第20話 噛み合わない歯車
王都へ向かう街道は、いつもより静かだった。
いや、正確には――整いすぎていた。
整然とした隊列。無駄のない進行。指示も明確で、装備も万全。外から見れば、これ以上ないほど理想的な遠征部隊だ。
Aランクパーティ《グランツ隊》。
かつて、レインが所属していた場所。
「……進行速度、予定より三割遅れているな」
ヴォルフ・グランツが、前方を見据えたまま言った。
「安全第一だ。問題ない」
ガルドが即座に答える。
「無理に詰めて、損耗を出すよりはな」
正論だった。
誰も否定しない。
だが――。
「索敵範囲が、少し広すぎる」
後衛の斥候が言う。
「連携が間延びしている気がする」
「問題ない」
ヴォルフが淡々と返す。
「数値上は、最適だ」
それ以上、誰も言葉を続けなかった。
それが、このパーティの今の状態だった。
判断は正しい。
数値も合っている。
規定にも沿っている。
なのに、噛み合わない。
――なぜだ。
ガルドは、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
敵が強いわけではない。
部下が未熟なわけでもない。
判断ミスも、致命的なものはない。
それでも、何かが足りない。
「……小休止を入れる」
ガルドが言った。
部隊が止まり、警戒態勢に入る。
いつも通りの動きだ。
そのときだった。
「――接触!」
斥候の声が上がる。
魔物だ。
数は少ない。
脅威度も低い。
「前衛、対応」
ヴォルフが即断する。
剣が交わり、魔物はあっさりと倒された。
被害なし。
完璧。
だが、全員の動きが終わった直後。
「……疲労値が、想定より高い」
回復役が眉をひそめる。
「一体しか相手にしていないのに?」
「そうだ。数値がおかしい」
ヴォルフは、記録板を確認し、沈黙した。
異常ではない。
だが、ズレている。
積み重なる、小さなズレ。
誰かが言いかけて、やめる。
誰かが違和感を飲み込む。
――口に出す理由が、見つからない。
なぜなら。
間違っていないからだ。
全員が、正しいことしかしていない。
だからこそ、誰も修正できない。
ガルドは、無意識に後方を振り返った。
そこにいるはずの人物は、もういない。
短い指示。
最小限の修正。
「今だ」「違う」「戻れ」。
数値に出ない、しかし確実だった“調整”。
「……いや」
ガルドは、首を振った。
今さらだ。
切ったのは、自分たちだ。
部隊は再び進み始める。
整然と、正しく、静かに。
それでも、歯車はわずかに軋んでいた。
その頃。
街外れの野営地では、レインが地図を畳んでいた。
「次の依頼、断るのか?」
カイルが聞く。
「ああ」
「珍しいな」
「今は、受けすぎると危険だ」
カイルは眉を上げる。
「王都の目か?」
「それもある」
レインは静かに言った。
「評価が先行しすぎている」
成功が続けば、人は理由を求める。
理由を求められれば、測られる。
それを、レインは避けていた。
判断は、必要な場面でだけ使う。
そうでなければ、歪む。
セレスが、遠くからこちらを見ていた。
彼女は何も言わない。
だが、その視線は、確かに告げている。
――世界が、追いつこうとしている。
そして同時に。
追いつけない部分が、壊れ始めていることも。
噛み合わない歯車は、いつか音を立てる。
その音が聞こえるのは、
まだ、少し先の話だ。
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