第21話 説明できない穴
ギルド本部の会議室には、重たい空気が漂っていた。
円卓を囲むのは、幹部たちと数名の現場責任者。壁際には記録係が控え、すでに何枚もの報告書が机に積まれている。
「……で、結論は?」
低い声で切り出したのは、ドラン・エイムズだった。
「王都任務は継続中。致命的な失敗はなし。ただし――」
若手幹部が、言葉を選びながら続ける。
「進行効率が落ちています。損耗は少ないが、消耗が大きい。予定より、確実に遅れている」
「数値は?」
「規定範囲内です」
その一言で、会議室が静まった。
規定内。
それは、問題がないことを意味する。
だが同時に、説明がつかないことも意味していた。
「……別件もあります」
別の幹部が、資料を差し出す。
「街道周辺の傭兵団の成功率が、異常に高い」
「異常?」
「失敗例が、ほとんど報告されていません」
ドランは、資料に目を落とした。
「数値評価は?」
「平均的です。突出した能力値の人間はいない」
沈黙。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……ありえないな」
「奇跡が続いている、ということか?」
「あるいは、記録が歪められているか」
疑念が、自然と浮かぶ。
「調査は?」
「王都監査局が動いています」
その言葉に、ドランの眉がわずかに動いた。
「……イオリスか」
名を聞いて、何人かが顔をしかめる。
「彼は、数値評価の人間だ。説明できない成功を嫌う」
「排除に動くと?」
「いや」
ドランは、ゆっくりと首を振った。
「理解しようとして、失敗するだろう」
それは、予言に近い口調だった。
会議は続く。
議題はすべて“問題がない問題”だった。
規定内。
想定内。
許容範囲。
だが、その積み重ねが、逆に不気味だった。
「……一つ、確認したい」
現場責任者が言う。
「この傭兵団、誰が指示を出している?」
「代表は、カイルという男です」
「だが、判断をしているのは?」
記録係が、首を傾げる。
「……そこが、曖昧です」
曖昧。
その言葉が、場の空気をさらに重くした。
判断者が、特定できない。
だが、判断は確実に存在する。
「……思い出すな」
ドランが、静かに言った。
「以前にも、似た状況があった」
誰も、すぐには答えなかった。
数秒後、若手幹部が、慎重に口を開く。
「……レイン・アルクス」
その名が出た瞬間、誰かが息を呑んだ。
「彼は、追放したはずだ」
「はい」
「だが、彼の鑑定は……」
ドランは、そこで言葉を切った。
「……いや。推測で話すな」
彼は、机を軽く叩く。
「我々は、正しい判断をした。数値に基づき、合理的に」
それを否定するつもりはない。
だが。
「問題は」
ドランは、視線を上げた。
「その“正しさ”が、説明できなくなり始めていることだ」
会議室に、沈黙が落ちる。
誰も反論できなかった。
数値は正しい。
判断も正しい。
それでも、現場が軋んでいる。
「……監査局の動きを、注視しろ」
ドランは、そう告げて立ち上がった。
「こちらから動く必要はない」
だが、その声には、わずかな躊躇が混じっていた。
会議が終わり、人が散っていく。
最後に残ったドランは、一人、資料を見つめていた。
傭兵団の報告書。
成功。
無傷。
被害ゼロ。
どこにも、数字で説明できる理由はない。
「……説明できない穴、か」
小さく呟く。
それは、かつて切り捨てたものの形をしていた。
そして同時に。
今のギルドが、最も苦手とする“種類の問題”でもあった。
歯車は、静かに回り続けている。
だが、噛み合わない音は、確実に近づいていた。
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