第1話 エマ・圭一
エマがユジノサハリンスクに到着しようとしていたちょうどその頃......
東京、神楽坂の怪しげな料亭前では、二人の黒ずくめスーツ男が電柱に寄り掛かり、何やら神妙な顔つきで語り合っている様子。
一人は......
いかにも日本男児。動く度に躍動するその筋肉はスーツの上からでも容易に計り知る事が出来る。茶髪、角刈りでまとめたその者の目付きは、刃の如く鋭く、左瞼の大きな傷と右頬の火傷の痕は、彼の過酷な半生の象徴とも言えた。
一方、もう一人の男はと言うと......
どう見ても日本人には見えない。深い堀、高い鼻、そしてキツネのようなその細い目は西洋人と日本人のハーフと思われる。背は高く、スリムな体型ではあるが、モデルと言うには少し貧弱過ぎる。
そんな二人がまとっている黒ずくめスーツ。それは、要人警護の際の制服とも言えた。
「エマサン......無事にサハリンに着いたんでショウカ......まだ傷も癒えないうちに一人で行ってシマッテ。圭一サンは心配じゃ無いんデスカ? 清々しい顔しちゃっテ。全く呑気なんダカラ......」
ハーフ男は、電柱に寄り掛かりながら口を横に曲げてボヤく。
「もっぱらタフな人だ。半年位だったら、寝なくても平気だってこの間言ってたぞ。大丈夫だって......今頃、イケメンロシア人通訳と上手くやってるんじゃないか? エマさんと離れ離れになっちまって、お前が勝手に寂しがってるだけだろ。なぁ、ポール君。ハッ、ハッ、ハッ」
そう語った角刈り男の笑みには多分にいたずら心が含まれている。これが二人の会話のペース。阿吽の呼吸だ。
「寂しいに決まってるじゃナイデスカ。一体、エマサンは今どこに......」
珍しく圭一の挑発に乗ってこない。これはかなりの重症だ。
「だからサハリンだって言ってるじゃんか。お前はバカか? おっと......やっこさんが料亭から出て来たぞ。仕事だ」
「アア......了解デス」
いやいや顔を上げるポールだった。
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
要人警護の任務に戻る『EMA探偵事務所』の殿方二人。それが仕事である以上、他の事に気を取られてばかりもいられなかった。
『EMA探偵事務所』......元々は代表の柊恵摩、藤堂圭一、ポール・ボイドの3人で
活動を行っていたが、
極神島の事件以降新たに桜田美緒が加わり今は4人体制となってい
。
代表 柊恵摩......25歳
合気道の達人であった父、柊国雄より幼少の頃から合気道を叩き込まれ、今や戦いという事に関して彼女の右に出る者は居ない。
そんなエマの父も4年前不慮の事故で他界。当時父が代表として活動していた『柊探偵事務所』を娘のエマが後を継ぐ形で『EMA探偵事務所』が誕生し今に至る。
類い稀なる美貌の持ち主で、誰からも好感を得る。少なからず、今サハリンで行動を共にしているアレクも、そんなエマの美貌に心惹かれている感は否めない。
また『悪』に対しては『鬼』となり『善』に対しては御仏の心で接するエマを、他の3人は絶大な信頼を寄せていた。
藤堂圭一......28歳
元々はプロのボクサーであった彼だがとある事件で自殺を決意するまでに追い込まれる。そんな窮地をエマに救われ、彼の腕っぷしを買ったエマはEMA探偵事務所に彼を招き入れる。
類い稀なる武道派は、如何なる敵も力でなぎ倒しブルドーザーのごとく前に突き進んでいく。
また代表エマを『神』と崇め、『エマさんの進む先が例え地獄であっても自分はただついていくのみ』と豪語した事は記憶に新しい。
彼の武勇伝として極神島事件で燃え盛る建物から顔を炎で焼かれながらも美緒を救い出した男気は今や伝説と化している。その時出来た顔の火傷跡は正に彼の勲章とも言えた。




