さえた。

押さえられて初めて、そこが濡れていると分かった。

左手は指が閉じなかった。両方の肘に、もう刃はない。


「僕が三体とも止めた?」


「はい。三体とも」


僕は少し安心した。そこから先は、目を開けている方が難しかった。


次にまともに目が覚めたのは、詰所へ運ばれてからだった。


息を深く吸うと痛み、左腕は固定されたままだった。

すぐ起き上がれるか試そうとして、テトライルに肩を押さえられた。


「脇腹の傷は、詰所へ着く前に塞がり始めました。前の傷より深かったのに、塞がるのは早かったです」


彼女の目が、僕の脇腹に巻かれた布へ落ちた。


「ですが、痛みが残っています。まだ起きないでください」


傷は閉じる途中らしい。

試しにもう一度息を吸おうとして、浅いところでやめた。

身体の方は、まだ起きる気などなかった。


「私はナギ殿を守りました。その間に、カイ様がこれほどの傷を負われた」


僕が答える前に、彼女は続けた。


「騎士として、あってはならぬ事です。ですが、お叱りするだけで次も同じ事が起きるなら、私の役目を果たした事にはなりません。回復を確認したら、戦闘訓練を前倒しさせてください。刃を出す稽古だけでなく、二人で位置を入れ替える稽古を」


僕は頷いた。痛くて声が出なかったので、もう一度頷いた。


少し息を整えてから、さっきの光の事を口にした。


「血が入った所だけ、青い光が消えた。僕の足を止められなかったのも、同じ理由かな」


「そこは、まだ分かりません。拘束が効きにくかった事と、血刃が効いた事は分けて、シェリル様に調べていただきましょう。傷の塞がり方もお伝えします」


扉の方から、小さな足音がした。御者に連れられてきたナギは、僕が手を振ろうとして肩を押さえられるのを見て、代わりに自分の手を振った。


「カイ。パン、置いてきちゃった」


「よく置いてきたね」


それだけは、息を切らさずに言えた。

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