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2 暗闇 ※

※いじめと虐待に関するやや過激な描写があります。お気をつけください。



 それでも、どうにかこうにか中学までは大禍なくすごすことができ、省吾は高校に進学した。勉強することは嫌いではなく、それなりの成績を修めることもできていたので、その地域ではまずまず高いレベルの高校だった。


 しかし、そういう場にも心に鬼を飼っている連中というのは必ずいる。

 中学時代、どうにかそういう連中の目をかいくぐって生きてきた省吾は、十分に気をつけていたつもりだった。だが、結果からいってそれはうまくいかなかった。

 そのころにはもう、省吾もそれなりの処世術は身につけていたし、見た目に相応ふさわしい「男らしい」言動を演出し、「男としての茅野省吾」なる人間を演じることにも慣れていた。

 間違っても誰かから変に目をつけられてターゲットにされないよう、「女っぽい」と思われそうな態度や言葉遣いは極力避けていたし、身の回りの品などのデザインや色目などにも細心の注意を払っていたはずだった。だからもちろん、家族も省吾の本当の秘密には気づかないでいたのだった。


 だというのに。

 それは、本当に唐突に、偶然にそういう奴らの知るところとなったのだ。




◆◆◆




「あいつ、そっち系なんじゃねえ?」


 そんな内容のメールがクラス内で回り始めたことに気づいたのは、もうすぐ夏休みの始まろうかというころだった。

 今では他のSNSなどでもそうだけれども、はじめのうちは飽くまでも「かもしれない」だったはずの話が、あっというまに「紛れもない事実」にすりかわって、本人の預かり知らないうちに無制限に拡散されてゆく。

 人はごく無責任に、面白い話題に飛びつき、食い散らかし、「ここだけの話ね」と言いながらそれを広めてしまう生き物だ。


 省吾がそれを知ったのは、クラスで自分を標的にした嫌がらせやひそひそ話が次第にエスカレートしはじめてからだった。

 高校生になっていたために、小学生がやるよりはずっと陰湿で狡猾な手口でおこなわれてはいたものの、それは省吾に、小学校で「オカマ」と言われていじめられていたあの同級生の少年のことを嫌でも思い出させることになった。


 自分は彼を、助けなかった。

 あのとき彼を助けなかった自分が、今回だれかに助けてもらえるわけがないのだ。


 首謀者と目されたのは、学年でも一、二を争う成績優秀な男子生徒だった。いわゆる「不良」などと呼ばれる人種ではなく、姿もよくてスポーツもでき、女子からの人気もある少年だった。

 彼とその取り巻きである男子生徒たちは、みなそれぞれに親が相応の地位のある家庭に育った者たちで、要するに当時その学年の、いや学校全体の中で見てもそのヒエラルキーの最高峰に位置していたのである。


 彼らの嗜虐心は普段は非常に巧妙に隠されており、その分、いったんたががはずれると、かえってとどまるところがなかった。

 放課後や昼休み、彼らは教師たちの目にとまらないところで、服を着ていれば見えないような場所ばかりを狙っては省吾をいたぶった。

 「オカマちゃん、ちょっと金貸してよ」と金をまきあげられるなどは日常茶飯事。それで済めば御の字というぐらいのものだった。

 あるときには人気ひとけのない場所で裸に剥かれ、足を広げられて写真を撮られた。

「なんだ、ちゃんと()()()んじゃないの」と、汚い罵声を浴びせられながら省吾はただ声を殺して泣くしかなかった。そうしてその写真をネタに、またさらに酷い暴虐がつづいた。


 省吾はそれを、周囲の誰にも相談しなかった。

 家族にすら隠している自分のこの秘密を、人に知られるわけにはいかなかった。

 もちろん、いじめをやっている連中に対しても「俺、オカマじゃないし」と言い続けてはいた。当然、聞いてもらえるはずもなかったのだが。下手な口答えなどすれば「生意気だ」とばかりにいたぶる度合いを酷くされるだけの話だったので、やがて省吾は何も言わなくなった。ただ黙って金をとられ、殴られる日々が続いた。

 そのうち、彼らは自分に飽きてターゲットを変えてくれるかもしれない。

 ただただそれを願い、念じながら、省吾はトイレの床に足で顔を押し付けられ、体育倉庫の影で鳩尾をしこたま蹴り上げられ続けた。


 そうしてそれは、遂に起こった。

 実力考査の終わった、二学期もなかばのころだった。


 今にして思えば、省吾にも、そのグループのリーダー格だった成績優秀な少年の身になにがしかの事情があったのだろうという予想はつく。それは実力テストの直後、親も交えた三者面談のおこなわれる時期だったからだ。

 もともと、その少年は家庭内に問題を抱えている様子に見えた。仲間うちで親や家族の話が出ると急に不機嫌になり、そんな日には省吾に対する嗜虐の度合いを明らかに深めたからだ。

 親に社会的な地位があり、裕福だけれども精神的にはひどく貧しい、まあよくあると言えばよくある家庭。ひどく見栄っ張りで、息子の成績だとか進路のことだけにはうるさいくせに、人間性の基盤になる家庭的な雰囲気やあたたかさには薄い家に育った彼が、どんな精神構造の少年になるかなど、自明のことのはずだった。

 しかし、そういうことに疎い親というのは、残念ながらごまんと居るのだ。


 ともかくも。

 その日、リーダー格の少年ははじめから目つきがおかしかった。その目は白っぽく不気味に濁り、うつろで陰気で、異様に殺伐としてぎらぎらと光っていた。腹をすかせきったハイエナのような彼のあの日の雰囲気を、省吾は今でも忘れることができずにいる。

 その日の虐待は、いつにもまして苛烈だった。

 人気ひとけのない廃工場跡にひきずりこまれて、省吾は彼らから散々に殴られ、蹴られた。必死に腹や頭をかばってうずくまっている以外に、省吾にできることなどなかった。


 とにかく、耐えるしかない。ひたすら我慢して、余計な刺激や餌を与えず、抵抗さえせずにいれば。

 この時間を耐えさえすれば、いつかは終わるのだ。

 いつかは、こんな地獄は終わる。


 ……そう、思っていたのに。


 その日の虐待は、単なる暴力では終わらなかった。

 リーダー格の少年は、遂に省吾を、その仲間の少年たちと犯したのだ。


 どんなに「やめて」とお願いしても、「いやだ」と泣いても、聞いてもらえなどはしなかった。はじめのうちはしり込みしていた取り巻きも、そのうちに味をしめて、リーダーを含めて二回から三回ずつ、順繰りに省吾を犯した。

 「なんだこいつ。けっこうイイじゃん」と、げたげたと汚い笑いを吐き散らしながら。


 そうして。

 遂に、省吾の心は壊れた。

 翌日からもう二度と、省吾がその高校に通うことはなかったのだ。



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