インバイト
彼はプラハの町を歩いていた。建物の美しさは数学の美しさかもしれない、自分が作り上げた国にとどまるだけでなく、時々は世界をその目で渡り歩いた方が魔術師には気が楽だった。
このあと、黒猫のパスが新たな友を連れてくるだろう。インバイトの頭にはそんなビジョンが思い浮かんだ。チェコというより地球とは異次元の自らの世界に戻る必要があった。彼は世界を渡り歩くと、なにか世界での物事に苛まれ自殺を図ってしまう人、群れのなかで溶け込めずに苦しんでいる生き物がいることに気づき、死者が出た後に悲しみがその周辺から溢れることになんとかしてやりたい思いを感じた。世界に逃げ場がないのなら、その世界との関わりを断ったり、途切れることのできる逃げ場を作ればいい。インバイトはそう思い、こことは違う次元のそこを作り出した。そして使いの黒猫のパスに、苦しい人をそこに招き入れるように図ってみた。然しながら、依然と自殺者は多い。彼は自分のやっていることに無力感を感じることがあった。けれど、実際に彼が作り出した世界に来た人が立ち直り、その世界で緩やかに暮らせているのを知ったり、直接お礼を言われると、自分がやっていることはほんの僅かなことかもしれないが、それでいいのかもしれないと思うのだった。
彼はその世界に移動し、小屋でスープを煮ることにした。じっくり煮ていればそのうちやってくるだろう。その具材が煮立つ匂いが導きとなり、黒猫のパスとトラ猫のウェイブが匂いを辿ってやってきた。
「こんにちは」
「やあ、待ってたよ」
「どうも」
「君はなんて名前だい」
「俺はウェイブっていう」
「ウェイブね、よくやってきたね」
「あんたがこの世界を作り出したってのはパスから聞いた。城の王子の体に死者が乗っ取り叫べるようにしたのもあんたが向こうの世界の死者を減らしたいということも」
「そうかい…それで私をひどいやつだと思うかい」
「なんでもできるってのは大変だな。それを自制するのもそいつ自身でしかないのだから」
「ウェイブは力になってくれるようですよ」
「そうかい、ありがとうね」
「しかし、あんたの体に天変地異を変えるかのような魔法が使えるなんて嘘くさいな」
「嘘ね…ここに来た動物からしたら自分の住処が取られるなんて思ってなかっただろうね」
「話を逸らすなよ。俺に魔法をかけるのだろう」
「そうだね、君も使いとなってほしいからね」
そうして、インバイトはウェイブの頭の上に両手の手のひらを近づけて念じた。しばらくすると、ウェイブの体は大きな泡に包まれていた。その両手を元に戻し、再度念じると、今度は泡ではなく、ウェイブの体が光り出した。
「おおっ!!」
ウェイブは自分の体に起きていることなのに、痛みや体温の変化などはまるで感じないので、不気味にさえ感じた。やがて光は弱まり消えていった。
「これでパスと同じようになったよ。自分の体や誰かを守るときはシャボンを作るといい。二つの世界を行き来するときは、体を光らすといい。ただ、誰かを連れてく時はシャボン玉に入れるか、通行できる空間を呼ばないとならないから、特定のものをイメージさせる必要があるよ」
「そんなすぐに使えるものなのか」
「どちらもイメージをすることだね。いいこともわるいこともイメージから作られていくのだから」
「よし、わかった」
そうしてウェイブはまず自分が泡で包まれる姿をイメージしてみた。すると、大きなシャボン玉がウェイブの体を包み込んでいった。さらに体を光るようにイメージしてみた。すると、ウェイブの体は光り出した。
「こりゃすげえ」
「行き先もイメージしてみるといい」
「そうか」
次の瞬間にウェイブはパスとインバイトの前から姿を消した。
「戻ってくるかな」
パスは少し不安そうだった。パス自身、自分と似たような仲間ができたのは嬉しかったのだ。
「さあ、どうだろうね」
ウェイブは目を開けると、逃げ出した家の前に着いていた。特に自分があちらの世界に行ったことと空模様以外には変わりがない気がした。また、家に入れば、あの飼い主がいるだろう。魔法のおかげでウェイブは体を守る術を手に入れたが、元の場所に戻ってもウェイブはこの飼い主と良好な関係ができると思えなかった。少し歩きまわったあと、心を決め、ウェイブはまた光をイメージした。次第にウェイブの体が光り出した。なんだあれは!と通りかかった人がこの猫の異常現象を目撃したが、猫が消えてしまうと、説明できる方法はなく、この世界には不思議なことがあることを認めざるをえなかった。
「ふう」
ウェイブは、インバイトとパスのところへ戻ってきた。
「お帰り」
「よく帰ってきたね」
「まあ、俺は他に行くところないしね」
「じゃあ、ウェイブ。これからは君にも依頼をするよ」
「がんばってね」
「そうか…で、誰を連れてくるんだ?」
「行き先はアメリカだよ。君と似たように心に傷を抱えてるヴァリーという男の人に会ってきてくれ」
「アメリカか…」
インバイトは話を続けた。




