第八話:両親の激励と祝福
十三歳の誕生日を迎え、村で“成人”と認められたその日から、俺の心はどこか落ち着かなかった。村の生活は穏やかで、危険とは無縁で、優しさに満ちている。だけど……だからこそ、俺の力はこの村では決して伸びきらない。八系統すべてに適性があるなんて言うと聞こえはいいけれど、制御が甘ければただの“危険な子ども”だ。右手の紋章が脈を打つたび、胸の奥に焦りがわずかに広がる。
だから、決めたのだ。
――旅に出よう、と。
夕暮れ、家族での食事を終え、暖炉の火の音だけが響く静かな時間。俺は椅子の端で手を握りしめ、胸の中の言葉を押し出した。
「父さん、母さん……俺、自分の力をもっと知りたい。
村を出て……旅に出ようと思うんです」
声が震えていた。けれど、その瞬間に後悔はなかった。
母フィーナはスープ皿に触れた手を止め、驚いたように目を丸くした。でも困惑や恐怖じゃない。ただ、息子の覚悟を受け止めようとする、優しい強さがあった。
父ゲラルトは少しだけ険しい顔をしたが、すぐに柔らかい表情へ戻った。無言のまま俺の隣に来て、太い腕を肩に回す。大樹の幹みたいに大きくて、温かくて、安心できる力強さだ。
「アルト。お前が何を思ってここまで生きてきたのか、父さんはちゃんと見てきたよ」
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
俺の右手の紋章が、脈に合わせるように青く光った。
「自分の力に気づいて、それを怖れながらも正しく使おうとしてきた。
その慎重さと勇気を、父さんは誇りに思う」
父の言葉が心に染み込む。
“異形の力”としてじゃない。
“アルト”というひとりの人間として見てくれていた――それが嬉しかった。
その後、母がそっと立ち上がり、俺の前に膝をつく。揺れる暖炉の炎が、彼女の横顔を優しく照らした。涙がきらりと光っていたが、それは悲しみではなかった。
「私の可愛いアルト」
母は俺を抱きしめた。小柄なのに、胸いっぱいに広がるあの温かさ。
その瞬間、胸の奥にあった緊張の糸が、ふっとほどけていった。
「どこへ行っても、あなたは私たちの自慢の息子よ。
力を隠さなくてもいい。でも、正しく使うと約束して」
母は俺の右手――厚手の手袋をした手――に触れた。
「それから、仲間を見つけなさいね。
一人で全部を背負う必要なんて、どこにもないのよ」
その言葉に俺の胸は温かく満たされ、同時に翼をもらったような気持ちになった。
そして、旅立ちの日は意外と早く訪れた。
朝靄がゆっくり晴れていき、村の広場が柔らかな金色の光に包まれる。小さな荷物を背負った俺の周りには、大勢の村人たちが集まってくれていた。皆、俺が子どものころから知っている顔だ。
「アルト坊ちゃん、ちゃんと食えよー!」 「困ったら、すぐ戻っといで!」
素朴で温かい声援が胸に響き、目頭がつんと熱くなる。
父ゲラルトは不器用な笑みを浮かべ、俺の頭をぽん、と叩く。
母フィーナは涙をこらえながら、焼きたてのパンを包んだ布を、そっと俺の荷物に忍ばせた。
「無理はしないでね、アルト」
「しっかり前を見て歩けよ。……でも、たまには後ろも振り返っていい」
二人らしい、優しい言葉だった。
俺は村を振り返る。
煙突から上がる白い煙。
寄り添う木造の家々。
幼い頃に駆け回った丘。
どれも胸が痛くなるほど大切な場所だった。
(行ってきます。必ず力を制御して、自分の道を見つける――)
右手を握ると、手袋越しでも紋章の脈が伝わってくる。
その鼓動は、まるで「進め」と背中を押してくれているようだった。
一歩、また一歩。
足はまだ幼く不安定かもしれない。
けど、心だけは、もう揺るがない。
――こうして俺、アルト・ハヤカワは、初めて“世界”へと足を踏み出した。
父と母の祝福を胸に、
右手に秘めた八系統の力を抱え、
俺は自分の旅を始める。
この先にどんな苦難があろうと、俺は進む。
この力の意味を知るために。
そして、自分自身を知るために――。




