俺、捕まる。
前回までの略歴、というかあらすじ。
ドナドナドナドナドナドナドナドナ……。
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ガシャン!という音と共に、地下牢の扉が閉められ、鍵がかけられる音が鼓膜を震わせる。
あれから数時間。コノミは檻に入れられ幌馬車で遠い森の中にある洞窟のような場所、そのさらに地下深くにある拠点のような場所に運び込まれていた。
「……」
ぎゅるるるる、と腹の虫がなる音が聞こえる。
誰のものでもない、この場所にいるのは自分一人なのだから、その発生源も自分のものだと彼女は理解していた。
他の捕まった人たちは、森の中、洞窟に続く少し開けた場所で別の所へと振り分けられていた。唯一ここに連れてこられたのは彼女ただ一人だけで他がどうなったか、知る術はない。
(どうしてこうなったんだろう)
ここに捕まる前のことを思い出そうと試みる。
そう、あれは確かロウの塒での出来事がきっかけだったはずだ。
突如奇襲を仕掛けてきた、シラとかいう白い虎の獣人率いる不良児の集団。もはや戦っても勝ち目がないから諦めようとしたが、ロウがそれを拒んだのだ。
結果から見れば、結局はどちらも同じだった。
しかし、あの足掻きがもし成功していたなら、今頃……。
考えても後の祭り、夢物語。頭を振って思考を追い出すと、これからどうするべきかと鬱陶しい首輪に手を触れた。
(せめて、この首輪だけはなんとかしたいなぁ)
着けていると、自分が無力で何も出来ない人間だと、ネガティブな感情が湧き上がってくる。何か行動を起こす気力すら湧き上がらなくなって、心がどこか彼方へと沈んでいきそうで、恐い。
(魔法で破壊……は、自分の首ごと飛んでいきそうで恐いし……)
未だ魔法の加減が難しい、というかあまり使い方がよくわからない。
何となく、魔力に意識を集中させてイメージを送り込めば勝手に動いてくれるというのはわかるのだが……。
(そうだ)
ふと、いい案が意識に上る。
(物理的に破壊しなくても、魔法で鍵を開けてしまえば良くないか?)
イメージで何でも出来てしまうというなら、首輪が外れるイメージで魔力に働きかければ。
そう考えて、目を瞑り意識を集中させる。
しかし、どれだけ集中しても、体内で渦巻く魔力の感覚を掴むことができない。魔力が見つからないのだ。
(どういうこと?)
背筋に冷たい何かが流れ込むような感じがした。
尋ねなくても、その答えにある程度の予想はついていた。
おそらく、この首輪には魔力を封じる魔法が何か仕掛けられているのだろう。となると、コノミにできる大概の手段を封じられたことになる。
(用意周到な……)
悔しさのあまりに奥歯を噛む。
仕方がないから、ここでできることを探すことにしよう。
目を凝らし、地下牢を観察する。
コンクリートの地面、陶器製の壺、金属製の鉄格子。格子の幅は頑張れば通り抜けられない事はなさそうだが、この首輪がきっと邪魔をするだろう。
試しに壺の中を見る。しかし、そこに何かが入っているという様子はない。空である。
次に地面を調べる。
蹴ってみて下に空洞があるのか調べようと試みるが、蹴った音が地下牢に反響してよくわからなかった。
目立った何かがあるわけでもない。
仕方なくコノミは格子の外へと目を向け……そういえば、自分の首輪から鎖が伸びているのに気がついた。というか、この場合は思い出したというのが正しいか。
(もしこの鎖を引きちぎることができれば……なんてね。できるわけないか)
非力な自分の体では出せる力はたかが知れているし、何せ鎖というのは引っ張る力に強い。そうそう簡単に切り離せるものではない事はわかっていた。
ちなみに、この鎖は後ろの壁の方から伸びていて、たとえ格子を抜けることができたとしても、外へと逃げられない仕様になっていた。
(万事休す、かぁ)
