3.タイプ
「はぁ〜〜〜〜」
自分のここ数ヶ月とこれから先を考えると大きな溜息が出た。
原因なんて一つしかないのに――。
「溜息吐くと幸せが逃げるぞ?」
と言って間近で私を覗き込む元凶の姿――。
その姿に文句の一つでも言おうと口を開く。
「あんたねぇ〜……」
「ま、どんなに幸せ逃げても俺が与えるからいいけどな♪」
と、人の発言無視して勝手な事をいう。
何に困ってるかって、こいつと関わると疲れるんだ。
まるで犬だ。
それも大型の。
「越高〜そろそろチャイムなるぞ〜?」
「えぇ〜」
「早く行けよ」
「紗代が名前呼んでくれたら行く♪」
「んなら一生そうしてるんだな」
「紗代〜(泣)」
「うっさぃ」
私はいつものように頭を切り替え、越高雅斗の存在はスルー。
そして先生が教室に入ってきた頃、いつの間にか越高雅斗は教室に戻っていた。
「朱音♪」
「孝樹♪」
「……」
現在休み時間。
まぁ毎度のことではあるんだけど…目の前のバカップルを殴ってもいいだろうか…?
こっちは年齢がそのまま彼氏いない暦になるっていうのにこの二人は…。
所構わずラブラブラブラブ×∞――。
せめて人目を憚って欲しいと思うのはきっと私だけじゃないはずだ…。
「ちょっと二人とも…」
『なに?紗代?』
見事にハモるお二人さん。
…なんていうか…今の私青筋浮いてないかしら。
「一人身なんで見せ付けないで欲しいんだけど」
と。
私は正論を言った――はずだったのに。
「紗代彼氏欲しいの?」
「そりゃまぁ…」
私だって普通の女子高生だし。
「じゃぁ越高と付き合えばいいじゃん」
「ヤ」
朱音の言葉を即座に否定する。
彼氏が欲しいとは言ったが、誰でもいいとは言ってないし。
「私は私をちゃんと好きになってくれてる人と付き合いたいの!越高雅斗なんて私をからかって遊んでるだけじゃん。そんなのとは付き合わない」
ある意味朱音と孝樹の好きあって付き合ってるこんな感じは私の理想だ。
…ま、決して言わないけども。
「からかう…?」
「そうよ!毎日毎日好きだとか可愛いだとか言って、私の反応を楽しんでるだけなのよ!!」
もしくは初対面の時の復讐か、あれからおもちゃとでも思われてるのかもしれない。
どっちにしろ、私のことが好きだなんて嘘に決まってる。
「そうかなぁ…。わざわざからかい目的であそこまでする…?」
「アイツならするわ!!」
自信満々に答えた私を見て二人が大きな溜息を吐いた事なんて私が気付くはずがなかった。
「なら紗代はどんな人がタイプなのよ?」
「タイプ??んーやっぱり優しい人がいいな。ちゃんとこちらの意見も尊重してくれる人♪」
考えてみると越高雅斗の真逆が私のタイプかもしれない。
ま、顔だけなら越高雅斗も好みではあるけど…あの性格じゃ――ね。
「それと――」
「それで?」
忘れるところだった最大の条件。
最後のこれがきっと一番大事な事なんだ。
「――私を本当に好きで居てくれる人がいい♪」
そう、どんな時も私を信じてくれて、でも私の為を思って怒るところは怒る。
そんな人が私の理想だったりする。
――とそこに。
「俺の事か?紗代♪」
身体に感じる若干の重みと、視界に入る鳶色の髪。
付け加えて背後に感じる人の体温――。
一気に熱が顔に集中するのがわかる――。
「大丈夫、俺は紗代を誰よ…」
「離せ変態っ!!」
なにやら耳元で鳥肌が立ちそうなセリフを恥ずかしげもなく言おうとしたソレを、肘で思いっきり打つ。
「…っっっ!!」
「うっわ…痛そぉ…」
「――痛いだろ…あれは」
どうやらその肘は奴の脇腹を抉ったらしい。
朱音&孝樹それぞれの発言は綺麗にスルーし、背後を振り返る。
――と、予想通り脇腹を抑えて座り込む見知った背中があった。
かなりまともに入ったらしく、目には涙を溜めている。
その姿に少し胸が痛む。
(…ちょっと罪悪感…(汗)で、でもでも!アレはコイツが悪い!!だ、だ…抱きついてくるなんて…!!)
後ろから抱きしめるなんてっ!!!
今まで異性になんて全く接点がなかった事もあって…心臓が…他の人に聞こえるんじゃないかってぐらい――煩い――。
『紗代〜』
後ろにいる朱音&孝樹の目が――謝りなさい――って言ってる…。
確かにびっくりしたのもあってちょっと力入れすぎたかな…なんて思わないでも…なぃ…。
…喧嘩両成敗…かな…(泣)
「…あ、あの…越高雅斗…そ、その……平気…?」
しゃがみ込んでいる越高雅斗の顔を見るため、私もしゃがみこんで彼の顔を覗き込む。
かなり緊張して言った言葉。
そして返って来たのは…。
「すっげー痛い」
という若干怒りが篭っているのではないかといううぐらいに低い声。
(……嫌われた…のかな…)
こんなに近くにいるというのに私と目を合わせようとしない姿に、胸がチクリと痛む…。
知らないうちに目に涙が溜まっていく。
「――ごめ…」
「――な〜んてな♪俺が悪いんだからいいんだ。抱きついてゴメンな?」
いつものように明るい声と、髪を撫でられるフワフワした感覚に顔を上げると、目の前には奴の笑顔。
真っ直ぐに私を見つめる瞳。
その姿に、私は涙を拭くことも、怒ることも忘れてしまった。
自分の心臓ではないぐらいに、心臓が煩い。
頭で何も考えられない。
頭を撫でられる感覚だけが、髪の毛の一本一本に神経が通ったみたいにとても敏感になる。
優しい瞳。
私はこの瞳、――好き…。
越高が私の瞳に溜まった水の雫を朱音達からは見えないようにそっと拭う。
「…紗代?」
優しいその声が私の名前を呼ぶのも――好き…。
なんか――安心するから…。
「俺に惚れちゃった??(笑)」
「…バ〜カ」
バレてないだろうか。
きっと今、顔が――赤い。
惚れるまではいかないけど、ちょっと見直したから…。
「…越高に惚れるなんてありえないから」
「――ぇ、名前…」
一度たりともフルネーム以外でコイツを呼んだことなんてなかったけど、ちょっと見直したから。
「――紗代…俺苗字じゃなくて名前がいいな♪」
「…失せろ、越高」
ま、こんな性格なのも知ってるけどね。
「えぇ〜、紗代〜〜」
「甘えるような声出しても嫌。ってか、キモいよ」
まぁ、こんな姿に真っ赤になって倒れる女子生徒も居るみたいだけど…ね。
私も、なんだかんだと越高とのこういうやり取りが楽しいみたいだし。
『喧嘩友達』って奴かな♪
胸が痛んだのはきっとその性だね♪
「ほら〜そろそろ授業始まるよー」
気付いてしまうと今までと変わらず接することが出来る。
「…っく。んじゃ放課後一緒に帰…」
「さっさと失せろ」
私の言葉に言葉を詰まらせて越高は自分の教室へと帰っていった。
そんな私の姿を見ながら、朱音と孝樹が目で会話してたなんて…、この時の私が知る由もなかった。