第35話 引き受ける者
集落を出てから、三ヶ月が過ぎた。
移住は、簡単ではなかった。
王都の許可は遅れ、周辺領主との交渉も難航した。受け入れを渋る声もあった。土地は余っていない。余裕もない。
それでも、彼らは残っている。
全員ではない。
途中で諦めた者もいる。
別の地へ散った者もいる。
だが、あの子どもは生きている。
片腕を失いながらも、木を削る練習をしていると、風の噂が届いた。
レインは、その話を聞いても、特別な顔をしなかった。
「……そうか」
ただ、それだけだ。
今、彼は街道沿いの小さな宿場町にいる。
焚き火の前。
カイルが干し肉を噛みながら言う。
「終わったな」
「何がだ」
「一区切りってやつだ」
セレスは、静かに火を見つめている。
「世界は変わらない」
「制度も、正しいままだ」
「そうだな」
レインは、頷いた。
王都は、彼を管理しない。
排除もしない。
ただ、切り離した。
ギルドも同じだ。
それでいい。
正しい判断だった。
世界は、個人に依存できない。
だから、彼は外側にいる。
そのとき、宿場の扉が開いた。
煤けた外套を着た男が、焚き火の光の中へ入ってくる。
「……あんたが、レイン・アルクスか」
「そうだ」
男は、躊躇いながら言う。
「正しいかどうか、分からない」
「誰が悪いのかも、分からない」
声が震えている。
「でも、選ばなきゃいけない」
レインは、男の目を見る。
そこにあるのは、恐れだ。
責任から逃げたいわけではない。
ただ、背負いきれないだけ。
「……正解は出せない」
レインは、静かに言う。
「間違えるかもしれない」
「救えないかもしれない」
それでも。
「引き受ける」
焚き火が、ぱちりと弾ける。
男は、深く頭を下げた。
レインは、立ち上がる。
英雄ではない。
指導者でもない。
救済者でもない。
ただ、判断を引き受ける者。
それだけで、十分だ。
セレスが、微かに笑う。
「……最後まで、同じだな」
「変わるつもりはない」
カイルが、肩をすくめる。
「面倒な役目だ」
「ああ」
レインは、焚き火の火を見つめる。
「だが、誰かがやらなきゃならない」
夜は、深い。
世界は、まだ整っていない。
それでも、どこかで誰かが、選ばなければならない。
レインは、歩き出す。
正解のない道へ。
――これは、判断を引き受け続ける者の物語だ。
完。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
本作は「追放×成り上がり」という王道の入り口から始まりましたが、
途中からかなり静かで重たい方向へ舵を切りました。
爽快な無双でも、分かりやすいざまぁでもなく、
「判断とは何か」「責任とは何か」を描く物語になったと思います。
正解を出す主人公ではなく、
正解がない中で“引き受ける”主人公を書きたかった。
世界は変わらないし、制度も間違っていない。
それでも、誰かが選ばなければならない。
その“誰か”の物語でした。
評価やブックマーク、感想をくださった方、
最後まで静かに読んでくださった方、
本当にありがとうございます。
この物語はここで一度完結しますが、
また別の物語でお会いできたら嬉しいです。
――判断を引き受けるすべての人へ。
ありがとうございました。




