3 穂積
それから、省吾は完全に不登校になった。
それまでも、体育や水泳の授業のある日にときどき休みはしていたのだったが、今回ばかりはとうとう、完全に登校することをやめてしまった。
父にも母にも教師にも「どうしてなのか」とは訊かれたけれども、それに答えることは決してなかった。
例のグループの少年たちは、その前にしっかりと省吾に釘をさしていた。あの現場を撮影した写真や動画をちらつかせ、「ばらまかれたくなければ黙っていろ」とばかり、暗に脅迫めいたメッセージをよこしていた。
『そんなことをしてみろ。世界中にお前がオカマだって言いまくるぞ』
『お前だってけっこう楽しんでたんじゃねーの。しっかり腰振ってたしよ』
添えられた言葉はたいていそんなようなものだった。
あのとき、彼らの手からなんとか逃げようとして身じろぎしただけのことを、彼らは勝手に都合よく解釈しているらしかった。
奴らのせせら笑う顔が目に見えるようだった。
自分から人としての尊厳を根幹から奪い去った彼らが、心の底から憎かった。
できることなら、何とかして殺してやりたいと何度も思った。
もしも怨念で人が殺せるのであったら、彼らはすでに何度も省吾の怨念によって地獄の業火に焼かれていたことだろう。
しかし、この身の秘密を打ち明けられない以上、そのときの省吾には、頼る相手がだれ一人いなかった。彼らを憎む気持ちはひとしおだったけれども、だからといって、できることは何もなかった。
自室のカーテンを閉め切って、しばらくは何をする気力も起きず、ときどき父や母の小言や説教や泣き言、さらには「なんでもいいから学校へ行ってよ」という哀願を聞かされながら、省吾はただベッドの上でごろごろして過ごした。
はじめのうちは、いつもであれば登校する時間になると、仮病でもなんでもなく、本当に頭痛と吐き気と腹痛がしてきて苦しかった。しかし九時を過ぎるころになるとすうっとその症状は消えてしまい、まるで何ごともなかったようになるのだった。
体が楽になってくると、また改めて省吾は眠った。昏々と、ただ眠りだけがこの世で自分を救ってくれる唯一のものであるかのように。そうこうするうち、あっというまに省吾の生活は昼夜が逆転するようになった。
やがて、ただぼうっと日々を過ごしているだけなのにも飽きて、省吾は今度はパソコンで匿名のやりとりをする相手とだけ、多少のコミュニケーションを取るようになった。
もちろん、そこでの省吾は女性として振舞っていた。というよりも、もともと省吾がオンラインゲームで作るキャラクターなどはすべて女性で、女性らしい名前をつけて育てていた。
ネットの世界にはそういう人が意外に多い。自分とは逆に、社会的には女性として生きているけれども中身はれっきとした男性という人も何人かは見かけた。もちろんそれは、こちらで勝手に「そうではないか」と感じただけのことだけれども。そのあたりはお互い様だし、互いにあれこれと「現実」を詮索しないのが暗黙のルールだった。
他人との会話といったらそれぐらいのことで、省吾はほとんど声を出すこともなくその真っ暗な時期を過ごした。
そういうことにも飽きてきたころ、省吾はふとしたきっかけで、ネットショップで女性ものの服飾品を購入するようになった。
もちろん自分のこづかいの範囲でできるように考えてのことだったし、荷物が届くのは必ず平日の日中を指定して、箱や商品名などが親の目には触れにくいように気をつけていた。
髪はけっこう伸びてはいたのだったが、女性のようにカットしたくとも美容院に行くわけにもいかず、省吾はやや茶系の長いウィッグも購入した。ネットで化粧の仕方なども研究し、誰もいない昼日中、こっそりと女性の格好になって鏡を見るのがそのころの省吾のひそかな楽しみにもなっていた。
ただ、一度だけ、それを弟に覗かれてしまったことがある。
その日、午後になってから、省吾は自室でお気に入りのワンピースをまとい、ウィッグをつけて珍しく化粧をしていた。省吾は気づいていなかったが、そのとき何かのことで弟の穂積はたまたま早く学校から戻ったらしい。ちいさく床がきしむ音を聞いた気がして振り向くと、少し開いていた扉の隙間から小学生の弟が自分を覗き見て、固まっている姿を見つけた。
省吾は慌ててベッドの布団に頭からもぐりこんだのだったけれども、ショックを受けたらしい弟、穂積はそのまま家を飛び出していき、しばらく帰らなかったようだった。
「ようだった」と言ったのには、理由がある。
その日、驚いてしばらくベッドの中に隠れるようにしていた省吾は、布団の中に隠れたままスマホを操作していて、そこになぜか大量のメッセージが入っていることに気づいたのだ。
そもそもあの連中から来る不快なメールばかりだったので、省吾もあまりそのころはスマホをいじらなくなっていた。使うのはパソコンが主だったので、たまたまそうなっているのかと思ったけれども、実際はそうではなかった。
『こんにちは。書き込み見ました。一度会わない?』
『そっちが好きな男の子なんだね。僕、タチなんだ。一晩どうかな』
そこに入っていたのは、そういう類のいかがわしいメールばかりだった。