ずっと何も飲まず食わずでいた為か、疲労が激しい。
早く帰りたいが、どうやらそれも叶わないときた。
(これは、下手をすれば死ぬんじゃないだろうか)
いや、わざわざ捕らえるくらいだ、殺す気はないのだろう。
(……それにしても、酷く落ちついてるなぁ、俺)
脱出は諦めて、床の上に腰を下ろす。
なぜ落ちついているのか、彼女にはよくわからなかった。だがしかし、懐かしい感じがするというのは確かに感じていて、もしかして自分はこの前世の意識に目覚める以前は、このように奴隷として暮らしていたのではないだろうか、などという妄想をしてしまっていた。
と、そんな時だった。
キィ、という金属残されるような、錆び付いた音と共に一人分の足音がこちらへと近づいてくるのに気がついて、視線を上に上げた。
するとそこには、黄色い毛並みのジャガーの獣人が、白衣を纏った姿で鉄格子の前に立っているのが見えた。
「久しぶりだな、ギンコ」
その声を聞いて、全身の肌が泡立った。
頭の中をテレビの砂嵐の様な音が駆け巡って、一瞬だけ何かの映像がフラッシュバックする。
それは丁度、今の様な状況ではなかったか。
「……っ」
恐怖だろうか。言葉が喉に詰まって、声が出ない。
全身から冷や汗が吹き出して、動悸が止まらない。呼吸が乱れる。目が、瞳孔が開いて、歯がカチカチと音を立てる。
反射的に、彼を拒絶している。
「ふむ、随分と感情豊かになってくれたじゃないか。脱走した二年の間に、何かいいことでもあったのかな?」
ジャガーの獣人が興味深そうに笑みをたたえながら尋ねるが、彼女にそんな余裕は無かった。
理性が、本能が、すべての意識が彼から逃げたがった。しかし足が震えて立つ事は愚か、そんなことをしても無駄だという声が、脳の奥底から響いてきてやまない。
まるで、また暗闇に引き戻されるみたいだ。
「……まぁいいさ。
ホムンクルスの自我など興味がないものでな」
懐から、ジャラジャラと鍵束を取り出して、鉄格子の扉を開き、中に入る。
無意識に、コノミは後ずさった。
後ずさるたび、彼はこちらへと一歩足を踏み出してきた。
それが二、三回続いて、しかし哀れにも少女の小さな背中はコンクリの壁にぶつかってしまう。そこからはもう、逃げ場などなく。
「ほぅら、良い子だから、大人しくしてろよ?」
ジャガーの獣人は先程の鍵束ではない、別の鍵束を懐から取り出すと、そこから一本の鍵を選んで、少女の額へと近づけたのだった。
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『はじまりの街』南東、スラム街。
少し日が傾いた頃合いの時分にその道を歩く三人の人影があった。
一人は赤いコートに茶色いマントを羽織った、スキンヘッドの老年の男性。
もう一人は大きな三角帽子にローブ、幾つもの宝石細工のアクセサリーを身に纏った魔女らしき女性。
そして最後にそんな二人の後を歩く、ミディアムヘアの茶髪の街娘。
上から順に、名をスキンヘン・ハーゲン、マーリン、そしてドロテアである。
「まさか、こんな所で再会することになるとは思わなかったわ。にしても、最後に見た時より随分とお転婆になったわね」
手の中の魔法陣に目を落としながら、マーリンが呟いた。
彼女の使っていた魔法は、その場に残っている残留思念の映像を見るというものだった。
「そうなのか?
……それは楽しみだ」
返すのは、応接室の時とはまるで雰囲気の違う様子で話すハーゲン。
目元のシワが、まだ見ない失踪者を思ってか深く刻まれる。
そんな二人の会話を聞いているのはドロテアだった。
彼女はこの街のとある服飾店で働く一従業員で──これはもう説明しなくても良いだろう。
とりあえずこの状況を説明することにしよう。
事はコノミが連れ去られる十数分ほど前に遡る──。
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