60.シロイ魔道具店の連休3
シロイが住み込み仕事をしていた間、シロイ魔道具店は休業していました。
その間、周囲には全く影響がなかったのか?
『資金屋』、『ナトゥス』を見ましたが、それ以外には影響はないでしょうか?
シロイ魔道具店が休業となっても、一部の冒険者が少し困った程度の話でしかない。
日用消耗品などは別の魔道具工房や商店などでも取り扱いがあるため、それらを利用している一般客には少し購入先が離れた程度の影響で済んだ。
しかし極めて特定の場所では、その影響が大きく響いた。
シロイ魔道具店の休業に伴い、同業種の店や工房などに「同様の製品がないか?」という一般客や、冒険者が来店するようになった。
そしてその冒険者が諦めて帰るという事態が頻発したのだ。
その事態は魔道具師たちのプライドをいたく刺激した。
詐欺紛いの製品で誤魔化そうとして悪評を招いた店も出たが、多くは対抗心を燃やして開発に着手する。
だが製品の実物は無く、店舗を視察しようにも休業中。肝心の製品情報を持っている客は魔道具作りなど全く知らず、用途以上のことは把握していなかった。
例えば、『光る足跡』。
魔力を込めた水に【灯り】の魔術陣を漬け込めば、水から吸い上げた魔力が尽きるまで効果が延長できることはほとんどの魔道具師は知っていた。
水を利用して光の放射を拡大することで、周辺を照らすような魔道具を扱う工房もある。
だが魔術陣で光を生むことはできても、水そのものを光り続けさせる魔道具はなかった。
冒険者の説明を基に水袋の底部に作った【灯り】の魔術陣から水を滴らせても、水は光らなかったことで、更に魔道具師たちは躍起になる。
しかし冒険者たちは『光る足跡』を理解していない。そこから得られる情報は、全く役に立たなかった。
これは現物も見たことがなく、シロイ当人にも会ったことのない魔道具師たちには知りようも無いことだが、シロイの魔術に対する認識の異端さが本質的な原因である。
シロイはトロイが設備型魔道具を作るのを見ながら、しかし決して手を出させて貰えなかった。
魔術陣を型作る記号や形式を、木片を積み重ねて作って真似する事で、彼は魔術や魔道具作りを覚えた。
それは積み上げられた資材から、完成した家を認識することに等しい。
完成した家から間取りを見るように魔術陣の構成を認識する普通の魔道具師とは、根本的に認識の仕方がずれている。
『光る足跡』の液体の中に、細切れになった素材がある事も、それが魔術陣を構築する一部だと認識していることも、彼らにとっては想像もつかないことだった。
そのため、彼らは興味を持つ。
魔道具師シロイとは、一体何者なのか。
誰に師事し、どのような修行を重ねたのか。
そんな彼らが行ったのは、シロイの作成した作品の調査だ。
その中で見つかった物の中で、大ガエルの粘液袋を素材にしている『掃粘剤』という物が、大きな注目を浴びる。
シロイ魔道具店を見張っていた一人が、たまたま『掃粘剤』を知っている人物に声をかけられたのがきっかけだ。
それがどんなものなのか、現場で使用状況を確認した彼は詳細な調査を行うため通いつめる。
その様子を見た他の者も、それに気づいて現場に聞き込みと実地調査に赴くのはすぐのことだった。
初めて使う感触に口を閉ざしていることなどできなかったのだ。
この数日、娼館『オルビィ』が大繁盛している理由は、そんな名目である。
なお、そのうち数名は身内から厳しい詰問と責苦を受けることになるが、今日も享楽へと誘われている彼らは未だそれを知らない。
『掃粘剤』については30話あたりをご覧ください。
さて、次話からはシロイの状況に戻ります。